#06 イケメンに愛されたい恋多き転生希望者

§  §  §  § 


とある現実世界と虚実の世界のはざまで、二人のこの世ならざる存在がいた。

一人は侍のような姿を、一人は若い女子学生の姿をしているかのように見えた。

二人は目の前で、期待に満ち溢れ、やたらと輝いている魂を見てとまどっていた。


角刈りマッチョの侍のような姿をした案内人が、固まって動かなくなった新人プランナーに変わり質問をする。

「いけめん王子にい愛されたい……のですな?」

「はい! はい! その通りです!! あるんですよね!? やっぱり シンデレラ的な、豪華絢爛、イケメンだらけの世界が!」

「……そうですな……貴殿くらいのカルマを積んでいれば……無くはない……のだが……」


角刈り侍が対応している間に、呆けていた新人プランナーは現実に帰って来て資料に目を落とす。

「やっと落ち着いてきました……そうですね。希望欄に「目に見える範囲がすべてイケメン美女の世界に行きたい……」と言う事ですが……」

「はい。そりゃもう、あこがれるじゃないですか! 自分が美女になってイケメンたちと愛を囁き……それで目くるめく官能の世界に……えへ……」

「……少し失礼します……」


角刈り侍が転生希望者の前世を動画ダイジェストで見始める。気になった新人プランナーも動画を見ながら行き先の資料を探し始める。

「なるほど……前世でうまく行かなかったのは容姿のせいだと思ってるのですな?」

「そうですよ。当たり前じゃないですか? 男ってば容姿が良ければすべてよし! って感じでしょ? 私がもうちょっと綺麗だったら……もう、全然違う世界だったと思うんですよ! メイクで頑張っても結局振り向いてはくれないわけですし! ワンナイトラブだけなんて懲り懲りです!」

「わ、わんないとらぶ……ですと?」


角刈り侍の思考が停止している間に、新人プランナーが資料をY子に提示する。

「……だとすると、現在のカルマを使用して、魅力が高めの人間に転生した方が良いかと思うのですが……」


Y子は若干怒った口調で新人プランナーをにらみつけ始める。

「……あの、本当にここから下界を見ているんですか? あなた達みたいな美男美女だけじゃないんですよ? ほとんどの人間が不細工なんです。私も含めて……ですから、なるべくイケメン率が高い世界に行きたいんです」

「……なるほど、それでイケメン王子に愛されるような環境……になりますと、少々カルマが足り無い感じですが……」

「あ、イケメン王子ってのは……別に国の本当の王子様ではなく、私を愛してくれる人の事ですよ! 私だけを見てくれて、私だけを愛してくれる人が!」

「……なるほど、一夫一婦制が希望……っと」

「え? あ、そうなるんですか……別に……そのイケメンだったらウェルカムなんですが……」


新人プランナーは転生希望者のY子の心根を理解しジトっとした目で見る。

「では文明レベルはどうしましょう? おすすめ出来る世界は……近代から現代が良いですかね? その感じだと魂の洗浄はしない感じでしょうか?」

「はい、なるべく近代的で、記憶は保持したままで、あと、なるべくなら劇的な出会いがあるといいんですけど!」

「……劇的な出会いは保証できませんね。それはあなたの行動次第です。……魔法などのある世界ではなくて良いですか?」

「魔法ですか!!? あるのならそちらの方が良いですね! あ、無い方が知識チートできるのかな……どっちでしょうか?」

「知識チートと呼ばれるものにはあまり期待しない方が良いですね。あなたがこれから行く世界は大体先行の転生者が行っておりますので、あなたに特殊スキルや専門知識が無いと新たな産業などは起こせないでしょう」

