#03 連続殺人犯の転生希望者

§  §  §  §  


とある現実世界と虚実の世界のはざまで……

二人のこの世ならざる存在が異世界転生希望者の魂の案内をしていた。

ただ、二人の案内人は何時もと違い無表情に見えた。


K男は牢獄の電気椅子に座っていたはずだったが、突然禍々しい血肉に満ちたような冥界の様な部屋にいた。

「ここは……なんだ? 死後の世界……地獄か?」

「ええ、そうですね。死んだ後、特定の魂はこちらに通され、違う世界へと転生していきます」

「あんたは……死神か?」

「あなたの定義の意味は少々わかりかねますが、転生を管理する存在ですね」


新人プランナーが資料を見ながら事務処理にに入る。

「さて、っとK男さん29歳、元医師……大量連続殺人をした罪で死刑……」

「ああ、なんか裁判も早かったし、実行も異例の速さっていってたな」

「……他人事のように話しますね」

「ああ……実感が無いんだ……人を殺している時だけが生きている実感があった」

「……そうですか」


「主任……現代では珍しい人間ですね」

「ええ。そうですね。昔は大量にいましたが……平和になった日本においては珍しい価値観です」


K男は禍々しいフードをかぶった死神のような二人の顔をじっと見つめる。

「……なんだ? あんたらは物凄く若く見えるが?」

「それはあなたが若い女性が好きだから……でしょう。見る人間によって見え方が違うようですから」

「管理局員は年という概念がありません……人間の尺度でしたらおばさん……おばあちゃんかもしれませんね」

「そうか、ババアだったか……ほんとに見た目が変わりやがった……」


K男の目からは若々しい女性の姿が初老の女性に切り替わって見えた。それと共に事務的な手続きに終始する二人の印象からか、部屋が日本の事務室のように変化していった。

(どうなっているんだ? これは……夢か?)


