原種族様のお通りです

「……すいません、冒険者さんは験を担ぐっていうのに」

「いや、いいんだ、気にしないで」

「で、でも……すいません」


 たしかに、レラのいう通りだ。


 死と隣合わせの仕事である冒険者は験を担ぐ。


 そんな冒険者に、こないだまであなたと同じ名前の冒険者がいて、そいつは死んだよ。なんて言おうもんなら、男であれば喧嘩、レラの立場なら気のいい新規客を失いかねない失言だ。


 しかし、俺は生きている。


 しかも、身元を偽っている。


 なんだか、逆に申し訳がない。


「いや、ほんとに気にしないでくれよ、実は、ちょっとギルドに報告することがあってさ」

「報告……ですか」

「うん、報告。言えないんだけどね」

「そうですよね」

 

 ここで、ヴォーチェが呑気な口調で口を挟んだ。


「言っちゃだめなんですか?」


 見れば口の周りが蝦のカスだらけである。


「お前なぁもっときれいに食えよ」

「いやぁ、食事するの自体はじめてな……ブフッ!」


 俺は慌ててヴォーチェの頭を叩く。


 そんな俺の行為に、ヴォーチェは「なんですか!」といった風情で睨みつけてきたのだが、途中でハッと気づいてすごすごと頭を下げた。


 そう、その見た目で、はじめての食事は、アウトだ。


「だ、だいじょうぶですか?」

「は、はは、平気平気、じゃ、まあ、そろそろ行こうか」


 2000年間地下にこもっていた究極箱入り娘……いや、最強引きこもり娘なヴォーチェが馬鹿なことを言い出さないうちに、さっさとお暇したほうが良さそうだ。


 俺は、そう言うとテーブルの上に赤い魔石をおいた。


「これでOK?」


 それを見てレラは目を白黒する。


「ちょ、多すぎますよ!!」


 ま、そうだよな。


 と、思いつつも、俺としてはこれでどうにかしてもらわないと困る。


 というのも、俺はこれ以外に金を持っていないのだ。


「すまん金ないんだ、魔石で頼むよ」

「い、いや、でも……」


 実は、小貿易都市エギルに限らず、この国では普通に魔石が通貨として機能している。


 本来は、鉄貨、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨、紅玉聖貨という通貨も存在するのだが、はっきり言って流通量が少ない。


 そこで、呆れるほど存在する魔石を通貨としてつかっているのだが。


 この魔石、飯の対価としてはかなりやばい。


「だってこれ、豚でもゴブでもないでしょ?!」


 いや、まあ、そういうリアクションになるよね。


 ちなみに豚だのゴブだのというのが、いわゆる魔石の種類。


 豚というのは薄い青色をしたオークの魔石で正式にはオーク石貨、別名豚石。ゴブはくすんだ緑色をしたゴブリンの魔石で正式名称はゴブ石貨、別名はクズ石。


 どちらも指の先ほどの小さな石。


 で、これが、この国で一般に流通する魔石の通貨になっている。


 そんな中、いま俺が出したのは、大きさこそ親指の先くらいのもので、まあ普通だ。


 しかし、色は非常に濃い赤色でありながら透明で澄み切っている。


 それは、言うまでもなく、あの、ケイブワームの魔石だ。


「ああ、ごめんねそれしか持ち合わせがないから」

「これしかって……」


 うーん、疑われてるな、これ。


 しかし、本当にそれしかないんだよな……って、そうだ。


「ここ宿ついてたよね?」

「え、あ、はい」

「じゃぁ、一ヶ月分の食事と宿代でどう?」

「そ、それでも多すぎます!」

「そこをなんとか」

「もっと少なくなりませんか?」

「いや、ほんとに無理なんだ」


 おかしな光景だ。


 商人が値切り、客がふっかける。


「な、助けると思ってさ」

「え、あ、はい、うーん、その、ちょ、ちょっと店長に聞いてきます」


 そんな言葉をおいて、レラは店の奥に引っ込んだ。


「あれは高価なのですか」


 その後姿を見送って、ヴォーチェが不思議そうにたずねた。


「ああ、そうだな。小さな家一件くらいなら買えるぜ」

「ならば買ってはいかがですか」

「バカを言うな、飯ならまだしも、あんな高位の魔石で貴族の許可が必要な家なんか買ってみろ、悪目立ちしてそいつのおもちゃになるか、変に疑われて処刑対象だ」


 そう、それくらいにケイブワームの魔石の価値は高い。


 ちなみに、一般に魔石の価値は大きさと色に比例する。


 というのも、魔石を通過として使う理由は、その魔石は二次利用目的で流通するからでもあるのだ。なので、魔物の強さに比例する大きさはそこにこめられる魔素の多さの証であり、濃く透明度の高い色はその魔石に含まれている魔素の純度と質の証明になっているのだ。

