♯04 過保護な親の転生希望者
§ § § §
とある現実世界と虚実の世界のはざまで……
二人のこの世ならざる存在が異世界転生希望者の魂の案内をしていた。
ただ、二人の案内人は何時もと違い狼狽しているかの様に見えた
V男は二人の異世界転生管理局員に懇願していた。
「お願いします!!」
「ですから……それは……特例でも無い限り認められません」
主任が資料を見ながら何とも言えない表情になる。
「確かにあなたのカルマなら……聞いてもよさそうな感じがしますが……困ったわね……」
「あなた達の話が本当なら……G斗はまだまだ未熟なまま死ぬと言う事ではないですか? せめて息子を見守るだけでも……出来ればサポートできる位置に転生させていただけたらいいんです!」
「……上の方に問い合わせますか?」
「今は局長がいませんからね……今対応していただけるのは……」
二人がV男の熱意に戸惑っている間に毛の長い灰色の猫がするりと部屋に入ってくる。
「話しは聞いたニャ」
「局長代理? 連絡する前に何故?」
「へ? 猫? なんと可愛らしい……」
「……あ、ありがとニャ。美しい以外は新鮮だニャ……私の方から打診してみるニャ」
局長代理の猫は資料に目を通しながらV男の方を見る。
「泣ける話じゃないかニャ? 病気で死にゆく息子のために亡くなった母親の代わりに一人で面倒をみながら働き、不運にも交通事故に巻き込まれて死亡……にゃんと悲しい悲劇」
「局長代理、茶化さないでいただきたいのですが……普段は「ニャ」なんてつけないじゃないですか?」
「人間性を疑います。あ、猫でしたっけ?」
局員の目が白々しくなるのを感じた局長代理は慌てて話を切り替える。
「ちょっとふざけただけニャ……さて、V男。さすがに転生管理局でも特定の人間に非常に有利になるように集団で転生するのは許可していないニャ。制約が必要になるニャ」
「……制約?」
「あ、返信来たニャ」
局長代理は目の前で光るウィンドウを開き、しばらく考えていた。
「V男。これから病死するであろうG斗と共に同じ世界に転生することはできるニャ」
「ほ、本当ですか!!?」
「条件があるニャ」
「何でも聞きます!」
V男は局長代理に土下座をするかの如く膝を地面につけながらにじり寄ってくる。
「……落ち着くニャ。気持ちはわからないでもないニャ……ひとつ、転生したことを周りに告げてはならない。ふたつ、G斗にV男として名乗った際にはお前様の魂から「V男として生きた」記憶を消す。これが条件ニャ」
「……」
V男はしばらく考え、若干残念そうな表情を浮かべる。
「……そうですよね。当たり前ですよね、転生した先でも同じような……浅はかでした」
「過酷な条件だニャ……どうするニャ?」
「……転生先でG斗をどうやって見つければいいのでしょう?」
「それはすぐにわかるらしいニャ……G斗は魂の洗浄をしない事になったニャ……」
「なるほど……転生者らしい行動をしていれば……それがG斗だと……あ……死んでしまったのですね……」
「ええ、そのようで……」
「ここは時間と言う概念があやふやな世界……数年は多少の誤差にすぎません……」
V男が魂の存在ながら悲しみに包まれ、しばらく部屋に何とも言えない静寂をもたらしていた。。
「……決めました。その条件でお願いします」
「わかったニャ……絶対にお前様は名乗ってはだめだニャ。魂から記憶が消えてしまう……これは大きなことだニャ」
「はい。わかりました」
主任が手続きを終了させ、何もない空間に光るウィンドゥを表示させる。
「では、そちらの合意ボタンをおしてください。新たな人生が良い旅になりますように」
「色々ありがとうございました。このご恩はいつか……返せると……」
V男は空中に浮いたボタンを祈るように押すと、一瞬にしてその場から消えていった。
§ § § §
新人プランナーが次の転生者の資料を整理しながら質問をする。
「あの、こう言う場合は……わがままを聞いてよいものだったのですか?」
「……」
「ある程度は融通を利かせるニャ。やる気のある魂と、無い魂とでは世界への貢献度が全然違うニャ」
「そんなもんですかぁ……あ! いいんですか? 次の世界がどんなところか伝えてなかったような気がしますが……魂の洗浄の話もしてないですし」
「あ……」
「!? 忘れてたニャ」
§ § § §
V男は剣と魔法のファンタジーな世界に転生をしていた。
彼は幸いなことに中流貴族の三男に生まれ、割と自由な行動が許されていた。
V男はこの世界の常識を身に着けるとともに、魔術を勉強をし、周りから見ても厳しすぎるほどの武術の鍛錬を続け、息子のG斗の転生先を探していた。
