第10話
「夕君、ほんとに大丈夫?」
叫ぶのをやめて焼き切られた腕を抱えるように呻くナナフシからは目を逸らさずに話しかけると、一拍置いて返事が返ってきた。
「大丈夫です。ちょっとぼーっとしてました」
その答えに、つい吹き出してしまった。
「あはははっ!始めて会った時もそうだったけど、よくこのタイミングでぼーっとできるね夕君」
どこか不思議な雰囲気の子だとは思っていたけど、ここまでとは...。ますます気に入ってしまいそうだ。
「いや、まぁなんというか...すいません」
「ううん、いいよいいよ。おかげでちょっと気持ちが楽になった」
緩んだままの顔を戻しつつ、炎を纏っている拳を前に構え一歩足を踏み出してナナフシに近づく。アドレナリンが出ているおかげか、まだ意識は朦朧としつつも息切れはましになってきた。
「夕君はもう一度魔法陣の中に入ってて、そこならあいつは夕君に干渉できないから」
「でも...熾条さんは...」
また何か自分にできることはないかと言い出しそうな顔である。この数週間、ずっと自分のせいで人が死んでしまったと自責の念に苛まれて過ごしてきたのだろう。私と会うのが少しでも遅れたら今にも身投げでもしそうな顔をしていた彼は、それでも何か自分にできることを探そうとしていたに違いない。
「大丈夫。夕君は私がカッコよくあいつを倒すところ見てて」
笑って言い聞かせると、夕君は一つ頷いた後に魔法陣の中に入って先程と同じように目と耳を塞いで止まった。
「さて、どうしたもんかなぁ」
改めてナナフシと相対してみて思考を巡らせる。ナナフシの全長はざっと見て七メートルといったところだが、正直なところ想定していたものより二倍はデカい。自分の体調からも鑑みると私の魂も半分は吸い取って成長していると考えていいだろう。今を逃せば、もう倒すことは困難になる可能性が高いが長期戦は自分の体がもたない。
「二発...打てて三発が限界かな。それで倒せなかったら大人しく死ぬしかないね」
さっき夕君を助けるために放った炎は、今目の前にいるナナフシと同じ理外の力。理外種と呼ばれるこいつらにはこちらも同じく理外の力で対抗しなければならない。
時間が経つごとに力が体から抜けていくのを感じながらも意を決してナナフシに向かって駆け出す。さっきの攻撃で私を危険分子と判断したらしいナナフシは、すぐさま手を伸ばして私を捉えにくる。
一本目の手を右に避け二本目はスピードを上げて緩急で狙いを外すと、すぐさま三本目の手が眼前に迫ってきた。
「はあ!」
避けきれないと判断しナナフシと手を合わせるように左手を前に出して一発目の火炎を放つと、左手に纏っていた炎が消える。
「アアアァアアーーー!!」
手の正面から炎を受けて肘のあたりまでが燃え、再びナナフシが耳を
(もらった!)
振りかぶった右腕を目の前に広がる肉を固めたようなナナフシの胴体に向けて振り抜こうとした時だった。脇腹に衝撃を感じ、放った炎と共に視界が急激に横に流れていくのが見えた。直後、地面に叩きつけられて全身に痛みが走る。
(まずった。完全に捉えたと思ったのに...)
体に衝撃が走る直前、ナナフシの胴体が回転したのはかろうじて見えた。おそらくだが、他の腕では私に触れるのが間に合わないと判断して体を捻って肘まで吹き飛んだ腕を叩きつけてきたのだろう。
(しかし、腕当てられただけで肋骨を持っていかれるとは...。これだからデカブツの相手は嫌いなんだよねぇ...)
至る所が軋んで痛む体を動かしてなんとか膝をついて起きあがろうとするも、まだ思うように体が動かない。
「ギイイィイイィーーーー!!」
今までの中で一際大きいナナフシの叫び声で空気が震える中顔を上げると、ナナフシの大きな口が目の前で涎を垂らしてこちらを見ていた。目はないはずなのにこちらを品定めでもするように見える口を開きながらゆっくりとこちらに近付けてくる。
「こっちだ!」
熾条が死を直感した時、静寂を切り裂いて大きな声が響き、ナナフシの口の横あたりにべチャリと音を立てて何かがぶつかった。
「夕君...」
声のした方を見ると、片方の足が靴下だけになっている夕君がナナフシを睨みつけるように立っていた。
「食うならまず僕から食ってみろ!」
日下部の決死の行動虚しく、ナナフシは彼を一瞥するだけですぐさま熾条の方に振り返りふたたび口を開いた。
「クソッ!」
自分のことなど相手にする価値も無いというナナフシの行動に絶望し、日下部がナナフシに向かって駆け出そうとした時、
「よく言った。少し、見直したぞ」
すぐ後ろから声が聞こえ肩を掴まれたと思うと、三発の破裂音が鳴り響き熾条に近付いていたナナフシの口の近くの体から血が飛び散り、ナナフシは体を波打ちながら怯んだ。
「このヘルハウンド梗花様が来たからにはこいつは地獄行き確定だ!」
銃を構えて決め台詞を放つ柳の声を合図に、すぐさま熾条が動く。
「サンキューワンちゃん!」
熾条は満身創痍の体を無理矢理動かしてナナフシの口に自ら腕を突っ込んだ。その光景を見ていた日下部には、その時の彼女が笑っているように見えた。
次の瞬間、ナナフシの体は中から膨れ上がり爆炎と共に粉々に弾けた。辺りを肉の焼けた匂いとナナフシだった肉片が染めた。
「あたしの見せ場が!?」
校舎の屋上に柳の気の抜けるような声が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます