ああ、愛しの普通の食事!

 小貿易都市エギル。


 生前の俺が最後に立ち寄った街。


 そして同じく最後に立ち寄ったその街の食堂「銀の方舟亭」で、俺は一心不乱に飯を食っていた。いや、貪っていた。


 いや違う、味覚を求めて舌に擦り込んでいた。


「くぁぁ、うまい、うまいよ、ヴォーチェ」

「たしかにうまいです、ラック様」


 俺のことをラック様と呼ぶ狐の獣人、ヴォーチェ。


 言うまでもなく、あのだ。


 そして、その正体は、ジャージの上下とかいう旧世代のダッサイ服を着た、旧世代の人造人型キメラアーツでもある。


 ちなみに、そのジャージという衣装。


 伸縮性があるせいでピッタリと肌に張り付いている上に、尻に尻尾を出す穴を急遽こしらえた結果、えらくエロティックな感じになっている。


 ただ、それは、ダサさとエロさに目をつぶれば、動きやすい良い服……らしい。


 というわけで、もともとびっくりするくらい美しいヴォーチェの見た目と相まって。


 色んな意味でヴォーチェは目立っている。


 ま、うまいものを前に、そんなことはどうでもいいけどな。


「食べ物というのは、こういう感じなんですね」


 ちなみに、そんな衆目を集めるヴォーチェもまたハジメテの食事に夢中だ。


 今までは身体も存在しなかったのだから、当たり前といえば当たり前の話なのだが。気に入ったようで何よりだ。


 あ、さらにちなみに。


 なぜの名前がヴォーチェになったかとうと、どうやら、どこかの言葉でそのまま『声』という意味らしく、本人が自分でそう名付けた。


 そして、さらにさらにちなみに。


 ヴォーチェの身体は他の亜人と同じく、人間と同じ食べ物を食すだけでつかえる。


 それがセクメタル・ハウと人造キメラアーツの違いらしいのだけど「キメラアーツは汎用型の商品なんですから、めんどくさい機構はないですよ。人造機体の究極形を目指すという完全に設計思想の異なるセクメタル・ハウとは一緒にはできません」と、俺の「そっちが良かった!」という猛抗議のあとにすげなく言われた。


 残念の極みである。


 と、その時、後ろから声がした。 


「そんなに美味しそうに食べてくれると、嬉しいですね!」


 そう話しかけたのは、この店の看板娘のレラだ。


 くるくる変わる表情が可愛く、同じく、くるくるとよく動く瞳が魅力的で、赤毛でくるくるカールの髪がこれまたよく似合い、くるくるとよく働く……猫の獣人だ。


 客からの人気も、日に三度は告白を受けるレベルで高い。


「それうちの自慢の料理なんで!」


 そんなふうに笑うレラ、その額に血命石がハマっている。


 今までは、そういう種族だからという固定観念でこれと言って深く考えることはなかったが、人造であるはずのヴォーチェにも同じものがついていたことで認識が変わった。


 キメラアーツ、人造の命、繁殖で増え、命をつなぐことの出来る作られた命。


 血命石そんな魔物と獣人が、同じく遺伝とともに受け継ぐ形質。

 

