異世界転生プランナーの備忘録 ~あなたの希望に沿った世界はこちらでしょうか?
藤 明
#01 話の聞かない異世界転生希望者
§ § § §
とある現実世界と虚実の世界のはざまで、二人のこの世ならざる存在がいた。
一人は大人のキャリアウーマンのような姿を、一人は若い女子学生の姿をしているかのように見えた。
二人は手元にある書類を見ながら、次々と部屋に入ってくる迷える魂を様々な異世界へと送り届けていた。
「主任~疲れましたぁ……」
「新人君、あと少しで休憩だからがんばろう……って魂の存在になったら疲れないハズなんだけどね……」
「変な人が多くて疲れるんですよ。気疲れってやつです」
「まぁ……気持ちがわからないでもないが……慣れるまでは魂がすりへるわねぇ……」
新人プランナーが少なくなったリストを見ながらドアの外へ呼び出しのチャイムを鳴らす。
「次の方、どうぞ~」
「えーっと……あなたは……」
部屋に飛び込むようにやってきた魂は、人間を型取り全身で喜びを表し飛び跳ねていた。
「や、やったぁ!! これは……転生ですね! 転生っ! 成功だぁああ!!」
二人はしばらく呆れて見ていたが、業務が滞りそうなので無視して次に進める。
「はぁ、そうですね。それであなたはY夫さん、年齢29歳職業なし……」
「どんな世界なんですか? やっぱり剣と魔法がある世界なんですよね? 楽しみだなぁ! ほんとに女神と天使の格好をしてるんですね? 美しいですね。ここはお約束通りに一緒に異世界に行けたりするんですか?」
「「……」」
呆然とする新人プランナーにかわり主任が丁寧に説明を始める。
「この世界に実体はありません。あなたから見える姿は私の声と魂から作られるあなたのイメージにすぎません。一緒に行くのは無理ですね。それで……」
「かぁーっ!! 無理かぁ、女神と一緒に旅行するってのもよかったんだけどなぁ。それで……」
しばらく転生希望者が持論をまくしたてる。二人はしばらくは聞いていたがイライラし始める主任を見た新人プランナーが割って入る。
「あ! あの……話を聞きましょうよ……」
「……はぁ、良いですか? まずあなたの前世を軽くおさらいしましょう」
「え…………思い出したくもない……不幸しかなかった最悪の人生でした、それでも聞きます?」
「いえ、話す必要はありません」
「え?」
新人プランナーが空中に浮いたメニュー画面を操作すると何もない空間に大量に映像が流れ始める。
映像が展開された時に興奮していたY夫だったが、映像の中身を見るとテンションが下がっていった。
「すげぇ!! さすが神様!! ……映像の中身は……思い出したくないな……」
主任が書類と人生のダイジェスト動画を見ていると、Y夫は段々と無表情になっていく。
「ええ、そうですね……それで最後はトラックにひかれて死亡……っと」
「はい、最後は一か八かの賭けに出ましたよ。トラックにひかれたらワンチャンあるかと思って。まさか成功するなんて、最後の最後で運がいい! 僕はこのために生まれたんですね!」
新人プランナーがY夫のオーバーな信じてもいない神に祈るような振る舞いをジト目で見る。
「……あなたをひいたトラックの運転手は罪に問われ、被害者の…あなたの親族への賠償、職を失い大変な事になっているようですよ。まだ子供も小さいのに……」
「え? あ、そうか。僕なんかを轢き殺しても、そんな罪を背負わなくてもいいんですけどね。で、どんな世界なんです? スキルとか加護とかもらえちゃったりするんですよね?」
主任が無表情に書類をしまい、空中に浮かんだ情報の詰まった光り輝くウィンドウを表示させる。
「……あなたの積んだカルマの清算を開始します……」
「カルマってあの、あれですよね、善行ポイントみたいな? やっぱりいじめに耐え続けたのはポイント高いですよね? 誰にも迷惑をかけずに生きましたし!」
「そうですねぇ……とりあえずあなたの希望である「スキル」と「加護」がありそうな世界の紹介になります。現在、あなたの所持ポイントは……特典が付きまして50ポイントです」
「おお、なんか多そうですね! スキルリストはどこに?」
「ええ、こちらです……」
Y夫は空中の光るボードに表示されたスキルリストを眺め飛び上がって興奮し始める。
「うおー!!!! すごい。剣術、魔術! しっかり上級とか特級とかある!! ああっ、やっぱり全部取るのは無理な感じか……やっぱり……ここはチートスキルでしょ……お? あ、あった。経験値取得倍化! 45ポイント……高いなぁ……ほとんどのポイント持ってかれちゃう……でもこれ一択でしょ?」