10歳になった時、この国の王の子息誕生パーティに出席していた。盛大に祝われる会場の片隅でいざこざの場面に遭遇する。
「なんて事をしてくれたんだ! 母様にしかられる!」
「不敬なやつめ!」
「お前どこの娘だ! 名を名乗れ!」
「ご、ご、ごめんなさい……」
彼の目の前では第二王子と、その取り巻きが一人の娘を突き飛ばし怒鳴りつけていた。
よく見ると王子の服に子供用の葡萄ジュースが激しくかかり綺麗に汚れていた。令嬢がぶつかって誤ってかけてしまった感じだった。
(あまり良い評判を聞かない第二王子か……わがままで破天荒と聞くな……)
V男は委縮してしまっている令嬢との間に割って入っていく。
「王子、あまり大きな声を立ててはなりませぬ」
「何だお前は!?」
「どこのどいつだ? お前ごときが話しかけて良いとでも思っているのか?」
取り巻きが声を荒げて糾弾しようとする中、V男はこの世界の水の魔法を使い、第二王子の服に付いた葡萄ジュースの汚れを瞬く間に取ってしまう。
「お嬢さん、非礼を詫びここから立ち去りなさい……」
「た、大変申し訳ありませんでした。王子様……」
「何を勝手に!」
「貴様!」
第二王子は二人を手で制する。
「許す。気にするでない……場を壊したくない。長い謝罪は不要だ」
「ありがとうございます……」
令嬢は足早にその場から離れて行く。周囲の目もトラブルの処理が終わった瞬間に離れ、持ち場へと戻っていった。
「……すまない、汚すなときつく言われていた……助かった……「魔法がある世界」なのを忘れていた」
「王子、駄目です。下々の者に簡単に礼を言うなど!」
「この家紋は確か……こいつは中流ですよ。王子が関わるような人間ではありません」
V男は王子の評判が取り巻きの二人のせいで悪くなっているのに気が付く。
「いえ、お気になさらずに。殿下、愚直ながら進言します。代弁させず自分の言葉で話したほうがよろしいかと」
「……何故だ?」
「身の回りに置く人間の発言が殿下の発言だと思う人間も多いと言う事です」
「……なるほど」
「なんだとっ!!」
「貴様っ!!!」
第二王子は二人の発言を手で制する。それを見ていたV男は意図が伝わったと感じ一礼の後、その場を立ち去った。
それからV男は第二王子の側近へと引き上げられる。異例の事態だった。
どこへ行くにも連れていかれ、第二王子の行動をいさめる立場へとなり、周囲からは「忠犬」と言われる様になっていた。
第二王子の風評も、ただの「破天荒」のみとなり、行動が突飛なだけのまともな人間と思われるようになっていた。
ある日、V男は得意げな雰囲気の第二王子に王城の空き部屋に案内される。
「王子、この場に集まった人は一体? 大分……バラバラな……」
「ああ、破天荒と言われる私だから許されることだろうね。「転生者」を集めてみた」
「……なるほど、「突飛な知識」を利用するのですね」
「遠回しに君が言った事だろう? 相変わらずとぼけて……」
それからも「転生者会議」は定期的に行われ、前世の知識を生かしたモノづくりや、育成システム、行政の仕組み……などなどこの世界に落とし込めそうなものを書類としてまとめ上げ、実行できそうなものは実際に実現していく感じになっていた。
会議の場で直立不動で警戒に当たるV男の前に、第二王子の婚約者が近づいてくる。彼女も転生前の記憶を有しておりその場に参加していた。
「V男さん、この書類に目を通しておいてください」
「……承知しました……」
第二王子の婚約者は残念そうな顔をしながら第二王子の方へ振り替える。
「面倒ですよね……読めるのに参加できないのって……転生時の制約でしょうね。私も違う世界行こうとしたら制約が発生しますって言われて諦めたからなぁ……」
「そういうものなのか……」
「王子様は制約などなかったのですか?」
「無かったな……ただ、選んだあとしばらく待つように……面白いことになって来たニャ……と言われたな」
「なんですかそれ? 猫だったのですか?」
「猫だったな……」
V男はすでに第二王子がG斗ではないかと思っていたが、今の話で確信に変わった。
動揺を悟られない様にゆっくりと落ち着いて資料を見るふりをするが、手が震え気が気ではなかった。
第二王子に、元DTP系デザイナーだった転生者からドット絵をまぶしたようなデザインのポスターを渡される。
「公示用のポスターですが、これでいいんですか? 本当に?」
「ああ、これなら……この国に転生していれば気が付くものは気が付くだろう……漢字混じりだからすぐに気が付くし、この世界の人間から見たらドットの絵柄にしか見えないからな。……これで知識が増える。知識が増えればやれることも増えるからな」
「それはわかるのですが……こっちの……「V男」さんへのメッセージは?」
