#02 好奇心を突き詰めたい転生希望者
とある現実世界と虚実の世界のはざまで……
二人のこの世ならざる存在が異世界転生希望者の魂の案内をしていた。
T浩は期待の眼差しで異世界転生管理局の主任を見ていた。
彼の目からは好奇心に満ち溢れた力が宿り、主任と新人プランナーは若干たじろいていた。
新人プランナーが頭に手をやりながら唸り始める。
「うーん……宇宙を行き来する世界ですかぁ……」
「え?……無いんですか?」
「あるんですけど、あなたのいた世界よりもかなり文明度が高いので……あなのカルマなら余裕で行けるのですが……」
「がんばりますので!」(いや~女神たちは困った顔も美しい……なんという造形美だ……なんで紙と筆がないんだ……頭の中に刻んでおかねば! 本当に頭の上に光る輪っかがあるんだなぁ……)
新人プランナーが女神様と言われた主任に目配せをする。
(……考えている事まるわかりなんですけどね……)
(この方からは私たちがそう見えていると言う事ですね)
主任が持っていたペンで頭をトントンとしながら説得する。
「カルマが良い感じに高まっていますので、もう一度地球の違うエリアに転生することをお勧めしますが……」
「駄目ですか? これって、ほら、息子たちが見ているアニメにあった「異世界転生」でしょ? 「異世界」だったら、もちろん映画の「宇宙戦争」の世界もあるんじゃないかなって思って」
「理解が早いのは助かりますが、あちらの世界は……こちらの世界よりもさらに魂が飽和してるんですよね。あなたが一人行くと1000人くらい引き取らないといけないんですよ」
「……すみません、何を言ってるか分からないですし、それが良い事なのか悪い事なのか、分からないんですが……」
「それと、あなたくらいのカルマの人間には少々勿体ない……生れ落ちた種族と持っている財産、その星の機械テクノロジーのレベルで幸せが決まってしまうのです。徳のあるあなたが行く場所ではないかと」
「……要するに生まれがすべて……の世界だと?」
「そうなってますね。以前も似た方が転生して観察報告を受けたのですが、折角の「剣術」「算術」「書道」等の極めたスキルが全く役に立たず……自暴自棄になって魂の洗浄をして転生を繰り返す一般人と同様の魂になってしまいましたね」
「……その話しぶりだと侍……江戸時代ですか……」
「はい。その反省から、なるべく文明レベルが近い、もしくは文明レベルがやや低いくらいの世界をお勧めしています。が、あなたは頼みますから……この世界で何度か転生を……」
T浩は心底醒めた目をしながらしばらく考える。何やら思いついた様で言いにくそうにソワソワしながら話しだす。
「……それなら……その、あの、「狂戦士」みたいな世界ではなく、「悪役令嬢」の様な……綺麗な異世界に……」
「……恥ずかしいのなら言わないでください。分かっています。娘さんがはまっているやつですね。そちらに似た世界もありますが、剣と魔法のある割と平和な世界のになりますね……分岐が多いのでいくつかありますが……あ、結構、魂トレードのニーズありますね」
「ほんとですかっ!?」
「……ええ、でも本当によいんですか?」
「はい!」
「では、この中から選んでいただけます?」
T浩は何種類もある世界からその世界の雰囲気が総集編の動画のように説明される動画を見ていく。
その中から割と彼の知った「悪役令嬢」ものに近そうな雰囲気のものを選ぶ。
「それじゃこれで。魔獣も少ないみたいですし、それなりに文明がある。絵に描いたような学園もあるみたいですし」
「えーっと、その世界は努力のみで、最近のトレンドのシステムアシストが無いんですが、大丈夫ですか?」
「システムアシストですか?」
新人プランナーがT浩の経歴を見てわかりやすく説明をする。
「えっと、レベルとかスキルとかそういうやつです。最近はつけないと異世界に転生してくれる方が少ないんですよ」
T浩はしばらく呆然とした後、話の内容を理解した瞬間に聞き返す。
「え!? そんなんあったんですか? もしかして日本にも? 実はステータスウィンドウ開けたんですか?」
「無いですね。そう考えると地球と同じシステムですね。魔法があるだけで」
「なるほど、ハリーポッターみたいな世界ですね! やる気が出てきました」
