明かりに焦がれ

とつきといろ

*プロローグ*





猛暑日、と形容される日。

今日もこの国は笑顔を無差別にばら蒔いている。

今日もこの国は差別が絶えない。


国で一番栄えている街を少し降りれば、一面の花畑と、小さな木が一本だけ生っている。私はその木の陰に長いこと居る。

ここにいると、街の外れで話す人々の声は聞き取れる。

基本的には『今日は良い魚が採れた』だとか、『お宅の旦那が浮気している』だとか、下らない内容ばかりだ。


時たま半人教徒と呼ばれる"天使"を信じる集団が、天使の伝承を事細かに人々に説明している声も聞こえる。

彼らが言うに、天使は純白の羽を持ち、慈愛の心を持つのだそう…俗に言うテンプレ的?で、不思議だった。


空気を煮てったようなこの猛暑のせいか、外に出る者は少ない。街を見ると、いつものがやがやさ、賑やかさ?が感じられなかった。いつも人々が話をしている外れの休憩所も同じく、いつもの賑やかさが嘘みたいだった。


何となく、遠くを眺めてみる。

花畑の奥には、針葉樹の森がある。貴族階級の者が住んでいるだろう館の屋根が、森から顔を覗かせる。彼処に住んでいる人を見たことが無い。


それにしても、今日はずっと暇だ。日記でも書こうか。確か足元に合った筈。

足元の方に手を伸ばすと、すぐに日記帳を手にする事が出来た。

ページに挟んでいたペンを取り出し、日にちを書き込む。


8月の1日…今日は私の誕生日だったようだ。私は今日で9つになった。誰も祝いはしないけれど。


別に良い。私は気にしない。独りで生きているのにも、もう慣れた。私はこれからも独りで良い。


柔らかい風の音が聞こえる。風が花の香りを、私の鼻にまで運んだ。甘い香りがした。


…そういえば、いつから私は独りだったのだろうか?思い出せない。


森の方から野花を掻き分ける音が聞こえた。野うさぎだろうか。それにしても音が大きい。


段々と音が私の方に迫ってくる。音と人影の大きさが、明らかに野うさぎでは無いのが分かる。人?こんな日に?あんな場所から?


だんだんと迫っているモノの姿が見えた。

…長い黒髪の少女だった。青?緑?のワンピースを着ている。

背丈は…恐らく私より少し小さい。


彼女が私の目の前にまで来た。彼女は不思議そうな顔をしている。


「あれ?てっきり野うさぎかと思ったんだけど…女の子?」


私と全く同じ反応をしているその子は、微笑みながらそう言った。





*******





「へぇ…ずっと前から…何か事情があるの?」


私の隣に座る黒髪の彼女は"明梨"と言い、なんと先程見ていた館の子供らしい。彼女は明るくも優しげな声で、私に聞いた。


「ええ、初めましての人には言えないけど…」


私は彼女の質問を、静かに返した。彼女は不思議そうな、感慨深いとでも言うのだろうか?ともかくそのような顔をしている。


「そっかぁ…」


彼女は感慨深そうな声で言った。特にもう話す事は無いので、私は日記の続きを書く。"今日は私の誕生日で…"この続きが思い付かない。いっそのこと彼女の事でも書けば良いのか、それとも天気の事でも書こうか…。


「貴方、今日が誕生日なの?」


彼女は日記を見るなりそう言った。

私は、この国での教育を受けたら読めない筈の他国の言語を使った。彼女は異国の者なのだろうか?そういえば”明梨”と言う名も異国で良く付けられる響きだ。


「…そうよ。」


考えたせいで反応が遅れてしまった。それに声も小さかったかもしれない。彼女は依然と笑ったまま…気になっていないのなら良いのだけど。


「おめでとう!…えっと、いくつになったの?」


「…9つ。」 


「わ、なら私と同い年だ!」


彼女も私と同じように、会話に困っているようだ。話題を作るのに必死なのだろう、自分からここに来たから、この沈黙に乗じて帰れば私が『突然来て急に帰った変な子』とでも思うと思っているのだろうか。


「えっと…あっと…あ、貴方の名前って何?」


「名前…?」


困り気な笑顔のまま、彼女はそう聞いた。

普通ならすぐ答えられる物の筈なのに、何故か思い出せない。名前を呼ばれないのが常だったせいで、自分の名前を忘れてしまった。


「…ごめんなさい、覚えてないの。」


答えると、彼女は驚いたような顔をした。このまま悪い雰囲気にしたくない、せっかく人と話す機会を作れたのだから。


「じゃあ、貴方が私に名前を付けてくれない?…貴方とは、長い付き合いになりそうだから。」


彼女は少し目を見開いて、その後すぐ笑った。

くすぐったそうな笑い、無邪気な表情。

何故彼女は笑っているんだろう。


「ぁ…何か変なこと言った?」


彼女は深呼吸をして、答える。


「だって可笑しくない?初めましての人に命名してくださいって、普通しないよ?」


笑いながら話す彼女を横目に、なるほど、と私は思う。まだ人との丁度良い距離感が掴めない、普通はこんなこと言わない、覚え無いとな。


「それにあなた、私と同い年の筈なのに大人みたいで…不思議だなぁ、って。」


私は彼女を見た時『幼稚だ』と感じた。彼女もまた私を同じように大人のようだと感じている…?


なんだか不思議な気持ちになって、空を見上げてみる。からっとした真っ青な空だった。まだまだこの猛暑は続きそうだ。


「…名前の事なんだけどさ」


彼女に話しかけられる。黙って聞いてみる。


「”在華”、なんてどう?私の名前の字をちょっと入れ換えただけだけど…なんとなく、貴女に合ってる気がするの。」


「ありか…良い名前、だと思う。」


私には似合わない程、素敵な名前。彼女が……"あかり"が付けてくれた名前。


「じゃあ決まりね?」


あかりは笑う。太陽みたいな笑顔で私を見る。眩しい。

お返しするように、私も少し笑ってみせた。


少しだけ沈黙が続く。でも、さっきより居づらくは無い気がする。あかりもきっと同じ気持ちだろう。


町の方から、鐘の音が鳴った。今日で2回目、昼の時間を伝える鐘の音だ。

音を聞くなり、彼女は立ち上がる。時間なのだろう。


「…あ、ねぇねぇ!また此処に来ても良い?」


「え……ええ。もちろん、また来て。」


一言交わすと、彼女は立ち上がって、館の方へと走っていった。


不思議な子だった。けれど、嫌な感じはしない。友達になってくれるだろうか。


木の陰から太陽を見る。

あの子と同じ、明るくて眩しい、触れられない輝きを纏っていた。





―――――――――――



目を開けると、ベッドの上。私の寝相の悪さ故か、それとも窓を開けたままにしていたせいか、かけていた筈の毛布はくしゃくしゃになっていた。

…長い事寝ていたようだった。


窓の外を見る。ビルが無数に聳え立っている…あの日のあの場所とは全く違う。


『明るかった……か』


また1つ夢を見た。あの子がくれた、あの子の記憶。


『…"在華"なら、そう言うよね。』


独りよがりな言葉が1つ、宙に浮く。


あの時も全て見透かされていたのだろうか。愛らしいと感じていたのだろうか。

あの名前を、気に入ってくれていたのだろうか。


また、話したい。また会いたい。


あの日の彼女と同じように、窓から日を見た。

仄かにただ淡々と、眩い明かりを放っていた。


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