「ああ、父なんだ。私よりも数か月前に死んでしまってね……もしかしたらこちらの世界に来ているかもしれないだろ?」
「なるほど……ですが、それは期待しない方が良いかと……」
「わかっているが、少しくらいあがかせてくれ。「最後まであきらめずにやる」のがモットーだからな」
「父の教えですか?」
「……ああ、そうだ」
にこやかにほほ笑む第二王子を見て、V男は心の中で泣いていた。病気前に一緒に野球をやっていた事……口癖のように教えていたセリフがそのままだった。
彼はすぐにでも名乗り出たかったが、名乗り出た瞬間に記憶が消える事を考えて思いとどまっていた。
それから時が流れ、V男はこの世界での成人間近となる。第二王子率いる「転生者組」の知識によってこの国は豊かになり平和になるかに見えた。だが隣国からは飛躍的に強国になっていくのは脅威としか感じられない様だった。また、脅威に感じるのは隣国だけでなく「第一王子」一派から見ても権力に執着しない「第二王子」を不気味がり、敵視するものも出てきていた。
そんな折りにV男は第二王子から「転生者組」の会議室に呼び出される。
「……君を側近から外す……」
「何故ですか?? 王子??」
「戦争が始まる……君は領地に帰るんだ……あそこなら安全だ」
「私はあなた様についていきます。必ずやあなたの盾に……」
「……駄目だ……」
「私は……僕はとっくに気が付いているんだ……君は……似すぎている……僕はまた……愛する者が先に死ぬのには……耐えられないよ……」
「……王子……」
周囲に集まった「転生者組」のメンバーが二人の動向を注視していると、突然ドアが開き、従者風の格好をした人間が荷物を持って入ってくる。
「殿下。お届け物です」
V男は見た事も無い人間が、突然その場に入ってくる不自然さを察知し、この世界で叩きこまれた護衛の知識が彼の体を動かす。
ドーン!!!
V男の盾の魔力で部屋にいた「転生者組」は守られていた。だが、爆発物の近くにいた彼の体はひどい損傷を受け、かろうじて生きている状態だった。
「父さん!!!」
第二王子が駆け寄り、V男の手をとる。
「誰か……回復魔法を……ああ……なんてことだ……こんな時に彼女がいないなんて……」
V男は薄れゆく意識で自分がもう死ぬ事を悟った。
「G斗……幸せに……最後まで……生きて……」
「父さん!!! 死ぬな!! 待ってくれ!!!」
第二王子が悲しむ中、彼の婚約者が扉をけ破るように入って来て神聖魔法を唱え、V男を治療していった……
それから「本気」になった第二王子は「第一王子」一派を跳ねのけこの国の王となる。
王妃との間に子供も産まれ、ごく親しい王族に由縁のある者が集められていた。
その中に一介の護衛騎士であるV男もいた。
「王様、私はこの場にそぐわないと思うのですが……」
「いや、君に守られた命だ。ぜひともその子を抱いてやってくれないか?」
「は、はぁ……」
V男は片目を失っていたが生きていた。
だが、制約通りに彼の転生前の父親だった時の記憶は失っていた。
この世界では子供のいない彼だったが、何故か慣れた手つきで寝ている赤子をやさしく抱きかかえる。
「……良いものですね……ありがとうございます……え? 勝手に涙が……なんですかね……この感情は……」
V男は意図せずに勝手に出てくる涙と心の奥底から湧き出る感激に戸惑っていた。
王と王妃は優しく彼を見守っていた。
§ § § §
局長代理の猫はウォッチリストからV男を外した。
それを見ていた新人プランナーが不思議そうに質問をする。
「あれ? 外しちゃうんですか? 面白がってみていたのに」
「……これ以上は見ても大きな変化はないと思うニャ……」
「あ、そういえば、先方からは今回の件がうまく行ったので、親子セットや。恋人セット……なんかでも交渉に応じる……との事でしたね。他の世界でも同じように交渉しましょうか?」
「……そうだニャ……うん。それが通例となれば……いいかもしれないわね……」
「局長代理、地が出てますぞ……にゃあ?」
「……くっ、思わず感傷に浸ってしまったニャ……主任さん、手続きお願いだニャ。私は違う案件に行くにゃぁ……」
「はい。え……ちょっと、想定より書類が多い気が……]
局長代理はどこからともなく大量の書類を取り出すと机の上に置いて部屋を出ていく。
「あ、局長代理……」
「逃げましたね……提携している世界分だけの数になると……書類もすごいものですね」
「……はぁ……少し手伝ってね……」
「……出来るだけ……」
主任は目の前に積まれた山の様な書類を見て眩暈がした。
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