「……な、なるほど……その辺はラノベみたいにはいかないんですね……私は普通のOLでしたし……エクセルの技術は役に立つのかしら……」


二人は顔を見合わせる。

「パソコンなどがある文明にしますか? そちらは……そのイケメン率が高い世界ではないのですが……」

「いえ! パソコンなんて不要です! イケメン率が高い方で! 文明が落ちても問題ありません!」


新人プランナーがなるべくY子の希望に沿った世界をリストアップし、Y子に提示する。

「ではこちらの世界から選択していただけますか?」

「おお……おお!!! すごい……この動画に出てくる人……美男美女ばかり!!」

「……ご期待に添えた様で……」

Y子は目を皿のようにしたうえ、らんらんとした目で色々な世界の動画をくまなく見る。


Y子は暫く迷った末に一つの世界を選択する。

「この世界で! 産業革命と魔術の世界!! なんか素敵!!」

「その世界は人気があるのですよね……お目が高い……」

「やっぱり! ああ、わくわくしてきますね!」

「では転生内容のご確認を……」

「はい、女性で……はい、記憶は5歳から……ああ、こんな素敵な両親が……」


Y子は転生後の情報を見てモチベーションが上がり続けていた。

「では、そちらの合意ボタンをおしてください。新たな人生が良い旅になりますように」

「はい、ありがとうございました! ぁあ、楽しみすぎて……えいっ!」


Y子は空中に浮いたボタンを勢いよく押すと、一瞬にしてその場から消えていった。



§  §  §  § 


新人プランナーはやれやれと言った表情をしながら資料を片付け、次の資料を取り出していく。


「嵐の様な人でしたね」

「……そうですな……私の頃と随分と違う価値観ですな……」

「先輩はたしか江戸時代の人でしたっけ?」

「はい。町人達は乱れていたと聞きますが……武士だった私にとってはとてもじゃないが分からない感覚ですな」

「あ、最近こちらに来た私の価値観でもわかりませんよ」

「なるほど……確かに最近来た魂の中では一番恋多き性質でしたな……」

「婚約後に相手に浮気をされ破局……いや、この方も浮気していますね……」

「なんともはや……」


角刈り侍はY子の人生ダイジェスト動画を見ながらぶぜんとした表情になる。

「恋多き女性の気持ちはわからない……これは時代を超えても同じだ……」

「……見た目が一緒の、種族内の「美醜が存在しない」世界では……どうなりますかね?」

「私も結果だけは知りたいですな」

「わかりました。リストに入れておきます」

「すみませぬ。某、キカイオンチで……」

「はぁ……都合のいいときだけ言葉を昔風にしないでください」


新人プランナーは少し呆れながらも、ウオッチリストにY子を入れておいた。



§  §  §  §



Y子は5歳の時に前世の記憶を唐突に思い出していた。

彼女はこの世界の街の大きなパン屋の娘に生まれていた。

それなりに流行っている店だったので比較的裕福な家庭だった。

彼女は店に来る客を見て興奮を隠せなかった。

(凄い……美男美女ばっかり!! どこのモデル雑誌? ここはハリウッド映画なの?)


Y子はしばらく街を行きかう人間に見とれた後、はっと自分の顔を触る。慌てて自分の顔を確かめるべく、母親のクローゼットの備え付けの鏡の前に移動する。

(……はは。本当に可愛い……人形みたい……パパもママも兄ちゃんもすごいから……あはは……)

鏡に映るY子は幼児とは思えない邪悪な笑みに包まれていた。


Y子は自分自身を着飾り、メンテをし、さながら人形をかわいがるかのように自分の容姿を磨いていった。その様子をみていた家族は不思議な顔をするものの、小さい子のする遊びくらいに捉えていた。

年の近い兄だけは異様なものを見る目で彼女を見ていた。


Y子は順調に成長し、この世界の10歳から始まる義務教育の学校へと通い始める。この世界に染まってきていたY子は前世との価値観のギャップに苦しみ始めていた。

(……なんでだろ? 美男美女だらけなのに……その中にもランクがあるように感じてきた……)

学校に通う前は気が付かなかったが、実際同年代の人の輪に加わると一層感じる様になっていた。


(……美男美女にも、モテと非モテが存在するなんて……)

Y子も普通にコミュニケーションをとり、それなりに仲が良い人間がいたが、明らかに人の輪の中心に、異性として魅力的な人間がいる事に気が付く。


(おかしいなぁ……見た目なんて……大体同じはずなのにあの人たちが輝いて見える……)


