#05 VRMMOのある世界に行きたかった転生希望者

§  §  §  §



とある現実世界と虚実の世界のはざまで……

二人のこの世ならざる存在が異世界転生希望者の魂の案内をしていた。


新人プランナーと、興味無さそうに転生希望者を眺める、だらけた男性っぽい二人は、やたらとテンションの高い転生希望者と面談をしていた。


「フルダイブ型のVRMMOのある世界に行きたい……ですか?」

「いいんじゃね? 結構それっぽいのあるだろ?」

「先輩……いいんですか? フルダイブ型のVRのある世界は文明度が高い場合が多く、魂のしっかりした人間だけにしないと簡単に「廃人」になるって……」

「大丈夫っしょ。この人なら。仕事しすぎて過労死するくらいだし」


転生希望者のS郎は目を輝かせて二人を見ていた。

「……その反応を見る限り……出来たりするんですね?」

「あるにはあるのですが、そもそも異世界に転生して記憶を引き継ぐだけでVRMMOみたいなものだと思うのですが……」

「あ、だめですよ。それじゃ。しっかりとステータスウィンドウが出てきて、レベルアップとかスキル熟練度があってWIKIみたいに情報が簡単に引き出せる様な世界じゃないと!」


新人プランナーが若干呆れた目をしながら検索ワードを追加し条件を絞っていく。

「……この場合は……どうすれば……」

「ああ、望み通りだとスキルアシストのある世界だなぁ、最近人気だよね。一昔前は誰も言わなかったのに」

「……スキルアシスト……良いのですか? 大抵、人間側が不利な場合に採用される世界なのですが……」


S郎は一瞬考えた後、慌てて発言をする。

「え? それってどういう?? あ、ちょっと待ってください。僕がやりたいのは。フルダイブ型のVRMMOなんです。ガチの異世界転移じゃなくて……」

「……ごめんなさい、言っている意味が……先輩……」

「ああ、めんどくせぇなぁ……VRMMOってゲームだろ? 新人プランナーがいってるのは、フルダイブ型のVRMMOみたいな世界だ」

「えっと……」

「あ、そちらの渋いおじさんが言っている事が正しいと思います。理解していただけてありがたいです」

「お、おう……」


新人プランナーは若干涙目になりながら悩んだ末に検索候補を絞っていく。

「ええっと……こんな感じでしょうか? S郎さんのカルマ値から行ける範囲を抽出してみたのですが……」

「ん? ああ、多分そんな感じ?」

「……しっかりと確認してほしいんですが……」

「大丈夫だろ? 新人君優秀だし」

「……ありがとうございます……期待の半分に添えるかどうか……」


新人プランナーが自信なさそうにS郎が行けそうな世界のガイドを空間に広げる。S郎は広がる世界に目を輝かせた後、新人プランナーに疑いの目を向ける。

「……あの、色々出てきて嬉しいのですが、明らかにVRMMOみたいな世界が混じってますね……あ!! これはフルダイブ型のVRMMOの世界っぽい!」


S郎が一つの世界を選択して詳細を見ていく。

「これは……フルダイブ型のVRMMO的なものがあるんじゃないですか? どう見ても現代だ……あ、すごい、頭の後ろに端末をつなげて……電脳空間みたいのもあるのか……ああ、フルダイブ型のVRMMOをしているのかがわからないな……」

「すみません、あなたのカルマ値だとこれくらいの世界しか紹介出来なくて……」

「……それって、もっと善行をしていればもっといい世界に行けたかもしれないんですね?」

「そうなるなぁ……一応、また地球で転生するってのも選択肢もあるんだけど、どーする?」

「地球って……もう色々文明が行きついている感がありますし……努力しても報われにくいですから……出来るなら違う世界に……」

「いいのですか?」

「はい、この世界でお願いします」


「……えっと、魂の洗浄は行いますか?」

「……あの、説明書を読んでて思ったんですが、洗浄をしない方が有利なのではないですか?」

「あー、まぁ、小さいときは有利に働くかもしれねーけど、結局中高生くらいになるとその世界の住人と「同じ」になっちゃうからな……トラウマとか、ネガティブな記憶の方が残るもんだから、洗浄した方が良い場合が多いんだよな」

