第3話 俊樹目線、そして佳世奈目線。 親友悠子と。 

「なんでいつもそんなに不機嫌なの」


 僕は部活の時、難しい顔して、体育館脇に座る液タブ女子に話し掛けるのが、最近日課になっていた。難しい顔してるのだから、当たり前か。ろくな反応は返ってこない。ただ、しつこくされるのは面倒だからか「別に」とだけは答えてくれる。

 そして同じことを繰り返す「別にってなに」と。もちろん彼女もムキになって「別には別によ」といっそう眉をひそめる。


「彼女の前でナンパですか。いい度胸ね、毎日毎日」

 部室棟脇にもいつもの不機嫌な顔。こっちは僕が原因か。


「話しかけても、つっけんどんだ。だから気にすることはない」

「だからってなに? つっけんどんにされてまで話し掛ける意味が知りたい」

 佳世奈かよなは器用に眉を吊り上げる。これは少しやりすぎたか。本気で怒る前兆だ。僕は真剣に考え、どうしてクラスメイトの液タブ女子に話しかけているのか自問した。


「いや、なんでこんな外で、液タブでなんか描いてるのか気にならない?」

「気にならない。誰かさんに構ってほしいからじゃないの」

 あっと、本格的に不味そうだ。僕は早々に練習に戻り、知らん顔で汗をかいた。


 ***

 長内佳世奈かよな目線。


 私は幼馴染のサッカー部男子を置いて先に帰った。

 先に帰るだけの理由がある。そんな風に見えないのだけど、割とまぁまぁ女子に声を掛ける。特に意味はないのだろう。昔からコミュ力最強だったから、何気なく声をかけてるのだろうけど。


 だけど、声を掛ける相手に傾向というかクセがある。

 一見ツンとしてるが、構ってオーラのある子が多い。すごく多い。別に重要じゃないけど2度言ってしまった。構ってオーラ女子に構いに行くっていうのは、ある意味積極的にパンドラの箱を開けに行くようなもので、待っているのは厄災しかない。


 その覚悟があって声をかけてるのか。いや、私がいてその覚悟あるなら、出るとこ出ようか? 

 そんな気持ちになる。とはいえ、先ほども触れたがまぁまぁあることで、この先もあるだろう。そんなことも考えて、今日は物理的に距離を取ろうと思う。つまらないことでケンカしても、ホントつまんない。


 そんなこともあり、少しくらいは憂さ晴らしもしたい。私は親友の悠子を連れ私鉄に揺られること、ひと駅。いつも行かないショッピングモールに出かけた。

 いつも行かない理由は簡単だ。同系列のショッピングモールが、私鉄に乗らなくても徒歩で行けるから。ちなみに近いショッピングモールの方が新しいので、そこで事は済むのだけど、今日俊樹としきとばったりとか会いたくない。


 そんなわけで親友を巻き込んだのだけど、悠子ゆうこは悠子で気乗りしない。こちらも理由は簡単。悠子は仲島君の元カノ。私鉄に乗るとこちらも、ばったりがある。


「大丈夫だって、こんな時間に部活終わるわけないでしょ、うちのサッカー部とは違うのよ」

「わかってるけど、かけるって空気読めないでしょ? なんで別れたか、いや別れたことすら覚えてないかも」


 それを言うなら付き合ったことも覚えてないかも。

 仲島翔って子はそういう子だ。サッカー以外には本当に無頓着。悠子と別れた理由もきっとわかってない。まぁ、サッカー部の男子とばっか遊んで、遊んでくれないという、ちょっと子供じみた理由なんだけど。


 地雷系女子に果敢に声を掛けるどっかの誰かより全然いい。とはいえ心配性の悠子を安心させたい。私は悠子がごねると思い、ある情報を手に入れていた。それは仲島君の通う港工学のホームページ。


「悠子。これみて仲島君の学校のホームページ。サッカーの練習日」

「何々……月火……水木金土日? って、毎日じゃない! そりゃ連絡して来んわ!」

 ん……悠子って仲島君からの連絡待ってるの?

 いや、それはきっと無理だよ。仲島君にそんな発想ないと思うよ。逆にこっちらから連絡取っても、嫌な態度ひとつ取らないだろう。そういう子。つまり、なんのこだわりもない子なんだ。


「悠子、その待ってるなら連絡してみたら?」

「いや、待ってねぇし!」


 こんな会話を交わしたおかげで、私のちょっと下降気味な気分も晴れた。最寄り駅まで、ひと駅ということもあって少し長居をし過ぎた。そのせいでこの出会いがある訳なんだけど。


「ねぇ、佳世奈かよな。私の気のせい?」

 駅のホームで悠子は私の体を揺らす。


「きっと、その……気のせいじゃないよ」

「なんであいつかましてるの? あとひと駅だよ? 呑気なの?」


「えっと、疲れてるんだよきっと」

 ホームから見た車窓。そこには体を傾けて、起きる可能性の欠片もない仲島君がいた。


「悠子、チャンスじゃない」

! 私の心ガラス細工なの!『こういう突然って嫌いですか?』パターンムリなの!」

「でも、仲島君このままじゃ乗り越しちゃうよ」


「佳世奈! スマン、起こしたげて! 私は隣の車両から見守るから。ちなみに駅に着いたらダッシュで逃げる! 翔の足止めたのむ! 武士の情けじゃ〜〜」


 いや、武士じゃないんだけど。

 仕方ない。今日付き合ってもらったし、仲島君このまま終点まで行ったら大変だし。少しため息をついた。そう言えば、いつぶりだろ。春休みにサッカー部で集まって以来だ。


 ふたりでってあったかなぁ……教室とか廊下でとか、ほんの短い時間でだけならある。あとは利樹か悠子がいた。悠子は逃走する気まんまんだし、利樹のことは今は思い出したくもない。仕方ない、行くか。悩んでるうちに最寄り駅に着いちゃう。


「仲島君? 仲島君、もう駅だよ起きて」


 空いた車内。私は仲島君の隣に座り、声掛けをするが身じろぎひとつしない。声だけじゃダメか。振り向いて悠子の姿を探すが、既に隣の車両。


 そして「ガンバ!」とゼスチャー。いやお前が頑張ったほうがいいだろ。元サヤ戻りたくないの? 仕方ない。


「仲島君、起きて、朝――じゃないけど、もう駅だよ、乗り越しちゃうよ!」

 最初は軽く肩を叩く程度だったが、らちが明かん。

 これ以上の遠慮は私すら乗り越してしまう。肩をわしづかみにし、ぐらんぐらんと揺すって「始まっちゃうよ!」と。これが効果があった。


「試合?」

 さすが悠子いわくサッカーバカ。私が言ったんじゃないからね? 開く予感すらなかったお目々がぱっちりと開いた。


「長内――ちゃん?」

「いや、おかしいよね。そんな呼び方したことないよね? えっと久しぶり、元気……っか乗り越しちゃうから、とりあえず降りよう!」

 私は仲島君の巨大な黒いリュックを引っ張って電車を降りた。







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