Y子が何気なく友人と廊下を歩いて移動していると、人の輪の中心にいる兄の姿が目に入ってくる。彼は店の手伝いの時に見せるさわやかな笑顔を周囲に振りまいていた。彼女は疑問に思い家に帰ってから兄に問い詰めてみる。


「ねぇ、なんで兄ちゃんは学校であんなに人気なの?」

「……何言ってんだ? 人気??」

「ほら、人に囲まれて……女の子にも人気でしょ?」

「え? うーん。楽しくしゃべってるだけだからなぁ……」

「私は兄ちゃんみたいに人気無いんだよね……」


Y子は憮然とした表情をすると兄は困った様に微笑む。


「Y子には笑顔が足りないよ……ほら、自然に笑って……」

「……こ、こう?」

「……鏡の前で笑顔の練習した方が良さそうだな……」


Y子は兄に言われたとおりに笑顔の練習をすると同時に、前世で人受けの良かったふるまいを真似し始める。すると彼女の周りには女性だけではなく男性も増え始める。

(なるほど、この世界では笑顔と振る舞いが重要なのね! みんな美男美女だと価値観が違うんだわ!)

Y子は成長するにつれさらに「コミュニケーション」能力に磨きをかけ、彼女の視点での特上のイケメン達を篭絡していった。


影でY子を見守っていた兄は困惑し始めていた。一緒に見ていた彼の友人が心配になって兄に話しかける。

「おい、いいのか? あれじゃただの尻軽だ……」

「ああ……家に帰ったら注意を……って最近帰りが遅いんだよな……あいつ」

「……もう手遅れなんじゃないか?」

「そうかもな……」


兄はY子の帰りを待ち、自分の部屋にY子を入れる。彼女の服装の乱れ方から彼の嫌な予感は的中している感じだった。

「兄ちゃん……何よ突然!」

「……うわさを聞いた……Y子が色々な男性と付き合っていると」

「なんか悪いの!?」

「……うちは信心深くない方だから知らなかったかもしれないが……世間では付き合うのは一人までだ……いや、一般的な神の教えだと付き合うだけでなく、結婚まで……一生一人なんだ。複数の人間と付き合うのは基本無しだ。世間から白い目で見られる」

「……誰もそんな事を言ってこないわ?」

「それは……相手が君を良いようにしたいだけだ……」

「良いようにって? やり捨てってこと?」

「!!!! な、なんだって……」

「随分古い価値観ね。この世界の雑誌にも書いてあったわ。これからは自由恋愛だって。あっちの世界でもそうだったしね! 良いじゃない。この世界でも世間がそっちに向かっているのよ」

「……なんてことを……ここは帝都じゃないんだ。今からでも遅くない……せめて一人にしてくれ……添い遂げる人と……」

「古臭いわねぇ、いやよ。折角モテモテになったのに」

「……Y子……」


兄はY子の全く悪びれない表情と、自信に満ちた顔を見て愕然とし、それ以上何も言えなくなっていた。


(やっぱり美女はお得よね! しかも世の中の男全員美男なんて! なんて素敵な世界かしら!)

Y子はそれからもふるまいを変える事無く、「モテモテ」な状態を楽しんでいた。

心底楽しそうにしているY子に兄も両親も何も言えなくなっていた。


Y子は学校を卒業し、社会人となる。この世界でのそれなりの会社で働いている間も恋多き女性のままだった。友人たちが結婚し始め子供をもうけ始めると、そろそろ次の段階に行くことを決断する。

(そろそろ一人に絞らないと駄目かぁ……もっと楽しみたかったんだけどなぁ……誰にしよ。やっぱり性格と稼ぎよね)

Y子は付き合っている男たちを順位付けし始め、ああでもないこうでもないと悩み始める。

そんな折にY子は彼女の作成したリスト最上位の男性に呼び出される。

そろそろ結婚の話だろうか? そう思いながら浮かれて待ち合わせ場所に向かう。


「Y子、今日で付き合いは終わりにしたい。俺もそろそろ結婚しようと思うから。「自由恋愛」楽しかったよありがとうな」

「……へ?」


(なにが……? あいつ、浮気してたの??)