「……なるほど……文明度は同じくらい……だけどフルダイブ型のVRMMOを体験した感動もしたい……洗浄はしない方向で……出来るなら赤ん坊はスキップがいいんですが……」

「承知しました……」


新人プランナーが手続きを終了させ、何もない空間に光るウィンドウを表示させる。

「では、そちらの合意ボタンをおしてください。新たな人生が良い旅になりますように」

「ありがとうございます。……さぁ! やってやる!」


S郎は空中に浮いたボタンを目を輝かせながら押すと、一瞬にしてその場から消えていった。



§  §  §  §


新人プランナーが資料を整理しながら先輩に声をかける。

「よかった……のでしょうか?」

「ああ……いんじゃない? だって希望通りにフルダイブ型のVRMMOみたいなシステムの世界だよ? 世界全体が」


「……彼は娯楽としてのVRMMOを求めていた気がするのですが……」

「大丈夫だろ、働き者だし。あちらの競争社会にしっかりと馴染んでくれるだろ。先方の移入希望者欄に「働き者の魂歓迎!」って書いてあるだろ?」

「……は、はぁ……」


新人プランナーは気になったので彼をウオッチリストに入れて様子を見守る事にした。


§  §  §  §



S郎は6歳になり転生前の地球での記憶を思い出す。

確かに電脳空間へのフルダイブ型のシステムはあったが、世界はどう見ても「近未来の日本」だった。

(ああ……凄い世界に来たもんだ……)


S郎は自分の頭の後ろに埋め込まれたプラグ部分をさわる。つい先ほど小学生に上がる時に、ある程度の所得を持った家庭で一般的に付けられる「電脳空間接続プラグ」の手術が終わったばかりだった。


「だめよ。さわっちゃ……もう少し馴染んでからね……」


病院のベッドで心配そうにS郎を覗き込んでいる母親がいた。

隣にいる医者が空中にウィンドウの様なものを表示し、S郎の状況を見ていた。

「すごい! 空中にウィンドウが浮いてる!!」

「……ふむ。順調に馴染んでいるようですね。意識混濁も無く……障害も出ていない様ですね」

「……良かったです……あるのですか? ニュースにあるように、本当に……」

「私の携わった範囲では……残念ながら数年に一人くらいはやはり……」

「そうですか……」


S郎は前世の記憶を取り戻していたのだが、こちらの世界のニュースの内容が分からなかったので何を言っているかがわからなかった。試しに医者が出していたウィンドウを出してみようと念じると、ポンとウィンドウが表示され、いろいろなものの情報が表示される。


「すごい……これがステータスウィンドウ……スキルもある……熟練度性か……レベルは……レベルもあるのか……ものの状態もわかる……「鑑定」みたいだな……」


S郎が面白がって部屋にあるモノを調べつくすと、唖然とした母親と医者に気が付く。

「えっと……なにかやっちゃいました?」


「すばらしい……操作方法の説明も無しに……」

「天才なのかしら? この子?!」


S郎はその日に退院し、母親に連れられて病院を出る。

母親が呼んだのか、タクシーらしいものがすでに病院についており自動的にドアが開いて中に乗り込む。

タクシーの中には運転手はおらず、自動的に操縦が始まりS郎の記憶している家の方へと運転が開始される。

(……すごい……記憶を取り戻した状態でみると……凄い世界だったんだな。自動化がすごすぎる……)

街では労働者の姿はほとんど見えなかった。自動的にロボットが宅配便の荷物を運んでいるのをS郎は珍しそうに見ていた。

昼の日差しに溢れた公園には何故か普通に遊んでいる幼児はおらず、普通の大人が大量に寝転んでやる気を無さそうに空を眺めていた。

(あれは……公園でフルダイブをしているのかな?)


