第六十四話 窃盗犯魔王を怒らせる
「はっはっはっ……」息を切らせながら走っているこの男名をザコという。
丁度、物陰になっている路地に逃げ込むとゴミの横に座り込む。
「どんな、国だよここは!」
そう、彼は人間だ。だから、魔国の常識を知らない。
何故、この魔国では犯罪は極端に少ないのか。
答えは簡単、魔族とは男女共に強いモノが美しく尊いという基準で生きている。
痴漢などするぐらいなら、堂々と決闘を申し込んで相手を負かせばいい。
基本的に、相手が自分より強ければ。向こうの方から、お付き合いを申し出てくれる確率は八十パーを超えるのがこの国の国民の価値観でもある。
基本的に、火葬であり。犯罪者をつかまえるのが、国民全員参加型鬼ごっこ。但し、鬼が沢山いて逃げるのは犯罪者だけだが。
そんな、国民性なので魔国に住む人間はどれだけ割にあわないかを熟知し過ぎている。
だから、こんな国で犯罪をやろうなんてのは基本的にこの国以外から来たもの達になる。
ザコは、スリで暮らしていたベテランだが。この国では、どっかの魔王様が百貨店作ってブートキャンプしたせいで国民全員の動体視力や身体能力がメタクソ向上しており。
自分では高速で掏ったつもりだが、相手から見ると殆どスローモーションの様にしか見えておらず。財布を取った手を掴み、中身を確認して、「犯罪者DA!!」と叫ばれた瞬間に店もいきなり「休憩中」の札を下げて店主達が参加。通行人も、店主も、おばちゃん達も、何なら配達を頑張っていた運ちゃんも、家族連れも子供含めて一斉に襲い掛かってくると言うやべーことになった訳だ。
それを、死に物狂いで逃げ回りながら路地に隠れたのが冒頭になる。
余談だがこの国、実は娼館とかで夜の戦闘が強いと言う事も尊敬を集める。
乃ち、戦場での戦闘力が高い、頭脳戦闘力が高い、夜の戦闘力が高いみたいな幾つかの基準があり。それぞれの得意分野で、決闘方法が異なる。
頭脳戦闘力なら、様々なジャンルのテストを解きまくり。難題を解決する様な決闘になるし、夜の戦闘力が高いとかだとまぁ読者の予想通りという訳だ。
基本的にアリアちゃんは五歳だが、戦場での戦闘力と頭脳戦闘力は突き抜けて高い。
それもその筈で、七星天塔を構成する邪神の王達は「邪神の最長老でもあり、邪神で最も賢い七柱である。故に、その頭脳や力を瞬時に借りられるアリアちゃんはカンニングし放題も同然でそれが生まれつきのスキルである」その上で一目でラーニング出来たり視覚強化できたりする。だが、七星天塔を使っていない時のアリアちゃんはただの五歳児であり。当然の様にママンに怒られ、パパンと一緒に悪い事を覚え。悪友と一緒に落とし穴にハマったりととんでもガールなのであった。(今更
彼の不幸は、逃げる最中に偶々アリアちゃんが落としたタイ焼きを踏んでしまった事だろう。他の子どものアイスやタイ焼きなら、精々靴が汚れる程度で済む。
だが、彼が踏んでしまったのはアリアちゃんが今日貰ったお小遣いで買って。まさに食べようと口を大きく開けた瞬間に落下し、地面に着地。三秒ルールと心の中で復唱しながら、拾おうとその小さなてを伸ばした所で踏んでしまったのだ。
魔王、一瞬でぼーぜんと鳴り。ぐちゃぐちゃでアンコがあちこちから飛び出したタイ焼きを見つめて顔中真っ赤になって地団太を踏み。
「ゆるさぬ」
一気に爆風と共に魔力が、世界の光を奪い。闇が辺りを支配した辺りで、追いかけていた国民がいそいそと自分の生活に退却。
光が世界から消えたと言う事は、当然人間のザコから世界がいきなり消えたという事。
「七星天塔:暴食(グラトニー):黒瞥朏(こくべつみかづき)」
射程範囲にある指定した要素を、いきなり喰らい尽くすこれ。魔法や魔力、スキル等以外の時間や光も喰ってしまえる。魔王の両手のひらに出現した、気色悪い口から闇の玉が出現し闇の玉の出現と同時に世界からアリアちゃんの指定した要素が効果範囲全てから消え失せる。
これを、魔力や構成要素に分解して保存しておき。黒騎士などを創り出す時に、使うと言う訳だ。ザコはゴミの横に座ったはずなのに背にしていた壁も建物も、横にあったゴミさえいきなり消えたのだからそりゃ焦る。(寿司屋でこっそり使っていたのもこれ、あの時は対象範囲を手の口の中だけにしてガンガン食べてた)
<生物以外の全てを喰らい尽くす混沌>
「おい」いつもの感じではなく、明らかに怒っているアリアちゃん。
魔力だけで、大地が震え。闇の中で、おぞけが走る程の声が響く……。
じり、じり……。闇の中から一歩づつ大地を踏む音が聞こえ、そして闇が吹き飛ばされ。
空が紅に染まり、世界も丸ごと真っ赤に染め上げ。
「貴様、よくも私の大事なワイル屋のタイ焼きを台無しに……」
紫の霧が雲の塊の様に変形し、魔王の背後で形が変わっていく。
そこに並んでいたのは、世界が埋まる程の悪魔の大群。
「食べ物の恨みは、何より恐ろしいと心得よ!」
「お待ちください!」そこへ、ヘッドスライディングで割り込んだラクセイ。
それを、薄目をあけてじろりと睨むアリアちゃん。
「ラクセイか、今私は虫の居所が悪い」
「これ、俺のおやつのタイ焼きです。ワイル屋のじゃない、ただの屋台の奴ですが」
すっと、茶色の紙袋が差し出され。ほのかな小豆の香りが、魔王の顔を綻ばせる。
その瞬間、悪魔達が全て魔界に戻された。紅く染まった世界は、まだ元に戻っては居ないが。
ラクセイは、早く死ぬ気でワイル屋に行ってタイ焼きを買って来いとザコにいうラクセイ。ヤバさが判ったザコは死ぬ気で走った、幸いワイル屋の看板は十メートルもいかない所に見えている。
「一匹三百ボンだとっ!」正直にいうとタイ焼きにしては死ぬ程高い、だが命の値段としては破格だ。店員も今まさに様子を見ていたので、ザコにお金をもらうや否や。「焼きたてだ、落とすなよ!」「勿論だ!」
これを落とすのは、タイ焼きではなく命になる。確信が持てる程度には、危機察知能力は死んでいない。
ラクセイから貰った、屋台のタイ焼きを食べ終わってまだ不貞腐れている魔王の元へザコが決死の想いで走る。多分、人生で一番命がけで走ったと思う。
「お詫びに、ワイル屋のタイ焼き五匹買ってきやした!」ザコがアリアちゃんに両手で紙袋を差し出すとようやくアリアちゃんが紙袋を受け取った。そこで、世界の闇は元通りになり空を染め上げていた紅も青いいつも通りの晴天に戻る。
「それじゃ、あっしはこれで……」ザコが帰ろうとした矢先、ラクセイに捕まり。そして、こう言われた。「この後は、取り調べだ」「No~~~~!!」
大人しく、タイ焼きを食べて満面の笑みを浮かべているアリアちゃんの横で。
ザコは、警備の兵に連行されていった。
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