王家の嫌がらせで追放された極悪令嬢と婚約。後に職人夫婦と呼ばれる領主が誕生するまで
スパ郎
第1話 悪名高いあの女が来るらしい
父に頭を下げられて謝罪されたのはこれが初めてである。
「すまん! お前の婚約者が変わってしまった。王家から圧力が強くて……」
「父上様、頭をお上げ下さい。尊敬する父にそんな態度を取られては、私も困ります。それに、こういう政治的なことは仕方ありません」
実際、貴族の婚姻というものは政治に使われることが多い。元の婚約者には悪いが、彼女とも政治的な理由で結びついただけのこと。誠意を持って賠償と謝罪をすれば事が収まるはずだ。
「いや、やはり謝らなくてはならないのだ。お前の婚約者は、かの有名な『毒美令嬢』なのだから」
「げっ」
これには悶絶。
父や長年我が家に仕えて来た者たちの前だったにも関わらず、私は大きく狼狽してしまった。
『毒美令嬢』
噂には聞いていたが、実際に婚約者となる相手なので、父から衝撃の知らせを受けた後に改めて下調べをした。部下の者に王都を駆け巡らせた。信頼できる情報筋なので、ほぼ間違いはない。
結果から言うと、この辺境の領地まで噂が流れてくるほどの彼女の悪名は、そのほとんどが事実であった。
実家の財産を浪費し、使用人には虐待を。街に出れば子供や動物に暴力をふるうなんてのも日常茶飯事であり、夜会に出ればまるで別人かのように殿方に色目を使う。
見た目だけは美しく、実家もそれなりの家格があるためかなりモテるらしいのだが、彼女の真実の姿を知ればどの男性も家宝を置き去りにしてまで全力で逃げ出すらしい。
頭を抱えずにはいられない。
そんな悪名高い御令嬢が我が家に嫁いでくるのだ。これは王家の嫌がらせで、既に決まってしまったことである。
「はあ」
頭が痛い。
王家は我がフェーヴル家を妬んでいる。
辺境を守る我が家は国にとって要所であり、大事な一貴族であるのにもかかわらず、近年の目覚ましい発展により嫉妬を招く事態となってしまった。
領民は日に日に増え、経済発展が目覚ましいので豊かな生活を送れている。当然その恩恵は我が伯爵家にも還元される。父曰く、生まれてきて45年、今が一番財政が潤っているらしい。
そのため、王都への貢ぎ物も税金も年々増やされている。
王都は不景気だと聞くからな。もう10年以上暗い話題ばかりだと商人たちから聞いている。
我が領地を妬んだ王家は、よりにもよって『毒美令嬢』を送り込んできた。彼女は王都で名を汚し、いろんな人の恨みを買っている。もう王都に居場所がない程らしい。噂では王太子と恋仲にあるとも聞いたが、どうやらそちらはデマだったのか?
「くそう。好き勝手にはさせんぞ」
先祖代々守ってきた土地だ。
外敵からだけではない。
災害もあり、食糧難に耐えた年もあった。近隣の領地とのトラブルもあった。
それでも父上をはじめ、お爺様もその身を粉にして領地に貢献してきた。私の代で、悪妻によって食いつぶされてたまるか。
自分の妻だろうと関係ない。私は腹をくくった。
「毒美令嬢。うまい話を期待しているかもしれないが、ここはお前にとって地獄になるかもな」
身内だろうと、領地や領民に迷惑をかけるようであれば容赦はしない。王家から送られてきた身だ。ないがしろには出来ないが、甘やかしもしない。
今は夏の温かい気候に包まれているが、いずれは厳しい冬がやってくる。そうやって我が領地は循環してく。
王都の暮らし安い土地とは違う。このフェーヴル伯爵家では人々が頭を使い、生活の知恵を蓄えて数百年間生きて来た。
そんな土地だ。普通に考えれば経済発展するはずもない。
けれど、祖父や父が身を粉にして基盤を作ってくる姿になんとか報いたいと思い、10年程前に私が新しい産業を生み出した。
『魔石加工業』である。
これまでは、魔石は採掘されたり、魔物から採れたものをそのまま使用していた。我が領地でも活用される魔石は、王都や発展している領地と比べて採れる数が少ない。
けれど、魔石から生み出されるエネルギーは欲しい。
なんとかならないかと試行錯誤し、加工することによって魔石の力を高められないかと試みたのが始まり。
領民たちの助けもあり、この魔石加工業は軌道に乗り、今や国内だけでなく、国外からも我が領地の加工魔石を求める商人で溢れている。
そういう訳で、私の元には10年前はいっつも届いていなかった婚約の嘆願書が山のように届く事態となった。
貴族にとっての結婚は政治であり商売でもある。
私を安売りはできないが、それでも数があまりにも多すぎて圧力をかけてくる大物貴族までいた。
それを嘆いた父が、策を打つ。
私は女性をいたぶる趣味があるという噂だ。そしてその容姿は醜く、毎日性欲と食欲、そして酒におぼれているらしい。
おおっ、父上。盛りすぎでは?
けれども、父も馬鹿ではない。
こんな悪い噂を流した途端、山のように届いていた婚約願いがピタッと止まった。
そんな中でも私と結婚したいと願う家があり、その家は古くからの付き合いがあった。何度も我が領地を助けて下さった恩ある家でもある。何度も足しげく我が家へと脚を運び、私と面会したいと願う健気な態度であった。
10回目にしてようやく面会の願いが通り、噂は嘘であったと確認できたため、彼女の父は娘と私の婚約を改めて切に願う。
そうした長いやり取りがあって、私は婚約者を得たというのに……。
それが王家の一声で無に帰した。
そして、我が家にやってくることになったのは『毒美令嬢』である。
彼女がやってきたのは、暖かい夏の終わりごろだった。
秋が近くなり始め、日が沈むのも早くなった頃、護衛もついていない質素な馬車に揺られて一人の女性がやってきた。
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