 そう、それは、ヴォーチェいわく。


 魔石らしい。


 そして、そのお陰で獲得している高い魔力適正。


 おかげで、亜人は、それだけで普通の人間より強い。


 魔物が、人間よりも強いように。


「もう、あんまり見つめないでくださいよ」


 俺の無遠慮な視線に、そういって微笑むその顔は、無邪気で幼い。


 パッと見十代な感じだが年齢は二十歳と大人、体つきも大人。


 うむ、人気もやむなしだな。


 ただ、この娘も、魔物と同じ種類のもの。


 そう思うと、少し複雑な気分ではあった。


 しかし、そこは深い獣人愛を携える俺だ、何事もなかったかのように明るい笑顔を浮かべつつ、今ある皿をペロリと平らげると、愛想よく返事した。


「いやぁごっそさん、これ、ほんとにうまいなぁと思ってね」

「へっへぇ、さっきも言ったけど、自慢料理なんです」

「確かに、これは自慢したくなる」

「でも、季節によってお料理も違うんで、一年中楽しめますよ、うちは」


 しってるよ。


 と、口に出しそうになって、慌てて口に料理を放り込む。


 なにせ、死ぬ直前に食べた飯は、ここの飯だったからね。


「はじめてのお客さんには、常連になってもらいたいですから」


 ヴォーチェいわく、俺が死んでから今日でちょうど半年らしい。


 文字通り死んでいたので気づかなかったが、セクメタル・ハウとの適合にはそんなにも時間がかかっていたんだそうだ。


 つまり、前回、ここに立ち寄ったのは今から半年前。


「ああ、ここにいる間はお世話になるよ」

「ありがとうございます!」


 しかし、この体になる前、ずいぶん仲良くなっていたはずの彼女はいま、看板娘の役割を果たすべく、必死で売り込んでいる。


 彼女にとって、はじめての客に。


 それは、やはりどこか少し寂しくはあるのだが、仕方のないことでもある。


 というのも、俺はとある理由で、いまがっつりと変装しているのだ。


「ね、完全に別人でしょ」

「ああ、そうだな」


 耳元で小声でささやくヴォーチェの言う通り、その姿、もはやはっきりと別人。


 というのも、今の俺の身体セクメタル・ハウは、流石に形を変えることはできないものの、皮膚の色や髪の色、瞳の色を自由に変える機能が搭載されているのだ。


 しかも、髪に関して言えば、髪質も変わるし長さも一瞬で好きな長さになる。


「便利なセクメタル・ハウさんのおかげだ」


 ちなみに、こうなる前の俺。


 つまり、この体になる前の俺はもじゃもじゃの黒の癖っ毛に褐色の肌、黒い瞳だった。

 復活した直後もそうだ。


 しかし、旅立ちの時に肌をやや明るめの色にして髪の色を銀、髪型をまっすぐストレートの長髪にして、そして瞳を赤と青のオッドアイに変えたのだ。


 で、その姿で、ここまで数人知った顔に出会った。


 が、一人として俺に気づくものはいなかった。


 しかし、そんなことより。


「はい、次の料理できました!」


 まってました!!


「ああ、美味しい。ひっじょうううにうまい!」


 今はこの最高の美味を堪能数するときだ。


「やばい、うまい、しぬ。うましぬ」


 銀の方舟亭の飯がうまいのは知っていた、だからこそ、ここに来た。


 しかし、今の俺の味覚は、はっきり言ってその辺の屋台の何の肉だかわからない肉串を食ったとしても天上の美味と感じるだろうくらいには判定が甘々の甘ちゃんになってしまっている。


 理由は言うまでもなく、ケイブワームのせいだ。


 あのあとに食えば、道端の雑草だってうまい。


「もう、なんかそこまで言われると逆に心配になりますよ」

「そんな事ないって」

「へへ、で、この街にはなにしにいらしたんですか?ハッセ蝦の買付けですか?」


 小貿易都市エギルには名物が二つある。


 ひとつはレラの言うハッセ蝦。


 このエギルのあるアマデエ法国、その同盟国である神聖カリエル帝国の初代皇帝であるハッセ・ドマニ=カリエル帝。


 その名は、この世界においては絶大なる人気を誇る聖人の名だ。


 そして、そんな人気あるレジェンドがあまりの旨さに自ら名を与えたという、かなり眉唾ものの伝説の残っている蝦こそが、そのハッセ蝦なのだ。


 しかし、その実、そんな荒唐無稽な伝説を信じたくなるほどにうまい。


 さっきまで食べていた、麺料理の具もそうだった。


 そして、今、目の前にある小エビのフライもそれだが、もう、最高である。


 サクサクプリプリ、ジュワァで、キューッとエールを飲みたくなる。


 ハッセ蝦バンザイだ。


「ちがうんですか?」

「ああ、ごめん、で、どうして買付けだと」

「いや、ちょっと戦う人には見えなかったので」


 なるほどね、確かにつなぎとジャージの上下の二人組じゃ戦闘できそうには見えないか。


 しかし、俺の目的は、この都市のもう一つの名物の方だ。


「残念、行く先は冒険者ギルドさ」

「ああ、冒険者さんなんですね、えっと……」

「ラックだ」

「え?」

「どうした?」

「いや、知り合いにラックさんっていらっしゃったので……」


 覚えててくれたか、嬉しいもんだね。


 ただレラに一瞬浮かんだ暗い表情を見て、冒険者の多いこの街の現実を思って少し申し訳ない気持ちになった。


 冒険者が突然いなくなる、理由は、ほぼひとつだ。


 そう、そいつは普通、死んでいる。


 ま、間違っちゃいないな。


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