第2話 西暦2150年
この物語の時点では、時は西暦2150年1月31日。
既に外惑星の内、火星と木星には大規模な植民が行われており、内惑星は金星と水星にはそれぞれ巨大なエネルギープラントが設置され、太陽系に電力を潤していた。
しかしながら、火星の植民地については、居住環境があまりにも貧弱であり、地球政府は火星の抜本的テラフォーミングを計画する。
だが、そんなテラフォーミングに反対する火星の住民の一部が、”火星共和国”の建設を宣言する。
人類の経験する”初めての惑星間戦争”の幕開けでもあった。
ふむ・・・。
まあ、その幕開けの幕を引いているところに居合わせたのが俺だったのだが。
俺の名はジェイ・エムデン。
ドイツ連邦共和国出身の艦隊中尉だ。
年齢はもうすぐ29歳だ。
この頃、22世紀に至っても、まだまだ暦は地球歴が中心だった。
年齢も同じくだ。一年は365日で計算されている。
何しろ、それまでは地球以外の人類の中心地域は存在してなかったし、今に至るもそうだ。
木星に植民した連中は”木星宙域連合”と言う組織を作り上げてはいるが、これは完全に司法機関を地球に依存する事が地理的に不可能なためであり、同じく警察組織を地球に依存する事それ自体が論外であるために発足した国家に似た何かであると言われている。
ああ、そうそう。連中の議員であり、警察組織(軍隊?)の長はマーシャルと呼ばれている。
警察官(軍人?)はシェリフと呼ばれている。
なんだろう・・・。20世紀に流行した西部劇の世界観を、宇宙である木星宙域に投影すれば、あの国家が少しだけ理解できるのではないだろうか?
いや、俺には理解できないと最初から両手を挙げてしまうがね。
問題を起こした連中は面倒だから全て艦砲で吹き飛ばすのがルールと言われてもなぁ・・・。
さて、話が逸れた。
とにかく、この時点の少し前まで、大体2120年あたりまでは、人類はせっせと地球周辺、特にラグランジュ点と月面上に拠点を作るために必死で働いており、地球軌道上は22世紀に入る頃にはピカピカに磨かれた床よりも美しく清掃されていた。
そこから、万全の装備でもって植民は行われた。
金星と水星にある巨大なソーラープラント群、それらのもたらす莫大なエネルギーを貰い受け、21世紀末に遂に完成した核融合炉と、同じ時期に発明されたイオン・インパルスドライブが太陽系内を駆け巡る事を人類に約束した・・・筈だった。
なのに、俺たちの艦隊は、なぜこんなにノロノロと進んでいるのかだ。
インパルスドライブは、理論値だと150G程度の加速で定常運転できる。
ああ、そんな加速にはもちろん普通の人類には一秒だって耐えられないが。
俺たち、宇宙生活者は、普通の人類とは少し違う。
なんだったら別物と言っても良いかもしれないが、俺自身はどうかとして、母は成人するまで普通の地球人類だったのだ。しかし、俺を出産した後の検査で自身が宇宙生活者に遺伝的な変化を遂げていた事を知ったのだそうだ。
さて、俺の父はと言うと、俺の種を母に仕込んだ後に、ものの見事に雲隠れしてのけたと言う。
とにかく、22世紀では考えられない様な荒業を使う様な男なのだ。
どう考えても、普通の男じゃないよな。
どうやら、宇宙生活者は人工的に作られているらしい。と言う推測が、俺以外の沢山の事例から見ても正しいと考えられている。
これが20世紀や21世紀ならば、俺は拉致されて解剖されたり、一生研究施設でデータを取るために監禁されたりしていた事だろう。
本当に俺が生まれたのが22世紀で良かったと思う事しばしだ。
さてさて、宇宙生活者とはどんな何か?だな・・・。
一つ、高加速に極めて適合した人類である事が挙げられる。
まあ、それでも眼窩の中にある眼球は高加速の最中に眼底を突き破って、数センチ先にある脳髄にめり込む訳なので、俺たちはサイボーグ手術として、高加速状態にはゲル化する特殊な人造眼球に加えて、脳髄との間に人造眼球を支え、通常時にロドプシン信号を脳神経に伝達する装置を設置されている。