「……よろしいのですか? 剣と魔法がありますが、魔獣が存在する割と過酷な世界ですので、普通に生き抜く力の方が必要かと思いますが……生命力、筋力など、必須スキルをとりあえず標準にした方が……あちらの世界の担当のおすすめ「基本スキルセット」が50ポイントで、とてもお得なんですが……」
「大丈夫ですよ。そんな基本スキル。頑張って訓練すれば経験値倍化でレベルアップが二倍速ですからそれで補えるでしょ! 残り五ポイント……魅力上昇かな……やっぱり見た目だよね。見た目が九割っていうもんね」
「「……」」
局員の二人は顔を見合わせ、どうしたものかと考えるが、魂レベルで話しが全く通じない相手なのに気が付き次に進める。
「はぁ……それで魂の洗浄は行いますか?」
「……え? 何ですかそれ?」
「説明書にも書いてありますが、ほとんどの魂は世界が変わりすぎる事に耐えられなくなり、疲弊する場合が多いので、記憶を消して魂をきれいにした状態で転生するんですよ。一応、聞くのが決まりになっていまして」
「え、ええ? そんなの勿体ない。折角異世界転生用に色々なサバイバルの知識や、文明チートを覚えてきたのに!」
「……なさらないんですか? 本当に?」
「絶対にしません! 何を言っているんですか。さっきの「スキル」と「加護」なんか目じゃないくらいじゃないですか、記憶を引き継げるなんて「強くてニューゲーム」状態なんですから!」
「わかりました……では……これで手続きは終了です」
「あ、あれ? 生まれとか、種族を選ぶことは?? キャラメイクはないんですか?」
「そちらは先ほどのリストに含まれていたはずですが……」
「そんな、キャラクターがランダムなんて! ああ、神様お願いします! 出来るだけ有利な種族と生まれで!!」
「ではそちらの合意ボタンをおしてください。新たな人生が良い旅になりますように……」
「よっしゃ!! やってやる!!! こんなゴミみたいな人生とはおさらばだ!!」
Y夫は空中に浮いたボタンを押すと、一瞬にしてその場から消えていった。
§ § § §
新人プランナーは書類をしまいながら次の書類を出し目を通し始める。
「凄いカルマの低い人でしたね、普通の人の十分の一もないなんて……私がさっき担当した魂は3900ポイントあったのに」
「ええ、既にこちらの世界で似たような人生と自殺を繰り返し無駄に転生し、自己主張が激しすぎて話も聞かず、周りから嫌われてイジメにあい、長期の引きこもり、親にも他人にも迷惑をかけ、挙句の果てには自殺の際に幸せな家庭を壊し…………さすがにカルマが溜まらなかったようですね。あれだけやっても最低保証の50ポイント付与なんて……あちらの世界の支部もどれだけ新しい魂に来てほしかったんでしょうか?」
「……え、それって……50ポイントも無かったのですか……あ、ゼロなんですね……さっきもありましたね……多いんですね、ゼロって……」
新人プランナーは書類を見ながらはっと思い出したように主任を見る。
「あ! その剣と魔法の世界なんですか……「「だーくふぁんたじー」って事は伏せておいてくださいね」って向こうの担当も言ってまして……世界観の動画を見た後だと、特典ポイント無しだと怪しまれて誰も来てくれなかったって……そういう意味だったんですね……」
「まぁ、私たちとしてはあちらの世界を戦い抜いた魂とトレードできるから良いんですけどね」
「でも、あの世界の文明レベルでトレードレートが二十対一って……」
「仕方がないでしょう。魂の価値の差です。相互の世界に利益が出るギリギリのラインですからね」
「この世界の魂に価値はないんでしょうか?」
「これだけの人がいるのです。魂の価値の差が激しいのはさんざん見て来たでしょう」
「そうですね。転生管理局って想像していたよりドライなんですよねぇ……」
「さぁ、そんなこと言っていないで次ですよ。次は楽な案件だと良いのですが……」
§ § § §
Y夫は転生直後こそ神童ともてはやされていたが、成長するにつれて奇行が目立ち、色々な「発明」を失敗し続け、村人から白い目で見られていた。基本的に非常に怠惰な性格であったため、村人が当たり前にやる仕事をさぼり、村を襲った魔獣たちの襲撃に恐れを抱き真っ先に逃げ出し、最終的にはこちらの世界でも家に引きこもるようになっていた。
ある日、村の衛士が彼の家から無理やり、文字通り彼を引きずり出してくる。
「おい、「ほら吹き」!こっちだ!」
「痛いっ!! い、いやだ!! 行きたくない!!」
「ふっざけんな! 領主様からの命令なんだよ!」
「お、俺じゃなくて、あんたが行けば!」
ドコッ!!