「あなたなら、何かを成し遂げるでしょうけど……出来るなら地球の違う国に…」
「それは、もう良いんですよ。僕は新たな経験をしたいんです。この世界では色々やり尽くした。ここに来たら理解しました。僕は昔から転生する度に絵を描き続けていた。ネタ切れ感はこれだったんです。僕はこの世界に飽きていた! 好きとは言え、仕事に忙殺される日々はまっぴらごめんです! 新たな人生の、新たな世界の経験をしたいんです!」
「な、なるほど、主任、良いのでしょうか? このケースの場合はどうすれば……」
「はぁ、本当に勿体無いんですけどね……希望はなるべく叶える方針ですので」
「行けるんですね! ありがとうございます!」
「では、魂の洗浄はどうします?」
「説明書に書いてあるアレですよね? しない方向で。せっかく記憶を引き継げるんです。ここまで極めた絵の技術も勿体無いですし」
新人プランナーが資料を見ながら納得した表情になる。
「あちらの世界の担当からも、こちらに来る魂はなるべく洗浄はしないでくださいと言われてますからね……」
「……まぁ、あなたなら大丈夫でしょう」
「はい。宜しくお願いします」
主任が手続きを完了させると、空中に合意ボタンが出現する。
「ではそちらの合意ボタンをおしてください」
「はい……ちょっと緊張しますね」
「では、新たな人生が良い旅になりますように」
「ありがとうございました。美しい女神たちよ……これで忙しさで忙殺される人生じゃなくなる!」
T浩はガッツポーズのまま一瞬にしてその場から姿を消していった。
§ § § §
新人プランナーが主任に疑問を投げかける。
「良かったんですかぁ? あんなにカルマが高い人は中々いないと思うんですが」
「仕方がないでしょう、好奇心の塊のような方なんですから」
新人プランナーはT浩が転生した世界の情報を見て怪訝な顔をする。
「転生先だと、確かに魔法がありますけど、転生者達が頑張りすぎて平和な世界ですから……期待に添えるかどうか……」
「その時は……彼なら何かを見つけるでしょう」
「あちらの娯楽に多大な影響を与えそうですね……」
「ええ、あそこまでバイタリティーと好奇心に満ち溢れた魂は珍しいですからね」
「でもそのせいで……死因が過労死ですよね? 医学的には心筋梗塞ですが、原因「過労」って書いてありますよ」
「……まぁ、転生先は魔法がある世界ですから……なんとかなるでしょう……」
「だと良いんですが……」
新人プランナーは心配だったので彼の人生をウオッチリストに入れ、次の資料へと目を通し始めた。
§ § § §
T浩は転生後、努力に努力を重ね魔術を極め、幼年期には賢者の卵とよばれていた。
12歳になり、魔法学園に入り図書室と禁書庫を漁りきり、教授たちに長年疑問だった謎の質問を終え、大体の将来、世界の構造、未来が見えてしまうと彼は渇望に満ち溢れていた。
彼にとっては残念ながらこの世界は先人の転生者達に攻略、探索しつくされ冒険心をくすぐるような場所が無くなりかけていた。
T浩はあてがわれた寮の豪華な部屋で人に聞こえる声でつぶやいた。
「……やっぱり耐えられない」
同室にいた上品な衣服を着たルームメイトのR商家の息子が大量の課題をやりながら聞き返す。
「どうしたんだ? 未来の大魔導師様。もう終わったの? ……ってもうその単位持ってるんだよね……すごいよな……」
「耐えられないんだもう、暇で暇で……」
「そりゃ、その勢いで課題こなして単位とっていったら……あれじゃない? 飛び級とかすればいいんじゃないの?」
「違うんだ……無いんだ」
「なにが?」
「娯楽だよ。娯楽」
「娯楽なら……将棋、囲碁……クリケット……体動かすのは好きじゃないっけ……まぁ、色々あるじゃないか。遊戯室にでも行って来たら? って試験前だし誰もいないか……暇なのは君くらいだよ」
「違うんだ、無いんだ。新作が……「マンガ」が「映画」が「アニメ」が……」
「「マンガ?」「えーが」「あにめ」?なんだそれ?」
「この世界には娯楽が無さすぎるんだ!」
R商家の息子はしばらく考えるが、彼が演技ではなく本気で言っている事だけは通じた。
「ごめん、さっきから、何言ってるかわからないよ……」
