第6話 石澤凪沙目線。
石澤
バレーを始めたのは中学に入ってからだった。
小学生の時、お父さんが野球好きってこともあって、ソフトボールをしていた。夕方は、お父さんと公園でキャッチボールをし、土日は地区のソフトボールチームで練習や試合をしていた。
小学校1年から6年までずっとだった。
いま思えばお母さんは面白くなかったのだと思う。特に何かを言われたわけじゃないけど、そんな感じがした。
お父さんを独占してるのが、気に入らなかったのか、女の子らしい遊びをしないのがダメだったのか、真っ黒に日焼けしてショートカット。よく男の子と間違えられたのが嫌だったのか。その全部か。
そのことに初めて気付いたのは、中学に上がる年の事だった。近くの市立の中学にはソフトボール部がなく、お父さんと私立に行こうかなんて話が出た時、お母さんの猛反発を食らった。
お父さんは元々気が弱く、私はどこかで、お父さんがお母さんを説得できないと思っていたし、お父さん子だったから、困らせたくない気持ちで近くの市立に行くことにした。
これが初めて、お母さんの顔色をうかがって決めたことだ。それでも私の言い方が悪かったのか、お母さんはあまりいい顔をしない。
私にはお兄ちゃんがいて、少し歳が離れていた。高校生。お兄ちゃんがバスケをしてたので、特に理由もなく、バスケをしようかと思ってたのが中学に入ってすぐのこと。
お兄ちゃんは喜んでくれたし、お父さんに代わり、お兄ちゃんが公園でバスケを教えてくれる、なんて話になっていたある日、言われた。お母さんに。
「お父さんの次はお兄ちゃんなの」
お兄ちゃんとお母さんは仲がよかった。私とお父さんみたいに。お母さんの口調から「あんた邪魔よ」そんな感じを受けた私はお兄ちゃんに言った。
「ごめんね、友達が一緒にバレーやろうって。せっかく教えてくれたのに」
嘘をついた。
これがお母さんの顔色を見て、自分の決定を変えた2回目のことだった。後でお兄ちゃんに聞いた。お母さんもバレーをやってたらしい、教えてもらったらと。
それでわかった。
バレーをするって言った時の、お母さんの口元が歪んだ意味を。
私に同じことをされたくないんだって思った。お父さんの次はお兄ちゃん。そしてバレーまで取るの?
そんな感じ。でも、うまく言い訳が思いつかなかった。バスケをしない時に「友達にバレーを誘われたから」みたいな、耳障りのいい言い訳が思いつかなかった。
だから、バレーをすることにした。お母さんの顔色をうかがいながら、おっかなびっくりとバレーを始めた。
体を動かすのが好きだった。身長も高い方だったし、もしかしたら、バレーがうまくなったら、お母さんともうまくやれるかもと、思った私は熱心に取り組んだ。
でも、ダメだった。理由はバレーをしたことだけではない。男子と付き合うことになったからだ。
その子は不良っぽい子だった。
中学に上がる春休みに近所のハイツに引っ越してきた。都会に住んでたって転校生。地毛なのかどうか分からないけど、少し茶髪で言葉遣いとか着てる服が、この辺りの子とは違っていた。
都会的な感じがした。彼の名前は
瑛太にはお父さんがいない。母子家庭。私はそんなこと気にしなかったけど、お母さんは違っていた。見るからに毛嫌いしてる感じ。
この時期、私は色々お母さんとの関係で悩んでいた。
ソフトボールを諦めかけて、バスケも選べずにいた頃。お母さんが瑛太のことを毛嫌いしていたけど、瑛太は面白く、話が上手かった。
なんでもないことを大げさに言って笑わせてくれる。
だから私は反発した。
お母さんの顔色をうかがうことに反発した。嫌がることはわかっていたけど、バレーを始めた。どこかで、うまくなったら褒めてくれるかもって、淡い期待を抱きながらも反発心もあった。
だいぶん後になってわかった。瑛太は私に上手に反発心を抱かせるようにしていたのだ。でも、それに気づくのはまだまだ先のこと。
私はお母さんへの愚痴を全部瑛太に聞いてもらった。
つまり私の気持ちとか、不満とか感情が全部瑛太に筒抜け。私は子どもで、そして瑛太は出会った頃には大人だった。そう、ズルい大人だったのだ。
私は自分のことを、根っからの馬鹿じゃないと思ってる。
だからなんとなくは気付いていたけど、話を聞いてくれる相手を失いたくなかった。都会から来た垢抜けてて、話が上手でバンドをしてる彼という肩書を、手放せないでいた。
瑛太は年上の人とバンドをしていた。高校生だった。
私も何度か話をしたことがあるし、いい人だった。優しく話してくれるし、ジュースだって買ってくれる。
不思議だけど、この頃の私は親切でジュースを買ってくれるだけで、いい人だと思っていた。
正確には中一になる春休みから瑛太と付き合い始めた。
好きだし、別にいいやと思っていたけど、瑛太は私に求めてこなかった。その、エッチなことを。
周りは不良っぽいとか、夜中に駅前で
エッチなことを求めないことが、大事にされてると思えたから。たまにタバコのニオイがしたけど、バンドの誰かが吸ってるのだろうと、それ以上考えなかった。
***
私はバレーに夢中になって、推薦で近くの公立高校に行くことに。女子バレーの古豪。昔から強かったらしい。
知ってる先輩も行っているので、どうしても行きたかった。この頃にはソフトボールをしてたことなんて、すっごい昔のことのように思えた。
瑛太は不良っぽいと言われながらも、成績は中盤くらい。同じ高校に行くことになった。
この時期になって、私は少し瑛太との関係に疑問というか問題を抱え始めていた。相変わらず、体を要求されることはない。
最初は少額。五百円とか千円。でも、時を追うごとに、私のお小遣い全部、瑛太に渡していた。それがいつか当たり前になっていて、手慣れた感じで受け取った。
そしてそのお金は、タバコとかお酒パチンコに消えた。
もちろん、中学生や高校生のお小遣いでは足りない。だからお年玉とかで貯めていた貯金も全部渡した。
でも、それでも足りるわけがない。瑛太は足りない分のお金を、自分の母親の財布から抜き取った。それを知ったのは瑛太のお母さんからだ。
「あの、瑛太にも困ってるの。
瑛太のお母さんは夜のお店をやっていた。
そこで働いて欲しいと言う。この時はじめて、お母さんが瑛太のことを毛嫌いしていた理由を知った。
偏見だったのか、大人特有の嗅覚だったのか分からないが、
私はどこかでお母さんへの反発心で瑛太と付き合った。
そんな私とお母さんは、もう何年も口をきいてない。お兄ちゃんは大学で下宿していたし、優しいお父さんは巻き込みたくない。
私は言われるまま、週に何時間か瑛太のお母さんの店で働くことになった。
夜のお店。居酒屋とかではなく、スナックだった。
そんな追い込まれた時に声を掛けてくれたのが、クラスメイトの
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