村人の兵士長が鍛錬された鉄の様な拳をY夫の腹にめり込ませる。
Y夫は悶絶してうずくまってしまう。
「……あ、あぐ……」
「働かないお前が何を言っている。さんざん親に迷惑をかけて!」
「てめぇの「ほら吹き」のせいで村の皆がどれだけ迷惑をかけられてるのかわかってんのか?」
「村から出す人数は決められてるんだ!、せめて村のために戦って死ね!!」
村人や衛士達から散々ののしられると、Y夫は乗合いの様な檻付きの馬車に肩に担がれて放り投げられる様に乗せられる。
彼の両親や家族は心底ほっとしたような表情をしていた。彼らの周りには励ますような人の輪が出来ていた。
Y夫は馬車の中で、彼の目の前には、どこか俯瞰した感じで物事を見ている目をした人間、Z太郎がいた。彼が唐突に「日本語」で話しかけてくる。
「君はこの村の変わり者で有名な……黙ってたけど……君も転生者なんだろ? 酷い世界だよね」
「え? 日本語?? あんたも?」
「うん……記憶の引継ぎなんてしなければ良かったよね」
「……なんで? 知識チートできなくなるだろ?」
「……ここまでやってまだ気が付かないの? 基本となる知識の勉強不足だよ……恐らく専門の仕事をしていない限り、ネットの情報だけをうろ覚えくらいじゃ……役に立たなかったんだよ」
「でも、俺のせいじゃないぞ。職人がしっかりと作れなかったり、肥料もなんかうまく行かないし、輪作しても作物がうまく育たなかったり……アイデアが凄すぎて実現しなかっただけだ!」
「……はぁ……僕もその「設計図」を見たけど、あれは落書きっていうんだよ……ぼくも「ポンプ」を作れないかと思ったけど……ネットを見ながらじゃないと恐らく無理だよ。実際に作るのは。あと輪作とかって前世の世界の成り立ちでそうなってるだけだよ。魔法がある世界だとなんかいろいろと違う。違いすぎるんだ……この世界は太陽の光と魔力を込めれば作物が育つ……めちゃくちゃな世界だろ? 理屈が同じわけがない……」
Y夫は一瞬呆気にとられるが、「そこじゃないんだ」という顔になる。
「くっそぉ、印刷とかの知識ならあったのに!」
「……それも既に先人の転生者がやったんだろうね。そもそも印刷は教会が認めたものしか出来ないしね……この世界だと」
「禁止が多すぎるんだよ。リバーシだって没収されるし、麻雀も、トランプだって!」
「全部賭け事に使われるからゲームは禁止なんだよね。祭りの時だけだよね。許されるのって」
Z太郎は諦めた目をしていないY夫を見てため息をつく。
「僕は……次死んだら、魂の浄化を願うよ。辛すぎだよ。この世界。カルマ、徳を積まないとこの世界から抜けれないみたいだしね……」
「……え? そんな話は……俺は……俺は……どうすれば……」
「知らなかったのか? ……説明を受けただろ? まぁ、あれか……とりあえず戦争行って……頑張って生き抜くしかないかな」
「お、おい、逃げようぜ!」
「……無理だよ。「スキル」と「加護」を持ったハンターたちからはとてもじゃないけど逃げられないよ」
「……くっそ……「経験値倍化」が役に立てば……」
「君も持ってるんだね……普通に訓練に参加すれば良い兵士になれたのに」
「え?」
「「基本スキルセット」を取得して、残ったポイントを使ってそれなりのスキルに割り振れれば、こちらの世界の人よりもかなり優位に立てただろ?」
「え? ポイントが足りないんじゃ?」
「……え? たった50ポイントだっただろ? ものすごい格安なのに計算したら250ポイント分のスキルの詰め合わせだっただろ? 神様たちもお勧めって言ってたし。と言うより日本人だったら取らないと生きていけないくらいだったんだろうな……」
