第2話 枇々木俊樹目線

「Cチームらしいわよ」


 幼馴染彼女が言った。場所は帰り道から少しそれるが、駅前にあるツヴァイスターコーヒー駅前店。熱心じゃない部活は、夕暮れ前にグランド整備まで完了する。そのお陰でこうやってコイツとの時間が取れるワケだけど「Cチーム」ってなんの話だ? まさか……


「アイツの話?」


「そうの話。入学早々に伝染性単核症にかかったんだって。けっこうな高熱で2週間以上休んだらしいよ」

「伝染性単核症? それって」


「キス病? 違うでしょ。仲島なかじま君だよ?」


「でも彼女いたろ。その……割とひっきりなしに」

「いたけど。いただけだよ。どっかの誰かさんとは違います」

「なに、そのかけるに対する謎の信頼感」

「なにヤキモチ? そうね仲島君はさ。サッカー部とばっか遊んでたじゃない」

「まぁ、呼べば来るイメージだけど」

「だからよ。仲島君って男子と遊ぶの好きだったでしょ。元彼女的には不満だったみたいよ。仲島君って来るものはこばまずだけど、その先は遠距離恋愛と変わんないから」

「同じクラスの山田とは?」


「山ちゃんはガッツリ恋愛脳だから、1週間もたなかった。仲島君てさぁ、教室で話す程度でいいんだよ。サッカー一筋。そんな子がキス病? ないない。他のことが原因だろうね、電車とか乗るじゃない? あと男子同士ってジュース回し飲みするし」


 仲島かけるとは、例の公立では強豪校に数えられる工業高校に行った例の相方。僕たちの世代が恥ずかしながら、市内で黄金世代なんて呼ばれたのは大半アイツのおかげ。その功労者が例え病気で出遅れたからってCチームなの? 強豪校厳しくない?


「あとなんて言ってたかなぁ……守備重視のチームだから、背の高いフォワードが欲しいんだって。仲島君ちっちゃめだもんね」

 出遅れた上に身長を言われると確かにキツいかも。


「あとね、引退してから体動かしてなかったってのもあるけど、今回の病気が原因かスタミナが戻んないんだって」


「ところで、なんでそんなに知ってるの?」

「あれ、意外ね。浮気疑ってるの? 残念、お母さんが見かけたんだって。お父さん駅に迎えに行った時に。声かけて話したの。それに仲島君はサッカーしか興味ないよ」


「なに、翔に興味持たれたいわけ?」


「何いってんの。この年でこんなにしてんだよ。もう他の子には行けないかなぁ。だって悪いよ」

 そう、僕達はそういう関係。

 中2の頃からだ。長内おさない佳世奈かよなが怖がるから、最後まではしてない。最後まではしてないとはいえ、それ以外は――それなりの頻度でお世話をして貰っていた。


 佳世奈が言う「だって悪いよ」っていうのは、つまりそういう意味だ。

「今夜は親――ふたりともいる。あした早くから、母さんはおばあちゃんを病院に連れて行くみたい」


「そうなんだ。それでそのの共有はなに? まさか朝からお世話しろっての? 私、君の嫁じゃないんだけど」

「こんなことはお前にしか頼めない」

「頼むことありきで話しない。たまには自分でなんとかするって選択肢はないの?」


「次からは考えるよ」

「あのね、その後学校行くんだよ? するかもとかの配慮はないの?」

「お前の歯ブラシセット部屋にあるから」

「あるからなに? 知ってる? 偶然だけど、うちにも歯ブラシくらいあるの」


 呆れた顔をされたが、明日の朝にはきっと来てくれて『お世話』してくれるだろう。そうやって僕らは大人になるんだ。そう、僕はサッカーも恋愛もこんな感じに生温く考え生きていた。それがダメだとも思ってない。


 佳世奈かよなのことは少し便利使いしてるという感覚はあるけど、明日には機嫌なおしてくれるだろう。いや、実際のところ今だってそんなに機嫌悪いわけじゃない。


 ***

「ねぇ、いい加減にしてよ。朝からって!」

 佳世奈はちっちゃな声で抗議した。学校に向かう道中のことだ。小声なのは誰かに聞かれたら困る内容だからだ。


「だから、小まめに『お世話』してくれることをオススメしてるだろ」

「だから自分でも何とかすること考えようねって、言ってない? 言ってるよね」

「でも、ほら。不測の事態に備えて、体操服着てたからセーフということで」

「いや、着てたの私だからね。ホントに色々と手が掛かるわ」


 予想通り佳世奈は朝早くから来てくれた。家が近所なのでうちの両親が出かけたのはすぐにわかる。5分と経たないうちに来てくれた。自分の親にはジョギングだと言ってるらしい。


「おかげさまで爽やかな朝だ」

「おかげさまで朝ですが?」

「愛してる」

「当たり前でしょ、ここまでさせといて。もういい。これ以上この会話はしたくない。学校生活に支障が出そう。きっと、こんなこと彼女にさせて登校してる男子なんていないよ、ホント!」


 呆れながら睨まれた。僕の日常はこれでいい。高校時代サッカーやってたんだという思い出を作るための部活動。佳世奈ともこのままこうやっていくだろう。何もなければこのまま佳世奈と将来もいると思う。僕はそれで構わなかった。佳世奈かよなもそう思っているだろう。


 例えば佳世奈にあんな『お世話』をしてもらってる時間にかけるが朝練で汗だくになってたとしても、それはそれぞれの選んだ道なんだ。バカだとは思はない。でも僕には無理なことだった。それがわかっていたから翔は誘わなかったのだろう。そのことがほんの少しチクリとはするけど。





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