第9話

 

 呪いを解くにあたって、熾条さんから呪いについて詳しく教えてもらった。

 熾条さんが今まで言っていた呪いだとか超能力だとかの胡散臭い話は、元を辿れば一つの存在に辿り着くというらしい。


 それは、理外種と呼ばれる存在達。


 この世の理から外れた存在。そいつらは、人の前に姿を現すことはほとんどない。が、その稀に理外種と接触したものには、世間で言うところの超能力や呪いといった現象が発現するということ。


 今回の事件は、僕も知らないどこかで理外種から接触を受け、そのせいで僕と話してなんらかの好印象を得た人間が死ぬという呪いを受けたことが原因だった。





「こんなところ...かな」


 旧校舎の屋上、そこは四辺を金網で囲まれているだけの何もない空間。そのど真ん中に僕を立たせ、僕を囲むように見たこともない文字をびっしりと書き込んだ半径二メートルほどの魔法陣のようなものを書いた熾条さんは、すでに息が上がっているの中、わざとらしく一仕事終えたようにふっと息を吐いた。


「これ、なんですか?」


 熾条さんに何かできることはないかと聞いた後、言われるがまま屋上に向かい、一つ目のお願い通り屋上の真ん中あたりに立って動かないようにと言われていたので黙っていたが、一段落ついたようなので聞いてみる。


「これは...夕君を守るための...結界みたいなものだよ。私がいいと言うまで...ここから出ないこと」


 顔こそにこりと笑って話してはいるが、熾条さんの息遣いは教室にいた時よりも目に見えて荒くなっている。


「じゃあ...今から呪いを解くけど、その間...目を閉じて...耳を塞いでいてね。全部終わったら肩を叩くから」


 言われた通り、眉間に皺が寄るほどキュッと目を閉じ、耳を包み込むように手で蓋をする。


 数秒の間が開いてから、耳を塞いでいるせいで何を言っているのかまでは分からないが、熾条さんが呟いているような音が聞こえた。それと同時に体の周りをふわりと温かい風が吹いたように感じた。どこか懐かしさを感じる安心できるような心地よさに包み込まれる。呪いを解くというのがどんなものか想像もつかなかったので、もしかしたら何かしらの痛みを伴ったりするのだろうかと予想していたのだが、どうやら杞憂だったらしい。


 そのおかげか、眉間に入っていた余計な力も抜け、特に理由も無く止めていた息も口からこぼれた。


「メヲアケロ」


 そのが聞こえたのは一瞬の安堵を感じた時だった。


「コエヲキケ」


 声はまるで耳元にいるかのように近くで聞こえてきたので寒気を感じて一歩後ずさってしまう。


「聞くな夕君!無視しなさい!」


 瞳を閉じた闇の中で、謎の声と共にいつの間にか呟いていた言葉を止めた熾条さんの声も聞こえてきた。


 その直後、何か大きなものが地面にぶつかる音と震動を感じた。


(な、なんだ今の!?)


 あまりの大きい音と揺れに耳を押さえていた手が離れ体勢を崩してしまう。なんとか倒れないようにもう一歩後ろに足を引いてバランスを取る。


 しかし、さっきの一歩と今の一歩で熾条さんが描いた魔法陣から出てしまったのではないかと気付いた。ほんの一瞬だけでも目を開いて自分の位置を確認したい。後になって気付いたが、そんな気持ちを持ってしまったことこそ自体が間違いだった。


 顔を下げて目をそっと開けると、ほんの半歩分だけ魔法陣を出てしまっているのが確認できた。


「コチラヲミロ!」

 

 そんな一瞬の出来事だった、声と共に膝から下を何かにすっぽりと包み込まれた。よく見ると、それは異常なほど大きくそれでいて痩せ細った人の手のようだった。そんな異常事態に驚き、その腕がどこから伸びてきているのか確認しようとすると、どうやら腕は僕の頭上から下りてきているらしかった。


 ゆっくりと上を見上げると、そこにはいた。


 長さ三メートルはありそうな長い円柱の形をしてモゾモゾと蠢いている肉塊のようなものから異常なほど長い人間の腕が六本生えている。こちらを向いている円柱部分の天辺をよく見ると中は見えないが人間の歯が並んでいる口が大きく開いていた。その姿はまるで異形のナナフシのようだった。


 あまりに現実離れした光景を目の当たりにし自分が正気を失ってしまったのではないかと思ったが、ナナフシに掴まれていた足を引っ張り上げられる力を感じ、現実なのだと嫌でも認識させられた。


(あ...死...)


「ゴァグギャーーーーー!!」


 凄まじい速さで流れていく景色を見て死を確信した時、残像しか見えない景色の中、視界の端で何か大きな赤い光が迸ったのを捉え足をがっしりと掴まれていた感覚が緩くなり、ナナフシの悍ましい叫び声が聞こえ、ふわりと中空に投げ出された。


 重力によってこれから落ちる前に空中で静止した一瞬、赤い光の正体は熾条さんの手から放たれた炎によるものだったと気付いた。その炎は教室で見せてくれた火の玉のような小さいものではなく、僕の足を掴んでいたナナフシの腕を切断してしまうほどの火勢と大きさで爆弾でも投げたのかと思った。


「...ぐっ!?」


 その光景を見ながら数秒間無重力状態だったように感じた一瞬の後、地球の物理法則に従って背中から地面に叩きつけられた。


「夕君、大丈夫!?」


「な、なんとか...」


 肺から空気が出ていくばかりで息が吸えない中なんとか返事はするも足に力が入らず立ち上がれない。顔だけ上を向いてナナフシを見ると、六本あった腕の一つが肘の辺りから先が無くなり僕のすぐ目の前に落ちていた。


 熾条さんはというと、いつの間にか後ろで髪を束ねており、両手からは煌々と燃える炎が立ち上っている。その炎は前に見たふわふわと宙に浮く火の玉と違い、熾条さんの両手を包み込むように燃えている。熾条さんはなんともない顔をしているが熱くないんだろうか?


「熾条さん、色々聞きたいことはあるんですけど、このナナフシはなんなんですか?」


「ナナフシって?」


「あ、形がナナフシに似てるなって思ったんでつい...」


「ふふ、いいねナナフシ。気に入った。こいつは今からナナフシと呼ぼうか」


「それで、こいつは一体なんなんですか?」


「常人がこんなの見たら発狂しちゃうかもしれないから見せないつもりだったんだけど、見ちゃったもんはしょうがないね...」


 やっと息が吸えるようになってきたので熾条さんに聞いてみると、彼女はナナフシから目は逸らさずに答える。


「こいつが夕君に呪いをかけた元凶。さっき話した理外種と呼ばれる存在だよ」

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