K男が狼狽している間にも淡々と二人は話を進める。

「過去は振り返りますか?」

「なんのだ? 殺し方のレポートでもすればいいのか? 状況を聞いていた裁判員達が青い顔をしていたぞ?」


ニヤリとするK男を横目に、二人の異世界転生管理局員は特にどこ吹く風で資料に目を通し続ける。空中に浮いたウィンドウからは殺しの映像などが流れていた。

「人間の尺度では駄目でしょうが、色々な事を「試して」いますね。さすが医師……といったところでしょうか?」

「趣味や興味の方向が「殺人」生物の殺生……の方だったんですね。違う世界に生まれればよかったんですけどね」

「ですから上の方から異世界への転生の方を勧められたのでしょう」


K男は平常運転で全くぶれない二人を見て若干たじろいた。

「話を聞いていると……殺すのが合法の世界もあると?」

「ええ、それなりにありますね。もちろん仲間殺しはご法度の世界が多いですが」


主任が空間に表示された過去の振り返り動画を閉じて次の作業に移る。

「それではカルマの清算を……え? マイナスですか? 珍しいですね」

「ある一定基準を下回るとマイナスが付くんですよね。大体はゼロで止まるはずなんですが……」

「局長代理も厄介な人間を……」

「この場合はどうなるんです?」


K男は殺人よりも「カルマ」のマイナスポイントに驚いている二人に思わず聞いてしまう。

「何だ? カルマ……とは?」

「あなたが人生でやってきたことの貢献度を数値化したものだと思ってください」

「ふん。人を殺すことがそんなに駄目だったのか? 医師としても十分人を生かしたと思うが?」

「ええ、殺人自体は色々な世界で行われているので問題は無いのですが、私たちの考え方ではどれだけ人を増やし、幸せにしたかの総量で考えられています」

「主任、計算式の内訳を見ましたが、優秀な女性ばかりを狙っているので、そのせいかと……」

「なるほど……世界の発展を妨げた扱いになっているんですね」

「医師は貢献ポイント高い職業のはずなんですけど……異常ですね」


K男は珍しく二人の話に興味を持ちだしていた。

「なぁ……その理論で行くと、戦争で人を殺した奴らはもれなくカルマがマイナスってことじゃないのか?」

「戦争に参加した、大体の人はなりませんね」

「そうですね」


「はぁ? 人を殺した数だったら、戦争にいったやつが一番多いだろ? 大量殺戮兵器……核爆弾はどうなるんだ?」

「確かに歴史上で爆弾は物凄い人数を殺していますね……主任、その場合はどうなるのですか?」

「その際は爆弾を落とすことを決定した人物に加算されますね。大抵は権力者なので「生かす」人数も多い事が多いのでここまでマイナスにはなりませんね。基本的にどれだけの人を幸福にし、どれだけの人を不幸にしたか……の総量の足し算引き算なので、戦争の場合には、「戦争を行う事で生かせた」人間がプラスでカウントされます」

「あなたの場合はただ「無意味」に「貢献度」を高い人間を殺しただけで、プラス要素を打ち消してマイナスに行ってしまった感じですね」


K男は呆れた感じで二人のやり取りを見た後、すぐに頭を切り替えて次に行く。

「なんだそれは……直接命を救う外科が有利な計算方法に思えるな……まぁ。いい。どうせ戻れないんだろ? 早く合法的に人を殺せる世界を紹介してくれよ」

「……はい、それでしたらこちらになります」


K男は転移先リストから表示される映像や画像を興味深そうに見る。

「どれもこれも時代劇や騎士の出てくる映画みたいだな……お、これは……近代っぽいな。これで良い」

「地球だと第一次世界大戦前くらいの文明になりますが、よいですか?」

「ああ、それくらいなら……水洗トイレくらいはあるんだろ?」

「……都市部には……ですね」

「ならそこで良い」


「では、魂の洗浄はどうします?」

「記憶を引き継ぐかどうかというやつだな? 近代ならば知識も役に立つだろう。原始時代だったら消してもらわないと……やって行けないだろうがな」

「そのあたりは冷静ですね……私たちも文明度が低すぎる場合はそちらをお勧めしています」

「できるなら3歳くらいから記憶を取り戻してほしいのだが……」

「ああ、それもできますよ。赤ん坊から記憶があると大変ですからね……」


「ではそちらの合意ボタンをおしてください。新たな人生が良い旅になりますように……」

「……ああ、何か引っかかる気がするが……まぁいい」


K男は空中に浮いたボタンをためらいなく押すと、一瞬にしてその場から消えていった。



§  §  §  §  


新人プランナーが資料を片付けながら主任の方を見る。

「良かったんでしょうか? 騙したことになりませんか?」

「殺すのが趣味という人間です。あれだけ頭が良ければ大丈夫でしょう……」

「ですが、彼の場合は、殺される場面に身を置いたことが無いのでは?」

「そうですね。レポートを見る限り、密室で逃げられない状態で一方的に猟奇的に殺す……確かに対等の相手との殺し合いなんてしたことのない人間ですね。……たまには行く先を監視しても良いかもしれませんね」


主任は普段はあまりしない、転生者のウォッチリストに彼の人生を登録していた。



§  §  §  


K男は三歳で前世の記憶を取り戻した。

彼はすぐさま、この世界の事を調べた。確かに小国が乱立するこの世界では、隣国の人間を殺しても罪に問われなかった。

(……これでは兵士になるしかないか……軍属が偉い世界……まぁ、隣国の人間を殺しても罪に問われなければそうなるか)


K男は両親に兵士になりたいことを話すとたいそう喜ばれた。彼は瞬く間に成長し、前世での優秀な頭脳と、両親からの遺伝の強靭な体躯をもって屈強な兵士となっていく。

彼は軍の厳しい訓練でも生きた感覚を得られず、他人事のように感じていた。

(こちらの世界でも……変わらないか……早く戦場に出てみたい。そこで俺の渇望が、生きる実感がえられるのだろう)