T浩は紙とペンを持って一心不乱に何かを描き始める。しばらくすると一枚のマンガを描き上げる。
「こんなのを見た事ない?」
「……風刺画? じゃないね……うはは! 面白い。絵が独特だけど、すごい伝わってくるよ! へぇ……文章だけじゃなくて、物語と絵を組み合わせると……こんなに面白いんだね……絵本ともまた違うね。大人向けになってる感じか?」
「ないのか……やっぱり……」
T浩はしばらく考えたあとに決意の籠った目でR商家の息子を見る。
「無いならば作ればいい……これを世に出す……確か君の家、出版事業をやってたよね?」
「ああ、できるけど……確かにできるな……この絵なら白黒はっきりしてるし……ちょっと親と相談していいかい? 出来るらなもう少し……色々な話が、種類があるといんだけど……」
「わかった。アイディアは腐るほどある」
T浩は紙とペンを持ち、この世界に来てからのアイディアと前世のアイディアをミックスさせ創作活動に没頭し始めた。
それから彼の描いた「マンガ」は瞬く間に魔法学園中に知れ渡り、回し読みが流行り、あれよあれよという間に貴族階級から商人達にまで広まっていった。
「どうやら成功しそうだね……」
「もちろんだ。これでも僕は前世でそれなりに売れてた漫画家だからね……」
「……またその話かい? 駄目だよ俺以外にしちゃ……」
「……随分前に婚約者にしちゃったかも……彼女も転生前の記憶があるらしいし……興味ないけど」
「まじか……ああ……でもこんな事したら……さすがに婚約破棄になりそうだけど……」
「それでもいいさ。そんなに仲が良いわけでもなくしぶしぶだったからね……魔術の勉強が面白すぎてね」
「まぁ、相手も君も乗り気じゃなかったからね。あんなに美人なのにもったいない。君は独身貴族ってやつになるのかい?」
「それもいい。頭の中にあるアイディアを全部書いたら……おそらく一生かかる」
「……そんなにあるんだ……」
それからしばらく創作活動に没頭し、商業化をする直前までくるとうわさを聞き付けた貴族の親から呼び出しがかかる。
「T浩……どうするつもりだ。貴族として生きていく気は無いのか? 宮廷魔術師にもなれるほどの能力があるのに……」
「はい。ありません。魔術の先は見えました。開発しつくされた魔術の世界では私のできる事はありません。私には私にしかできない仕事をしていきたいと思います」
T浩の父親はいつの間にか手に入れた彼の「マンガ」を手にしながら少々困った顔をしていた。
「そうか……確かに……これは面白い。面白いのだが……婚約の件だが……こちらに説明をと……既に部屋に来ているんだ……相手方が」
「……え? そんな……父さんが何とかしてくれると……」
「……はぁ……困ったものだ。弟も優秀だから何とかなるとは思うだのだが……ああ、どうすれば……あの家の顔はつぶしたくないし繋がりも……」
T浩は困惑している父親に連れられ応接室へと向かう。そこにはいつもは仏頂面だった婚約者の姿は無かった。
目をギラギラと輝かせている婚約者の姿に圧倒されつつも席に座る。
婚約者の父親は挨拶を済ませると、普段の毅然とした態度が無くなり困っている感じだった。
「ああ、なんと言うか……その……」
「……婚約の件ですかな?」
「ん~その、まぁ、その件もなのですが……」
婚約者は煮え切らない二人の両親の会話に割って入る。
「お父様! T浩様と二人にしてくださいませ!」
「わ、わかった……T浩……お願いできるか?」
「は、はい……」
T浩は恐る恐る先導する婚約者の後ろをついていく。従者たちも何時もとは雰囲気が違う婚約者を警戒しながら遠巻きに彼らの事を監視していた。
婚約者は突然防音魔術を発生させ、周囲の音を完全に消す。
婚約者は屋敷の一角で目をらんらんと輝かせながらT浩の両手を握り締め、日本語で話しかけてくる。
「T浩先生ですよね?! あの絵柄、あの構図……真似ようと思っても、とてもじゃないけど出来る人なんていない!!」
「……え? はい? あなたは……もしかして私のファン……だった?」
「はい! 今も大ファンなんです! ただの魔術オタクで私の事を全然見てくれない不愛想でムカつくだけの婚約者じゃなかったんですね!! あなたの熱い作品が、この娯楽のない世界の……私の心に火をつけました!」