S郎が窓からの眺めを楽しんでいると、頭の中に母親の声が響く。

「そっちはあまり見ちゃダメ……」

「なんで?」

「あれは社会から外れた……いいわ。ああならないように帰ったら早速お勉強しましょうね」

「え、勉強? いきなり?」

「折角「電脳空間接続プラグ」をつけたんですから……」


S郎は記憶をたどってみる……確かに手術前に、真剣な顔をした母親と父親に「「電脳空間接続プラグ」を付けたら勉強開始ね!」と言われていたのを思い出していた。


S郎が家に着くと、超巨大タワーマンションに入っていく。顔認識の様で、機械からスキャンが走ったあと、自動的にロックされていたドアが開く。

(すごいよな……会社みたいだ……知識チートは無理かもなぁ……文明レベルこっちの方が上に思えるし……)


S郎が色々と蘇った記憶と、こちらの世界での記憶を整理していると気が付くと自分の家へと着いていた。

母親が手際よく荷物を片付けてプラグがついている椅子を準備する。


「さてとさっそくやりましょうか……とりあえずそこに座って……この世界の「電脳空間」について学びましょう……異変があったら「ログアウト」をするのよ? わかった?」

「わかった……ちゅーとりあるってやつ?」

「良く知っているわね……そうよ。しっかりと学習して帰ってくるのよ?」


S郎は椅子に座って、頭の後ろにあるプラグに「電脳空間」への接続を開始する。

S郎が気が付くと、小学校の様な教室にいた。

不思議な感覚だったが、まるで現実にいるかのような感じだった。試しに手をつねったりするが痛覚がそのまま来ている感じだった。

「……すごいな……本当に現実そのままだ……」

「ああ、ごめん遅れた。S郎君。講師のNだ。……まぁ、ちゃっちゃかやっちゃおうか」

「……え?」

「? ああ、ごめん。落ち着いていたから経験者かと思ったよ……チュートリアルからか……えっと、この世界では時間の流れがゆっくりなんだ。だから、まぁ、がんばろう。さて授業を始めるよ……」


S郎は不安になりながらも授業を受ける。休憩時間も殆どなく、この「電脳空間」のレクチャーを受ける。電脳空間ならではの映像や体感をし、知的興奮と興味がS郎の心を支配しあっという間に時が経っていた。疲労も感じなかったので、まるで一週間分の授業を一気に詰め込んだような感じだった。


「……驚いたね。初めてなのに疲労をここまで感じない子は初めてかも、1コマもつなんて……」

「ありがとうございます……何で疲れないんですか? この世界の1コマって何時間なんですか?」

「現実では1時間だが……この世界では48倍の時間体感だ。疲労なんかも現実の1時間分だからね」

「……これって「電脳空間」に入れないと不利じゃないですか?」

「まぁ、そりゃそうだ。君の親がしっかりと稼いでるから「電脳空間プラグ」を付けられるんだ。貧乏な家は無理だからな」

「……そんなものですか」

「そんなもんだ。俺も子供のために頑張ってるからな……ああ、じゃぁ、両親に宜しく。次も授業を指名してくれると嬉しい」

「あ、はい、ありがとうございました」


S郎は講師のNの指示に従いログアウトをする。目の前には心配そうな母親と父親の顔があった。


「どうだった?」

「大丈夫そうだな……顔色も良い」


「チュートリアル授業は終わったよ……なんかすごかった。48時間も授業を受けてたの?」

「ああ、そうだ。どうやらこの子には適正があるみたいだな」

「よかったわ……あなた……これでこの子の将来は安泰ね」


「そうだな。授業をあらかた受けたらレベルアップのために「経験値」を稼ぎに行かなければな」

「そうね。近所の「魔獣発生装置」の予約を取らないとだめね。スタートダッシュが肝心ね」

「スキル上げは「電脳空間」で出来るからな……あとは防御用の「魔術」と「プログラミング」を習得しないとな……これは俺も教えられるな……」


S郎は両親の話が半分分かり、半分は認識がついていけない状態だった。

この世界ではレベルアップのシステムは研究しつくされ、どうやればレベルアップするのかが明文化され、それ用の手法が乱立し、この世界を「攻略」するゲームの様な状態になっていた。


