この世界の形

「とりあえず、元いた街を目指すか」


 俺は声の指示で突然床から出てきたコップの水を飲み干しつつ、口に残る悪魔の余韻と戦いながら今後の予定を口にした。


「で、新しい名前で冒険者稼業のやり直しってとこだが」


 それについては、少しワクワクしていた。


 まず、エネルギー事情に心配は無い。


 外の世界であっても、魔物を食うことでエネルギー充填できるなら、少なくとも不足を心配することなんかなにひとつない。


 この魔物だらけの世界、それは俺にとっては食い物だらけの世界なのだから。


「まずいのは味だけだ、と」


 しかも、今の俺はべらぼうに強い、不安なんかこれっぽちも感じないほどに。


 うまく行けば、伝説の冒険者にだってなれそうだ。 


 これで、ワクワクしないはずがない。


「よし、じゃ、いくわ」

「ですか、じゃぁちょっと支度してきます」

「おうよ……って、支度?」

「はい、わたしも身体がないと外に出れないので」

「はぁ?!」


 おい、、お前……。


「おまえもくるの?」

「ええ、セクメタル・ハウを与えた人物のフォローは創造主のプログラムの中でも最上位命令ですので、放置はしません」


 なるほど、アフターケアも万全というわけか。


 ただ、てことは、だ。


「……ってか、身体、あんの?」

「あ、そうですよね、もちろん、本来は身体はないですよ。ただ、ここの研究区の倉庫に、実験用として人型キメラアーツの試験機が眠ってますんで、セクメタル・ハウを使用した人間が外の出る際はそれを使うことになっています」

「へぇそうか……って、ひ、人型キメラアーツ?」


 おいおい、キメラアーツって魔物だろ?


 じゃぁ何か、俺は人間そっくりの魔物を連れ歩く事になるのか?


「き、キメラアーツで大丈夫なのか?」

「はい、前の世界では愛玩用から戦闘用、大人のホニャホニャ用まで存在した人型の人造生命体の素体ですから、超安全ですよ」


 そうか、なら大丈夫か……って、ん?


 人型キメラアーツが人型の人造生命体だと?

 

 じゃぁ、おい、ちょっとまて、キメラアーツって……。


 まさか!


「な、なぁキメラアーツってもしかして、人間が作ったのか?」

「ですね」

「お、おい!てことは、魔物は、人間が作ったってことか!」

「うーん、作ったというか開発したのは、ですね。元々はとある小国で開発された愛玩もしくは作業用人造生命体だったんですよ。極めて平和的で、そして便利な疑似生命体機械人形です」


 極めて平和的? だったら、たしかに、それは俺の知る魔物とは似て非なるものだ。


「それがなんで魔物に?」

「わかりませんか?新しい発明は、それが便利でつかえるものであるほど軍事転用されるものですよ。ね、この時代はそうじゃないんですか?」


 いや、間違っていない、たしかにそうだ。


 それは人間のさがでありそして、発展の原動力だ。


 て、ことは、つまり。


「魔物って、昔の人間が作った兵器なの……か……?」

「はい、まあそうなりますね」


 そうなりますねって、なにさらっと重大暴露してんだよ!