「……なんだって?」
Z太郎の横にいた彼の同村らしき人間が、怪訝な顔をしながら話しに入ってくる。
「なぁ、隊長、さっきから何語で喋ってんだ?」
「ん、ちょっとした思い出話しだよ」
「……隊長お人好しだからな……そんなやつほっとけよ。さ、こっちへ」
Z太郎の手を取り兵士仲間が邪険な顔をする。まるで悪い虫つかない様なそぶりで移動させると、Y太から隔離するように割って座り、人の壁となりブロックが入る。
「……そいつ、変人で有名なやつだよな。格好見てみろよ。人数合わせのやつと話しても得にならないぞ?」
「まぁ、元同郷のよしみってやつだよ……」
「隣村も同郷なんて……慈悲深すぎだろ隊長」
Y夫はZ太郎の身なりを改めて見てみると、しっかりとした武装を身にまとい、いっぱしの兵卒といった感じの装いだった。
それからはZ太郎は仲間の兵士達との会話に入っていった。しばらくすると馬車が村はずれの集合場所へとたどり着く。
「ああ、ここからはお別れみたいだな。生きていればまたどこかで」
Z太郎はY夫に軽い握手をして馬車から降りていく。
「さぁ、みんなやってやろう! 僕についてくれば勝利を約束しよう!」
「おお、隊長! 行こうぜ!」
「成りあがってやる!!」
「ゲコクジョー! ゲコクジョー!!」
Z太郎達は馬車から降りると、彼を熱狂的に支持する兵士達に囲まれ、立派な身なりをした騎士や兵士達が集まる野営の方へと移動を開始していった。
Y夫も馬車から降りようとするが見張りに制止され奥に押し込められてしまう。
「お前達はこっちだ」
Y夫は野営のさらに外れの方に連れていかれる。
馬車から降ろされる時に鉄製の首にわっかの様なものを付けられる。
「これは「認識タグ」なるものだ。逃げようと思うな。魔法がかけられているから直ぐに追っ手がかかるからな!」
Y夫は周囲を見回すと、彼と同じような粗末な服と槍だけを持った寄せ集めの雑兵が集まっていた。
彼は認識タグとやらを外そうとするが、鉄製のワイヤーになっていてどうにも取れそうになかった。
Y夫はスキルポイントの話を丁寧に説明してくれなかった「神」を激しく恨んだ。
§ § § §
新人プランナーが困った顔をしながら主任に書類を渡す。
「……例の「だーくふぁんたじー」の世界の担当からクレーム来てますよ」
「へ? えっと……どの案件かしら……「だーくふぁんたじー」の世界の数が多すぎて……結構な量を送ったわよね?」
「ええ、希望してくれる人が何故か多いですものね。要約すると……魂の質が低すぎてこちらの世界が一向に良くならない。魂の交換レートの変更を……って百対一って……以前の五倍?」
「……ええ??」
「なんでも、特典を取らずにズルしようとしてすぐに死ぬ輩か、穀潰しになる人間ばかりでトレードの意味がない……と……さすがにこの世界での「スキル」が低い引きこもりニート系は送らない方がいいんじゃないですかね?」
「うーん、でもこちらの世界で死んで転生しても、なぜか結局引きこもりニートになっちゃうのよねぇ……せめてあちらの世界で魂を鍛えられればって思ったけど……上手くいかないもんねぇ」
「ですねぇ、かといってあの世界の説明を理解して、しっかりと聞いてくる人ってもっといい世界行っちゃうんですよねぇ……」
「はぁ、仕方がない……そのレートで飲むか……こちらの世界の安定のために」
「はい、わかりました」
主任は呆れながらもレート変更の書類にサインをした。
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