凄いぜ22世紀のバイオテクノロジー。
一つ、人工血液、しかもこれが心臓と言う休まず働くポンプの助けなしに、勝手に血管の中を走る優れものに完全適合した人類である事。
この人工血液だが、ほぼ人体を作る存在と同じ。ただし、結合組織は皆無に近く、中にケッタイな生物モーター(仮)とでも言うべき代物が鎮座している。
それらは高加速時には、加速度によって励起される。具体的には加速度によって生物モーター(仮)が曲げられ、たわむ訳だが、それに対する反作用でモーターが駆動し、俺の血液と、それに含まれる高度酸素蓄積型のスーパー人工赤血球を同じく細胞膜を超絶強化された血管の隅々に行き渡らせてくれるのだ。
そうでなかったら、俺たちは瞬間で血まみれの死体になり果てるか、それを免れても数分後には加速で抑えつけられて停滞した血液の滞留による酸欠によって地獄の様な苦しみを味わいながら緩慢な死を迎える事だろう。
とにかく、宇宙戦士として高加速で飛び回る者達は、最低で50G、記録にある限りで1時間程の戦闘時間内での平均加速が60G、最高加速80Gの強者も居る。
俺はそこまでの継続加速状態に置かれた事はないが。
とにかく、まったくアメイジングだ!こんなにクソッタレなアメイジングが存在する事自体が驚きだ!
一つ、俺たち宇宙生活者には、恐るべき再生能力が備わっている。
多分、これが一番大事なんだろうか。
指が千切れても、心臓に穴が開いても、何なら脳髄がかなりの部分で破壊されても再生する。
その事で、一つわかった、とても重大な発見があったのだそうだ。
ああ・・・。何と言うか、その・・・脳髄を破壊された者が居たらしいが、その者は半分吹き飛ばされた脳髄が再生した後に、以前と何等変わりない記憶を有していたそうだ。
どうやって、どんな経緯で、そもそも何故そんな事が発見されたのかは未公表だ。
だが、これでわかった事は、人間の脳は記憶装置などではなく、単なるインターフェイスなのだと言う事なのだそうだ・・・。
ああ・・・。これを読んでいる貴方は信心深いタイプだろうか?
いや、俺は全然信心深くないのだが、これが示唆するところは、人間と言うのは死んでも記憶がどこかに残っているのかも知れないと言う事だ。
じゃあ、死後の世界はあるのだろうか?それはわからない。
少なくとも、俺の天国も地獄も、俺の心の中にしかないと、今は信じている。
そう考えた方が楽だからだ。
この事実?は全世界に公表されている。公表できる部分は。
それによって、世界は少しだけ変わった。
原理主義者と言う、以前は中華人民共和国と名乗っていた怪物国家が資金と武器を与えて育てた怪物たちがほとんど絶滅してしまったのだ。
聖書の文言を切り取って、自分たちの蛮行を正当化していた者達は、自分たちの死後に神様から鉄拳制裁や足蹴、ありとあらゆる制裁を覚悟の上でテロ行為を行えるのか?
そして、それを見て見ぬふりをしたとして、それが神様からの罰を招くのではないか?
特に、教養の高い、脳みそをキチンと使う訓練を15世紀以上も繰り返して来たアラブ人たちには、そんな発見が大きな刺激となった。
イランやイラク、サウジアラビアなどでは特にそうだった様で、原理主義者との内戦みたいな事が数次にわたって発生した。
これを最後の蛮行と定め、決意を固めた者達は遂にやり遂げた。
アフリカでも同様の事が起きた。
ナイジェリアでは、特にイボ族が中心となって、野蛮に立ち向かう運動と、それに伴う流血が頻繁に起きた。真に神を求める運動が・・・。
理由は良くわからないのだが、そんな事が起きた地域から、何故か沢山の宇宙生活者が現れているのは確かだ。
もしかして、神様と言うのが本当に居て、良い方向に進もうとしている誰かさんに特別の恩恵を与えて回っている・・・。
とかは無しだろう?
