7/15 日記
軍艦 あびす
7/15 日記
七月十五日。
かなり早いが、お盆の帰省という事で、祖父母の家に一泊二日でお邪魔することになった。父と母、私と妹の四人で、父の運転する車に乗って、大阪から一時間半程度。
夏の暑さに蝕まれ、いつしか鳴き出した蝉も鬱陶しいと感じながら、奈良県のとある町へと辿り着く。祖母がいつもどおりの笑顔で迎えてくれた。
母方の祖父母の家に来るのは、随分と久しかった。というのも、私は高校生になってからというもの、毎日アルバイトに明け暮れていたからである。年末年始などは特に忙しく、私だけが留守番ということも多かった。大学生になった今でも、こうして繁忙期から少しズレた日程でないと、予定が合わせられなかったのだ。
随分と廃れた町である。ここに来る途中、祖父母の家の近くにあるスーパーマーケットに併設された某バーガーショップに寄って昼食を済ませたが、その外観はSNSの「懐かしいものを紹介するアカウント」でしか見たことのないような昭和感を漂わせていた。
そこで典型的に騒ぎ立てる高校生くらいの男女四人組を見て、私は「何をこんな田舎でイキって」などと考えてしまった。
祖父母の家のリビングからは、窓の先に森が見える。私は見たことが無いが、時折シカやイノシシ、サルまで現れる、と、母から聞いたことがある。前者はまだしも、野生のサルなどまだいるのか、と、私は嘲笑した。
時間は十三時半辺りだった。
私たちは荷物を母の部屋へ押し込み、少しだけ身支度をする。今日はこのまま、曽祖母と曽祖父の墓参りに行く予定だった。自動車で二十分程度の辺りに、随分と古い室内霊園がある。私の曽祖母と曽祖父は、そこに眠っている。
祖父が用意した自動車に乗り込み、私たちは六人で霊園へと向かった。
随分と立派な霊園だった。ただ経年劣化は激しいらしく、塗装が剥げていたり、噴水が止まっていたり、要所要所でガラスにヒビが入っていたりと、歴史を感じさせる。
曽祖母と曽祖父の眠る骨堂が設置された地点に辿り着き、私たちは順番に数珠を受け取り手を合わせた。祖母が率先してお香を炊いたり、一連の要となるよう動いていた。
墓参りを終えた私たちは、辺りを散策する事にした。近くの池を覗いてみたり、自販機の見たこともない飲料を発見して笑ったりした。
辺りを彷徨く身内の影をよそに、私は少し催して、トイレを探す。幸いな事に、霊園のエントランスに入ると、すぐそこに見つけることが出来た。
私は用を足し、再び身内の影を探した。普段見ることもない光景が広がるエントランスを見渡しながら、ゆっくりと歩く。
ふと目に止まったのは、ボロボロの掲示板。地域の情報は自分に縁がないと分かっていても、こういったものについつい目を奪われてしまうのだ。
そんな掲示板を横目で流していたとき、一枚の張り紙に目を奪われた。それは、行方不明者を探している、といった内容である。何故それが際立って目に止まったのか、それを理解した瞬間、私は背筋を撫でられたような感覚を覚えた。
探しています!
1980年 6月14日(夕方)より
奈良県○○町に住む
中尾玲香ちゃん 4歳
が行方不明になっています
身長:95cm、体重:13kg
特徴:白のTシャツ
灰色のスカート
ピンクのリボンで髪を結んでいる
見かけた方、何かお気付きの方は奈良県警、又は最寄りの警察署までお知らせください。
****-**-****
文章の横に貼り付けられた、幼い少女の写真。既に四十年近くも昔のもので、色褪せたり破れたりと散々なものだった。未だこれが貼り付けられているということは、この少女はまだ見つかっていないという事になる。
当たり前だろう。
この写真に写っているのは、私の母なのだから。
私は、祖父母の家に来る際、必ず見るものがある。玄関の棚に飾られた、一枚の写真である。当時祖父母が飼っていたゴールデンレトリバーがどうしても可愛くて、私はこの写真を必ず見ている。私は重度の犬猫アレルギーで、写真で愛でる事が精一杯なのだ。
そして写真には、犬の横に幼い日の母の姿も写っている。
同じである。祖父母の家の写真は眼前の張り紙に写る少女よりも成長しているが、数年程度で子供の顔つきはあまり変わらない。
極めつけに、母の名前は玲香である。漢字まで同じだった。
ちなみに、私の血縁に『中尾』という姓を持つ人物は存在しない。
私はすぐさま立ち去り、父母、そして妹と合流した。脳内にこびりついて剥がれない、嫌な可能性が、金属音のように響き渡る。
今日は、一秒だって眠れないだろう。
7/15 日記 軍艦 あびす @a_gunkan
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