最初の戦争で彼は、一部隊を率い、この世界にはなかった現代のサバイバルゲームやFPS、戦争の知識を駆使し「英雄」となった。

策略を練り、彼は仲間と共に何人もの敵軍の兵士を一方的に殺していた。

彼も直接銃で敵の兵士を殺していたが、何の感情もわかなかった。満足できていなかった。優秀な方であるはずの彼の頭でも理由はわからなかった。


ある時、彼の国に、隣国達が徒党を組み彼の国との戦争を始める。

普段は一対一の戦いになりやすいこの世界の戦争だったが、流石に物量差で戦線が押され始め後退を余儀なくされる。

K男は銃を抱え、仲間と二人で敵軍から逃げていた。彼の部隊は崩壊し、バラバラに撤退を開始していた。


「お、おいK男。駄目だこれは……逃げ場がない……投降しよう!」

「……何方にしろ殺されるだろうな」

「……くっ、そんな……前回やりすぎたのか……」


K男は周囲を確認する。確かに遠くの方で敵軍兵士がにじり寄り、半ば包囲されている感じだった。

建物の陰に隠れ一旦落ち着いた後、彼はふと、前世で「生きた心地」がした殺人の瞬間を思い出す。

衝動的に彼は同僚の兵士の利き腕を撃ちぬく。

「ぎゃっ!! いてぇ!! な、なにをするんだ?!?」

「……」

「まさか……まさか……スパイだったのか??」


絶望に変わっていく同僚の表情を見て彼は前世以来の感情が昂るのを感じる。

「いや……ちがう……俺のためだ……」

「な、なにを……一緒にここまでやってきた仲じゃないか……」

バン!!


K男は同僚の腕、足、等を順に射抜いていく。

「ぐっ……い、いてぇ……や、やめてくれ……」

「ははっ……」

「ひっ……お前……何でこんなところで……気がふれたのか……」

「分かった。分かったよ。やっと俺にやりたいことが……」

「……な、なに?」


「その顔が、その絶望した顔が見たかったんだ……」

「……人を殺し過ぎて変になっちまったのか……」

「いや、俺はもともとこれだ……人を殺しても何も感じなかった……そうだ、おれは本気で絶望した顔をみたかったんだ……」


K男はコンバットナイフを懐から取り出すと、同僚に一歩、また一歩と近づいていく。

「……や、やめてくれ……殺すなら……一思いに殺してくれ……」


K男は前世と同じように同僚をなぶり殺しにする。血まみれになって恍惚としていた彼だったが、周囲に隣国の兵士がかなり近づいてきていることに気が付く。


(ここまでか……ん? ああ、そうか、これを使うか……)