「……あ、その件はその……すまなかった。婚約はどうでもよくて……じゃなくて、魔術を極めたくて……ああ。だめだ日本語だとフランクになってしまう……って手を離してくれ……」
「嫌です。これはチャンスです……私もぜひ創作活動に参加を……ジュル……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、何でそんなに積極的に……なんでよだれを!?」
「先生!! わたしをもらってください! はぁ、はぁ」
「お、落ち着いて、ああっ!!」
「T浩先生ぇえ!!」
婚約者に押し倒される形でT浩は転んでしまう。音こそ消していたが、婚約者の熱烈なアプローチをする姿は従者一同に目撃された。婚約者を説得して落ち着かせると、共に応接間に帰るころには式の日取りについての話が進んでいた。
T浩は寮に戻り、良いビジネスパートナーとなったR商家の息子に話しかけられる。
「あ、T浩。どうだった? 婚約破棄できた?」
「いや……逆に懐かれた……逃げられない様だ」
「まぁ、良いじゃないか。家柄も良いうえに美人だし器量もいい。魔力も高い……君の創作活動をみても大丈夫なんだから」
「……熱烈すぎるファンだったんだ……前世の……ああ! もうどうにでもなれ!!!」
それからT浩のこの世界での快進撃が始まった。
商売が軌道に乗り、教会からは分かりやすい神話漫画を描き感謝され、貴族階級だけでなく民衆に響く娯楽漫画を描いて支持され、その噂を聞き付けた神達も彼の枕に立ち自分の姿を描かせ……妻とビジネスパートナーのサポートもばっちりだった。
「ああ!! もぅ! なんでまたこんなに忙しくなるんだ!! 魔法を研究して楽しむはずだったのに!」
「大丈夫ですよあなた。さぁ、癒しの魔法をかけますね……」
「ああ、ありがとう……腱鞘炎がすぐ直るのだけは良い世界だな……頭も……なんかすっきりするし……あっちの世界でも魔法があったら突然死ななかったのかな?」
「そうかもしれませんね。過労死ってニュースに出てましたからね」
「そうだったのか……ああ、それでも手が足りない……神よ、できるならアシスタントを転生させてくれないだろうか……」
「聞き届けてくれますよきっと。神様がいる世界なんですから」
T浩は天に向かって叫んだ。
「神よ! 忙しいのは受け入れる! だが仲間を! 漫画家を、できればアシスタントを転生させてくれ!! 人手が足りない!!」
「お願いします! 神様! 私たちの同志を! 娯楽を!」
二人の熱い願いをR商家の息子は「また始まった」……といった目で見ながら新作の出来に満足をし、次のマンガがどれだけ売れるかの皮算用をしていた。
§ § § § 管理局にて
新人プランナーが書類を見ながら主任に報告をする。
「あちらの世界から、絵のスキルが高い魂の大量トレードの話が上がってますが……なんでも文明の幸福度が一気に上がったとか?」
「安定した世界みたいですからね。そろそろ娯楽の成長、文明の成長をさせたいのでしょう」
「この世界に絵を描ける人は沢山いますけど……流出させていいんですか?」
「全員でなければ良いでしょう……絵を描けるのに仕事に就けなかった人は沢山いますからね……その魂を……」
主任が精査しようと机の周りに何げなく目をやる。
目線の先には受け入れ先のない魂たちをリスト化した山の様な束を見て思いつく。
「あ、そうだ。セットで受け入れ先の少ない人気のない魂をつけるならと、打診しましょうか」
「これでニート問題も解決できそうですね」
「……だと良いんですが…………本当にいいのかしら?」
新人プランナーが電話をかたどった何かを取り、先方の管理者と交渉をする。
「……なんか、良いみたいですね……」
「ほんとにいいのかしら?」
「こちらの世界では「絵描きの才能」は怠惰な魂数千人分の価値がある……とのことでした」
「……そんなものかしら……」
「怠惰な人間は魔法で強制的に鍛えるし、割り振りを考えるから大丈夫。……だそうです」
「……」
主任は戸惑いながらも魂のセット交換の書類にサインをした。
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