なんだか生まれ変わったみたい。
「お目覚めですか」
声に呼ばれ、目が覚める。
暗い、しかし、意識はある。
ただ、目覚めたのか?という自問にクリアに答えるためには、どうにかして目を開けたいものだが……。
って、あれ?俺、まぶた開けてない?
「目、見えないんだが」
「あ、はい、意識が戻らないと調整ができませんので」
「調整?」
「はい、まずは意思疎通が重要と試算しまして、最初に聴覚、次に言語能力を回復させておりますが、不具合御座いますでしょうか」
「あ、うん、まあ大丈夫だ」
「そうですか、では調整を続けます」
不具合しかないんだが……という言葉を飲み込んで、俺は黙る。
しかし、誰なんだこの声、そしてどこなんだここは。
そして、俺はどうなっているんだ??
うーん。よくわからん。
たしか、いつも通りの気ままな探索がてらたどり着いた森の奥。
一夜の眠りにつこうと、冒険者にあるまじき無警戒のまま洞窟に入った結果。実は、その洞窟ができたてのダンジョンだった、テヘ。という手痛い不運に見舞われたはずだ。
うん、たしかそうだ。
必死で記憶をたどる。
気持ちのいい寝床を確保しようと歩き回って、で、罠っぽい落とし穴に落ちて、さらにそこから間違いなく罠そのものな転移陣を踏んで……。
……あ、やっぱ、俺、死んでるわ。
うん、覚えてるぞ。
たしか、ケイブワームの大群に生きながらにちょっとずつ溶かされて喰われ……おうふっ、いや、なんで思い出したんだ俺、最悪だ。
でも、たしかに死んだ、死んだはずなのだが……。
どうやら死んではいないようだ、な。
「そうか、死ななかったのか、俺」
「いえ、死んでましたよ」
「は?」
「あ、そうですね、えっと、心臓が停止、もしくはバイタルサインの喪失という基準で死を規定するならば死んでおりました。また、脳波停止をもって死とする場合であったとしても、それは死で間違いないと思われる状態でした」
「え、ああ、うん」
なんもわからん。
「ただ、脳内情報の崩壊をもって死とする定義においては、生きていたともいえますね」
「ほ、ほぉ」
「ま、ギリギリでしたけども」
「な、なるほどね」
「とりあえず、人格をデータの集合体と捉えるなら、間違いなく生きてました」
「そ、そうじゃないかと俺も思ってたよ」
うん、やっぱりわからん。
わからんが、生きているならそれでいい。
「で、目は見えるようになるのか?あと、身体も動く?」
重要な確認だ。
生きている、しかし身体は動かないし目も見えないというのでは、むしろこの過酷な世界で生きて行くのは無理。気休め程度の延命にしかならない。
むしろひと思いに……、案件だ。
「はい、問題ございませんよ、目の方はあと少しですね。で、目が見えるようになれば、調整は終了ですのでセクメタル・ハウとの接続も、すぐです」
セクメ……なんだ?
俺が謎の言葉に首を傾げ……ることはできないので頭をひね……ることもできないというわけで、まあ、とりあえず考えを巡らせていると、声が少し嬉しそうにそう告げた。
「などと言っていましたら、目の調整終わりました」
「見えるの?」
「はい」
「よっしゃ、おねがいします!」
「じゃ、いきますよ」
――パチクリ。
ん?んんんんんっ?
「なんじゃぁこれぁぁぁぁ!!」
久しぶりに見えた割にはまばゆくもなんともない視界。
しかし、そこに広がっていた光景は、間違いなく俺の人生で経験した光景の中でもとびきり異常な体験であり、なおかつ最も奇妙な光景だったのだ。
だってさ、そこには。
「俺の顔おおお!!」
俺の顔があるんだもの。
「あ、見えたみたいですね……って何驚いてるんですか?もしかして顔作り間違えました?!」
いやいやいや、そうじゃないでしょ。
だって、ふつう見えないでしょ自分の顔。
しかも、目が虚ろ!!っていっても、なんだか目がボーッとしているって意味ではなくて、文字通りの虚ろ。つまり、目玉がそこにハマっていないのだ。
さらに、なんと、身体がない。
顔だけが単体で、宙に浮いている。
めっちゃ怖い。
さらに、首からなんか紐っぽいロープっぽい管っぽいなにかが無数に垂れ下がっていて、まるで怪力の魔物に引きちぎられたようになっている。
え、いま俺どうなってんの??