 ……って、でもそうか。


 だから魔物は魔力、つまり、かつての世界の主要燃料であるメテオダイトで動くってわけか。


 しかも、人間だけが魔力を直接利用できないのも、人間が特殊なのではなくて魔物が人の手によって作られたものだったと聞けば、納得できる。


 薪や油で動く人間がいないのと、同じ理屈だ。


 そして、そのほとんどが理性を持たず、闘争心と破壊衝動だけを強くもっているのも。


 人間を、当たり前のように襲うのも。


「兵器なら、うなずける。うなずけるけど……」


 俺は深い溜め息をついて首を左右に振った。


「ひでぇもん作りやがって、なんてエグい兵器だよ」

「ですね、もともとは人対人用の兵器だったんですが、AIが暴走して、キメラアーツがキメラアーツを作るようになって……」

「じゃぁ、まさか人魔大戦って!」

「人魔大戦?」

「何だ知らないのか?人魔大戦ってのはな……」


 俺が説明しようとした、その時、俺の背後の壁がブンッという音ともに消えた。


 なにがどうなっていきなり壁が消えるのか、俺にはさっぱりわからなかったが、どうやら壁の向こうにも部屋があるらしい。


 そこにあるのは、暗く広い空間の気配。


 そして、そんな空間には忽然と現れた。


 と、同時に、俺は息を呑む。


「お話中すいません。準備が整ったので。いかがですか、今の時代でも、問題ない形ですか?」

「え、ああ、いや……」

「だめですか?」

「いやそんなことはない、というか」


 それは、美しかった。


 なにも着ていない、その身体。


 年の頃は10代後半くらいか。控えめな双丘が緩やかにカーブを描くスラリとしたスレンダーな体。血管が浮いて見えそうな白い肌と低めの身長。長く艶やかな白銀の髪。


 で、。つまり女。


 やばい、魔物が人間に作られたなんて衝撃、吹き飛んだ。


「す……すごく、きれいだな」

「そうですか、安心しました」


 そう言って下げた頭には、大きな純白の耳。


 尻には、フッサフサのしっぽ。


 なにより、獣人、いや亜人の証である、額の赤い血命石。


 俺は、放心しながらも、心で小さな、それでいて強固なガッツポーズをする。


「白狐の獣人か……」

「はい、当時流行りだったケモミミ様式の汎用モデルを基本にしております、でも、お父様が作り上げた戦闘用ですので戦えますよ」


 く、獣人好きは昔からいたのか。


 そう、何を隠そうこの俺も筋金入りの獣人好き。


 この世の中には、人間好き、エルフ好き、ホビット好き、ドワーフ好きと多種多様な好み、性癖があるのだが、獣人好きはその中でもエルフ好きに次ぐ勢力を持つ一大派閥。


 そうか、獣人の魅力は時代を超えるか。


 やはり、この世の真理とは時代と関係ないものなのだ。


「うむ、やはり獣人は至高、人気もうなずける」

「そうですね、エルフ様式とケモミミ様式は顧客のニーズも高かったので比較的早い時代に開発されたって聞きました」

「くっ、エルフ派が宿敵なのも変わらんとは……古代人侮りがたし」

「なにせ、実際にはいない生物ですからね」 


 そうか、実際にいない生物であるにも関わらず獣人は人気なの、か……。


 ……って? ちょっとまて!


「実際には、いない?」

「はい、どちらも元々はおとぎ話や物語の中にしかいない生き物でしたからね」

「じゃ、じゃぁお前らの時代の人類って……」

「ええ、人間だけでしたよ」

「まじか」

「でも、この人形のキメラアーツは大人気で、かなり大量に生産されています」

「てことは……」


 亜人は、キメラアーツだってのか。


「エルフもドワーフも、キメラアーツなのか、魔物と同じ」

「ええ、というか、体を得た瞬間わたしもそうなったんですよ」

「あ、そうか……」


 すなわち、古代の何らかの技術によって作り上げられたメテオダイトを燃料として動く生き物は、人型のものが亜人でそうでないものが魔物。


 この世に無数に存在する人類の宿敵もキメラアーツ。


 この世の構成人種の半分を占める亜人種もキメラアーツ。


「なんとなく気づいていると思いますが、セクメタル・ハウも同じようなものです」

「そか、俺も半分魔物ってことか……こりゃはんぱねぇな」


 いやはや、まさか、エルフや獣人の存在そのものが人造だったとはね。


「しかし、架空の生き物を、そこまでいきいきと再現できるものかな」


 だってみろよ、この架空感を感じさせない、リアルな造形。


 メテオダイトのおかげで動いているとはいえ、実際には存在しないはずの架空のものを、ここまで自然で魅力的に、神ならぬ身で作れるものだろうか。


「そうですね、でも、できたんですよね。聞いた話によると、ですが、人型キメラアーツの愛玩用は、ある時、比較的科学文明の進んだ島国で作られはじめたと聞いています。なにやらその国ではエルフや獣人のようなファンタジー世界の生き物がが異常に人気で、その上そういう造形に優れている職人がなぜか大量にいたそうで……」

「素晴らしいな」


 古代の職人よ、良くやった。


 しかし、まあ、何だ、亜人種が魔物と同じものだというのはなんだか複雑な気もするが、とりあえず獣人を作らしめるに至ったはるか遠き昔の島国の同士よ、時を超えた愛好家仲間よ。


 いまこそ、心から言わせてくれ。


 ありがとう。


「まあそういうことで、えっと……名前いかがします?」

「そうだな、ラックで」

「承知しました、ラック様では、さっそく行きましょう」

「あ、ああ、そうだな」


 でも、その前に。


「服着てからにしろよ」


 これからともにゆく相棒だ、全裸で出歩かれちゃ、困るだろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る