K男は前世でのゲリラ兵の事を思い出していた。死んだ隣国の兵士の服を集め、着替えていく。

丁度準備が終わったところで、隣国の兵士が3人ほど近づいてくる。戦闘を警戒して銃を構えてにじり寄ってきた一人に声をかけられる。

「おお! 大丈夫か!? 第13部隊の……生き残りか……あんただけみたいだぞ……」

「ああ、助かった」


隣国の兵士達は目の前に横たわる切り刻まれた敵国の兵士の死体を見て絶句する。

「ひでぇな……」

「……憎いのはわかるが……やりすぎだぞ」


「……ああ、そうだな……感情の高ぶりが抑えられなかった……」

「……引くぞ。戦線は有利だが、いったん戻れとのことだ」

「……ああ、わかった」


彼はそのまま隣国の兵士に紛れ、相手側の本陣に帰る前に野営を始める。

会話の内容がかみ合わなくなっていたが、感情が昂り仇を討ったからおかしくなってるくらいの認識で隣国の兵士達は理解していた。


「K男。交代だ。大丈夫そうだな」

「ああ、大丈夫だ……その前にトイレに行きたいのが……付き添ってくれないか?」

「ああ、かまわんぞ」


K男は疲労で寝静まる二人を横目に、一人を連れ出し、不意打ちで兵士の自由を奪い、猿轡をして声を出させないようにして彼の欲望を満たす。


彼が野営に何食わぬ顔をして戻ると、一人の兵士が銃を構えてこちらの方を見ていた。

「お、お前か……あいつはどこいったんだ? 妙な声が聞こえた気がするんだが……」

「あちらの方で何やら声がして……用を足しに行ったようだが……一緒に様子を見に行かないか?」

「あ、ああ。敵軍は相当離れた位置にいるはずだが……」


兵士は連れ出され、またも同じように彼の性癖を満たしていく。一人残された兵士も念入りに彼の嗜虐趣味を満たすようになぶり殺していた。

K男は全てを終えた後も感情の高ぶりを抑えられなかった。生きている実感がしていた。

(そうだ、これだ。このために俺は転生したんだ!)


K男はこれからどうするかを考える。このまま相手国に行ったところで素性がばれてしまう。いったん自分の国に帰ることを決めた。

彼は周囲を取り囲む隣国の兵士達を警戒しながら自分の国へと移動を開始する。膠着状態になっていたのですんなりと自国の陣営まで進み、撤退していく自国の部隊の姿を見つける。

彼は撤退していく『仲間』に声をかける。


「おーい。K男だ。俺は無事だ!」

「え?」

「て、敵襲!!!」


K男は仲間と思っていた部隊から一斉に射撃を浴びる。気分が高揚し、正常な判断が出来ていなかった彼は混乱しながらも建物の陰に隠れる。

(な、なにが!! 仲間だろ? なんで仲間を撃つ??)


彼は自分の体の具合を確かめる。手足どころか腹にも数発銃弾を食らい、前世で医師であった彼の知識から、そう長く生きられない、致命傷を負ってしまったのを確認してしまっていた。

(くそっ! ここで死ぬのか、まだ死にたくない。まだ殺したりない……裏切りやがって!! なんでいきなり……)


K男は混乱し仲間が突然銃を撃ってきた事に愕然としていた。

彼はふと、目の前の壊れた鏡台に映る自分の姿を見る。

彼の好きな「絶望した表情」をした隣国の兵士がいた。


(あ……しまった……そういうことか……)


彼は友軍のはずの自国の兵士達に包囲される中、失われていく血液で意識が遠のき、絶望しながら殺していった人間と、鏡に映る自分の姿を重ね合わせていた。



§  §  §  


新人プランナーがウォッチリストの死亡記録から、死ぬ直前の動画を見ながら反省していた。


「こうなるんですか……主任、私の考えが浅かった様です」

「最後まで彼らしい生き方だったと。彼はそのあと「魂の洗浄」を願ったみたいですね」

「もっと殺したさそうにしていたのになぜ?」

「どうやら彼は自分の嗜虐趣味が魂のせいなのか環境のせいかわからないから一度記憶を消して、次の転生時に記憶を戻して……結果を教えてくれと……」

「……最後まで変な人間でしたね。それにしても変な世界ですよねあちら側は」

「管理者が「大国」が作れない世界はどうなるんだろう? というコンセプトで作られた世界ですからね」

「世界大戦は人が減りすぎるから……なんですかね?」

「そうみたいですね。あちらの管理者が違う世界で「世界が二分した時の戦争」を経験しているらしく、それはもう凄惨だったようです……」

「バランスが大事なんですかねぇ……」


新人プランナーが資料を整理しながら主任に伝える。

「あ、そうだ。あちらから、もっと猟奇的な人間を送ってくれ……「面白い」から……と要望が来ていますが……おかしな魂もたくさん引き取るから……と」

「……この日本においては……数年に一人でしょうね。他の支部にも連絡をしておきましょう」

「はい、わかりました」


新人プランナーは世界各国に猟奇的殺人を犯した魂の募集を開始した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る