「な、なにこれ?」
「いや、だから、顔です」
「そうじゃなくてなんで顔が見えるんだよ、おかしいだろ」
「ああ、そうですよね、いま作業しますから」
驚く俺に目もくれずって、その姿を認識できてないので目をくれてんのかどうかわかったもんじゃないが、とにかくそんなの無視で話を進める、声。
と、その時だ。
前方から見るからに痛そうな金属の
「いやいやいやいや!いやぁ!」
「大丈夫ですって」
ウイーン、サクッ。
「いってえええええ!!」
「え?痛いですか??」
「痛いに決まって……いや、痛くは、ないな」
たしかに痛くはない。
痛くはないが間違いなく俺の目玉に鉤爪が刺さっている。
見えないが、感じる。
冷たいなにかが、肉を破って侵入してきている感触を。
「ちょ、まぶた閉じないでくださいよ」
「そんなこと言ったって!」
「閉じても意味ないでしょ」
「……おお、たしかに」
でもさ、自然に閉じちゃうじゃんね、目玉の表面に金属が刺さったらさ。
てか、これどういう状況だよ。
動かない目玉の視界いっぱいを使って冷静にあたりを見渡せば、右を見れば右の眼球が丸裸。左を見れば左の眼球が丸裸で金属の鉤爪につままれてぶら下がっている。
そしてそれらはゆっくりと、目の所にポッカリと穴の空いた俺の顔に近づいていくのだ。
ここまでくればわかる。
こりゃ、あそこにハマるんだな、と。
そんな俺の予想通り、ゆっくりと近づいた目玉は直前でくるりと吐き気を伴って反転し、その穴にポコリと収まった。そしてなんとなくむず痒い感覚。
「はいくっつきました、動かしてみてください」
動かしてみる、うん、確かに動く……って!
「ええええええ!!」
「こんどはなんですか!」
「あれなに、俺の首がつながってる先!!」
さっきまで自分で動かすことのできなかった目玉。その目玉を全力で動かして見つめた方向、首から出ている無数の紐のつながる先にあったのは。
銀色に光るスケルトンの体。
どう考えても俺の頭がセットされそうな雰囲気漂う、おなじみのアンデッドな骨ボディ。
「俺、スケルトンになったわけ?」
「スケ……ああ、スケルトン!いや、ちゃんと肉付きますってスケスケじゃないですって」
「はぁ、スケスケ?」
なんか微妙に噛み合ってねぇな。
でも、言われてみれば納得できる。
俺は間違いなく一回死んだのだ。であれば、この悪魔の住処でアンデットとして生まれ変わろうとしていてもおかしくない。
そして、この先、骨の体でダンジョンを徘徊して……って。
てか、あれ、人間ベースなの?
どういても、俺の知ってる人骨とは趣が違うんだが。
「人間の体なのあれ?」
すくなくとも、俺の知り合いに、骨が銀色のやつなんかいない。
「ちがいますよ」
「ああああああああ、魔物かぁ、ショック! なんのスケルトンなんだ?」
「だから!ちゃんと色付きの肉が付きますって!」
「色付き?!もしかしてゾンビ!!」
ああ、どうしたら良いんだ。
「な、なぁ、その、あれだ、やっぱり聖水とかけられるとアウト?」
「いや、セーフです」
「聖属性の魔法は?」
「まほう?なんですかそれ」
「知らないのか?魔法?」
「いや、まあ知ってますよ、おとぎ話の中の話ですよね」
いやいやいやいや。
いままさにスケルトン作っちゃってるやつに言われたかねぇよ。
「じゃ、身体ですけど、一応、もとより身長伸ばしたりムキムキにできたりしますけど」
「はぁ」
「どうします?盛大に筋肉盛っちゃいます?」
え、いや、なんだ。何の話をしてるんだこいつは?
てか、筋肉だと?
「肉付くの?」
「だから付きますって!」
もういいや、任せよう。
「あ、えっと、もとのままで」
「はーい、ではいきますね」
そう、声が張り切った声色でそう告げると、銀に光るスケルトンボディの周りに透明な筒が現れ、その中に薄青く光る水が満たされていった。
そして。
「な、なんだこれ」
それは、あまりに不思議な光景。
骨組みだけだった身体に、人間のそれとはまったく違う上にシンプルな、蛇腹のようで螺旋のようで、金属のようで肉のような内臓がスルスルと定着していく。そして、続いて順次定着していく肉。筋。多分、血管。
そういったものがやはり同じようにどこからともなく現れてまとわりついていく。
色は、間違いなく人間のそれと思える血の赤だ。
「すげぇ」
「ね、スケスケじゃないでしょ」
いや、もうそんな事どうでもいいから。
しかし、たしかにこれはスケルトンではない。
ただ、間違いなく人間でもない。
「次は外皮革ですね、えっと、まずはタンパク質を少々っと」
声は、料理でもしているかのように告げる。
そして、その直後、真っ赤な筋肉だけのボディとなった体の表面に、チリチリと青い光がまとわりつき、そしてその光の消えたあとに見慣れた人間の皮膚が表れた。それがシーツにこぼした液体のシミのようにじわじわと広がり、最終的に体の表面を皮膚が覆い尽くす。
出来上がってみれば、それは、完全に人間の見た目。
というか、慣れ親しんだ俺の裸。ちゃんと恥ずかしいところに毛の生えたほくろもある。
しかし、繰り返しになるが、できる過程を見ればこれが人間の身体ではないことがわかる。
いや、こんなもの、人間の体であるはずがない。
俺の体で、あってたまるか。
「なにあれ?あれが俺の新しい身体なの?本気で言ってるの?」
俺の問いに、声はやや誇らしげな色を付けて答える。
「はい、あれこそが戦闘用ナノマテリアルボディ『セクメタル・ハウ』です!」
そう、それが、俺の新しい身体。
そして、非常に厄介で面倒な身体。
戦闘用ナノマテリアルボディ、セクメタル・ハウとの出会いなのであった。
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