 

 中でも、特に、ダンジョン産の魔石は純度が高いとされる。


 よって、洞窟にしか住まない上に一生洞窟を這いずり回っているケイブワームからは眼を見張るほどに赤が濃く、それでいて透明感を持った宝石のような魔石がとれるというわけだ。


 これは、森の魔物なら、エビルバイパーと言われるAランクの大蛇に匹敵する。


 出会ったら即逃げろという意味で、ラン蛇と呼ばれる災害級の魔物だ。


 見るからに弱そうな冒険者が、懐から飯代にひょいと取り出すようなものではない。 


 と、その時、聞き慣れた声が耳に入った。


「こんな綺麗で赤い魔石なんかはじめてみたよ」


 振り返ると、そこにはこの店の店長にしてレラの母、猫獣人のローラが立っていた。


 その姿、バインバインでありながらまろみを持ってゆとりのある、いわゆる包容力と母性を感じさせつつも妖艶さを兼ね備えた、ナイスな大人ボディだ。


 当然、額に血命石がハマっている。


「ああ、この前の取引でね……まあ貰いもんみたいなもんさ」

「ふぅん」


 俺はとっさに嘘をつく。


「取引ねぇ……」


 貿易都市の名物料理屋の店長ですら、見たことのないレア魔石。


 そんなものを、食事代でぽんと差し出す俺たちを怪しむように、ローラは俺とヴォーチェを交互に睨み、そして、クンとひとつ鼻を鳴らした。


 そして、驚愕に目を見開いて耳の毛を逆立てる。


「ま、まさか、そちらのおかたは……原種族様じゃないのかい!?」


 言われて気づく。


 ああ、たしかに、そうだよな。と。


「な、そ、そうなんだろ?」


 原種族とはこの世に現れた亜人の始祖。


 そして、それは、この世界の認識において神話の生き物に等しい尊崇の対象だ。


 しかし、すべてを知った今の俺にとってそれは、遠い昔、どこぞの島国のとても趣味の良い人たちが作った人造人形。


 つまり、無から作り出された獣人型キメラアーツのことだ。


 そうであれば、ヴォーチェは原種族の一人で、間違いない。


「わかるのか?」

「匂いが違うよ……まさか、ま生きていらっしゃったとは……」


 俺はヴォーチェを見る、と、直接、頭の中に声が響いた。


『わたしの身体の製造は2324年と134日前で、人型キメラアーツの製造的には最後期になりますが、繁殖帯ではなくオリジンです、つまり……』

『……って!!これなに?』

『脳情報通信システムです』

『きもちわるいな、突然やめろよ!』

『ああ、すいません、で、説明必要ですか?』

『あ、いや、うん、わからんがいい、使い方はわかった』

『それは良かったです。あ、あと、以上、様々なファクトから類推するに、このご婦人の言う原種というのは私であっていると思います』


 そうか、では。


「わかるよな、数千年生きている原種族様とそのお供だ……」

「ああ、いや、はい。承知しました」

「うむ、ただ、普通に接してくれ。その意味も……」

「ああ、わかった」


 ローラはそう言うと、静かに、そして深々と頭を下げる。


 そして、困惑する俺に目配せをすると「心配するんじゃないよ、これで最後さ」と言ってウインクをしてみせた。


「宿も食事も任しときな、獣人にとって最高の栄誉で、店にとっちゃ百年に一度の幸運だ、しっかりつとめさせてもらうよ」

「ああ、頼む」


 俺がそう言うと、ヴォーチェもゆっくり頭を下げる。


 そんなヴォーチェの姿に、ローラは目をうるませながらも、部屋に案内してくれた。


 そして、俺たちが案内された部屋に荷物を置きに入ったその直後、部屋の扉の向こうで「ええええ!!」というリラの叫びとローラの「馬鹿!」という声、そして乾いたスパーンッという小気味良い音が響いた。


 うん、リラには悪いことしちゃったな。


「大丈夫かな」

「どうでしょう」


 とりあえず、最高にうまい蝦も食ったことだし。


 なりゆきで、なんだか気のいい宿も確保できたし。


 ギルドに向かうとしましょうか。

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魔物はガチまずい。でも食わねば死ぬ男の話 ~ロストテクノロジーでなんとかファンタジーを食う~ @YasuMasasi

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