俺の家族からして、父親の顔も知らず、素性もわからず、母親はドSとしか思えない困った女で、口も知能も腕っぷしもそこらの男を圧倒する強面美女だが・・・。
いや、すまなかった。要は、俺の家族は俺も含めてみんなロクデナシなんだ。
到底神様の眼鏡にかなう、とっても立派な人間だとは思えない。
同僚達も、絶対ご立派な人生を歩んでない者達が揃ってる。
ま、それが普通の人間て事なんだろうが・・・。
俺がケッタイな恩恵を受けている事は理解できる。だが、俺は決して神に祝福された者ではないと自覚している。
まったく。俺がなりたかったのは、宇宙戦士じゃない。単なる宇宙生活者だったんだ。
それが今やこの体たらく。
そんな俺が、俺達がだ。遥かな火星に向かう遷移軌道を何度も何度も乗り継いで、平均区間速度マッハ50で直線なら52日、実際は57日かけてチンタラとゴールに向かっているのだ。
その間は、大半の時間を救命艇も兼ねた耐加速ポッドに繋がる、2坪程度のウナギの寝床みたいなキャビンに閉じ込められて、食事と来たら高加速時に胃液を吐き出さないように時間と量を計算して喫食する”完全消化糧食”に、20世紀のスラブ人が開発した魔法の調味料を混ぜて頬張るのだ。
その偉大な発明家のスラブ人は、食事に掛けると、希望する味覚刺激を惹起する粉を発明したのだが、それに特許権を申請せずに成分を開示したのだそうだ。
奥方の激怒にもひるまず、その男は一部人類の希望となる製品を世界に広めた。
俺はそれで正体不明の”完全消化糧食”に様々な食味を添付して味わっている。
務めて、俺が口にしている何かの正体については考えない様にしているが、人間の尊厳を傷付ける様な何かを食べていない様に、それだけは信じていない筈の神様に祈っている事がしばしばある。
そう言うのが、実に癪に障る・・・。
食事の後はニュースを視聴してみる。
俺と直結している巡洋艦のメイン量子コンピューターからは何の呼び出しもない。
通常配置の際には、軍隊でも兵士や士官のプライバシーには何の干渉もしない。
変り映えしない日常の休息時に、あれこれと誰かから弄繰り回されると、人間はすぐに精神的に疲弊してしまう。最悪、精神が悪い方向に捻じ曲がりかねない。
だから、そんな愚行は誰も進んでしようとしないのだ。
こんなスパルタンな環境が長く続くと、ハイテクに慣れてしまった人類には大きなストレスになってしまう。
現在、地球圏で稼働している巡洋艦は偵察型が75隻、通常型が50隻程で、それらに170名程の高加速に耐性を持った宇宙戦士が搭乗している。
もっと大きな駆逐艦には一隻あたり50人程の宇宙戦士が搭乗しているが、彼らは大体が20G程度の加速に耐えられる程度の者達ばかりで固まっている。
現時点で、高加速対応の宇宙戦士とはその程度しか居ない希少な人材なのだ。
無駄にして良い者等居ないと言う事だ。
けどまあ・・・。それなら、何故こんな所で、生命の危険があるとわかっている場所に。
罠が張られているとわかっている航路に貴重な人材を振り向けるのかと言う事だ。
その答えはわかっている。
戦争が今もなお続いているから・・・。
それ以外の理由はない。
わかりきった問いと答えを自分一人でキャッチボールしながら、俺は多少自虐的に顔だけで笑った。
そして、俺は知っていた。こんな事を考えている時に限って、どこかで悪い事が起きているのだと言う事に。
その悪い事が、俺の狭いキャビンの扉をノックして来たのは、そんな事を考えていた時から、さほど時間が経ってはいなかった。
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