Y子は想定していなかった言葉に打ちのめされ動けなかった。その間にも付き合っていたと思っていた男性は平謝りしながら距離を置いていった。

それからもY子はキープしていた男性から次々に別れを伝えられ、相手は続々と結婚をしていった。

(どうして? なんで? なんでこの世界でも??)


打ちひしがれたY子は実家に帰り部屋にこもる。心配した兄が部屋に入ってくる。彼の胸には小さな赤ちゃんが抱っこ紐に包まれてすやすやと寝ていた。

「大丈夫か? Y子?」

「……兄ちゃん……みんな……結婚するって……」

「何だ。それ系か。会社で嫌な事でもあったかと思ったぞ」

「だって、恋人だと思ってたのに……だってみんな、お前だけだよって!」

「ああ……Y子、お前さ「恋多き女」で有名だから相手は本気じゃなかったんだろ……何度も何度も学生の時から注意していただろ?」


「そんな……」

「この世界は一夫一婦制だ。あんな帝都でしか流行ら無さそうな雑誌を鵜吞みにするからだよ」


「そんな……この世界には私だけを愛してくれる人がいるんじゃなかったの??」

「……神様の教えだと、愛した分だけ相手も愛してくれる……って言われてるみたいだから、お前が色々な人を愛しているから、相手も色々な人を愛してたんだろ」


「私はどうすれば……」

「結婚相談所か……独身を続けるか……」

「そんな、それじゃ前と同じじゃない!! 結婚相談所に行く男は「ブサイク」ばっかりじゃない!」

「何を言っているんだ? 「ブサイク」なんて、どういう意味の言葉なんだい?」


「……え?!?」


Y子はふと我に返った。

彼女にとって酷かった前世を思い出し、イケメンにはことごとくあしらわれて振られるか遊ばれるかし、前世で一度行った結婚相談所の現実に絶望を抱いていた。


「……そっか、この世界は……全員イケメンだった」

「またその「イケメン」って……明日付き添うから一緒にいこう」

「……大丈夫。一人で行くよ」



Y子はこの世界で記憶を取り戻した時の様に欲望にまみれた歪んだ笑顔で決意した。



§  §  §  § 


角刈り侍は久々に新人プランナーと同じ組み合わせになった。


「それで、あの女子はどうなりましたかな?」

「えっと、どのでしょうか?」

「恋多き女性のです」

「ああ、あの変わった方ですね……少々お待ちを……」

「あまり見ていなかったのですね?」

「ええ……途中で魂の本質は変えられないものだなと思い見ていませんでした」


新人プランナーは履歴をたどり、Y子のその後などを見る。

「結局は、似たような浮気性の男性と結婚し、子供を二人作り……ああ、お互いの浮気で離婚問題に発展し……その後も「恋多き熟女」になったようですね。子供たちはしっかり者の兄と家族が代わって育ててくれたので幸せだったようです」


角刈り侍は髭を指で触りながら遠くを見つめる。


「それは……たまに聞く話ですが……そうなりましたか」

「正直なところ彼女にこの世界を勧めたのは失敗でした……」

「なぜですかな? 子供もしっかりと産み、貢献値もあがったようで……結果的に良かったのではないですかな?」

「いえ、一夫一婦制が強い場所ではなく、「恋多き」が許される。「完全自由恋愛社会」を勧めるべきでした」

「なるほど、某の価値観では理解できませぬが……地域全体で特定の伴侶をもたないで子供を育てるアレですな?」

「そうですね、結婚のない「フリー」な世界ですね」


角刈り侍は資料に目を通しているとあることに気が付く。

「む? 先方からの注釈が付いておりますぞ?」

「え? あ……浮気、離婚経験ある魂に×がついちゃいましたね」

「ふむ……あの世界はあれで安定してきていますからな……」


新人プランナーはこの「美醜観念の低い世界」のタグに「浮気X」「離婚歴X」のタグを追加しておいた。


§  §  §  § 

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