「ね、ねぇ……これから僕はどうなるの?」

「チュートリアル授業で教わっただろ? 小学校に入る前に徹底的に知識を詰め込みスキルの熟練度を上げてレベルを上げる……そうしないとトップ集団についていけないからな」

「そうすれば良い企業に勤められて裕福で幸せな生活が出来るのよ? 頑張ろうねS郎」

「……わ、わかった……」


S郎は就寝前にこの世界の事を調べ始めた。

この世界は現代日本を凌駕する、徹底的に管理された競争社会となっていた。知識チートなどできる余地が無く、完全に効率化、レベルアップの恩恵は全ての人間が受けられるうえに攻略しつくされ、各種ライセンスは電脳空間で撮るのが主流になっており、電脳空間は鍛錬の場所になっていた。

S郎が転生前に考えていた「裏ルート」は全てつぶされていた。


(遊びは……VRMMO的なゲームは?? 無いのか??)


S郎は検索結果に呆然とする。

あるにはあった。が、どれもが現実スキルに直結するものばかりで、S郎が望むVRMMO的なファンタジーは「アングラ」に当たるものになり、年齢制限でアクセスが出来なかった。

(……なになに? ……精神汚染の恐れがあるので……18歳以上、保護者の許可が無いとだめ? マジか……)


彼が望む剣と魔法の世界、銃の世界、魔獣を狩る世界のゲームは表紙とゲーム内容だけが見れる状態だった。

(はぁ、早く年とらないかな……)



小学校入学説明会の当日、母親がにこやかな顔をしてS郎を小学校に連れて行く。

S郎は公園脇を歩いている時に、ベンチや芝生で寝そべる大人を見る。

彼らの頭の後ろには電脳空間接続プラグがついていない人間もいたが、ついている人間もいる事に驚きを隠せなかった。


それを見ていた母親から彼の頭の中に音声メッセージが届く。


「そうそう、ダメよ。あちらの世界に行っちゃ。ああはなりたく無いでしょう?」

「あちらの世界?」

「もう知っているでしょう? 検索してたじゃない? 夢と幻想と妄想の世界よ。あちらに行くと社会不適合者扱いになってこの世界で暮らしていくには肩身が狭くなるわ。ほら、あそこで寝転んでいる人たち……折角「電脳空間接続プラグ」がついているのにあちらの世界に入り浸って……親御さんもかわいそうに……あれのせいでで人生が終わってしまうのよ」

「……人生が終わるって……」

「あちらの世界に行くと、あちらの世界が本当だと信じこみたくなって戻れなくなるんですって」

「……本当に?」

「本当よ。あの人達みたいになりたいの? パパとママみたいになりたいでしょう?」

「う、うん……」


S郎は母親に手を引かれながら、「電脳空間接続プラグ」をつけてよだれを垂らして寝転んでいる人間を見ていたが、しばらくすると前を見て歩き出した。



§  §  §  §


新人プランナーがウォッチリストを久々に見てダイジェスト映像とてテキストを読んでいく。

「……その後は真面目に「電脳空間」を利用し……結局社畜に……凄い精神力ですよね。前世の記憶がある人間がこの世界に行ったら大体「廃人」になっているみたいなんですが」

「ああ、俺の見る目あっただろ?」

「そうですね……あちらの管理局からも好評だったみたいですし……」


新人プランナーは過去にこの世界に送られた人間のリストと結果を見ていた。

「ゲーム的システムが一般的になると……世界が行きつくんですね……」

「んだなぁ、数値が目に見えちゃうとやっぱり攻略されてしまうんだろな。まぁ、あの転生者は、転生前は自分だけがゲームシステムを使えると勘違いしてたみたいだからなぁ……」

「こちらの世界でも周りの雰囲気に流されて社畜となったくらいですから……結局まわりに流される性格は変わらないんですね」

「まぁそれを見越して送り込んだんだけどな。こういう輩はどこ行っても同じだねぇ」

「そういうものなのですね……」


新人プランナーは自分のメモに今回の「社畜」の顧客に対応する世界のお勧めにこの世界を新たに登録していた。


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