第三十三話 魔王VS勇者 頂 前編
「子供は寝る時間だぞ」腕から血を滴らせ、大地にシミを作りながら勇者は言った。
「お前の聖剣が眩しくて寝れん」そういって、眼がすわっているアリア。
じりっと、勇者が一歩前に出る。
「聖剣エクシズ!」
「七星天塔:怠惰」
剣と五歳児の拳が、まるで光と闇の太陽の様に激突した。
「くぬぅ……」勇者が押されて呻くが、アリアの子供の手は闇に包まれどんどんと巨大化していく。
「巨イナルチカラ、闇の巨腕:地獄阿修羅熊(じごくあしゅらぐま)」
七星天塔の怠惰は、最大魔力量と肉体強度と魂の強度を同じにする。
その巨大すぎる魔力が、まるで山を越え龍も越え巨大化した漆黒の六本腕の熊。
「お前何もんだ……」勇者は尋ねる。「私は、アリア。魔王アリア」
その瞬間眼を見開く、自分が倒すべき敵が子供だと知ったから。
「前の魔王は?」「ちちうえは私が倒した、だから今の魔王は私」
勇者は今一度、エクシズを構えた。
「光よ! この闇を終わらせる為に力を貸したまえ」
「簡易詠唱では、出力が足りぬやもしれん。流石は勇者、魔王を倒す時に特攻効果があるのか……」
そういうと、普段の手順ではなく。
七星天塔の真なる力を引き出す詠唱。
綺楼浮かぶ、空の下。
墨の翼はためかせ、天地隔たりて一対のススキ。
伸び逝く魂達と、降り注ぐ星灯り。
織りなし、奏で、語り告げ。
狭間の幻想で、紅き夢は欠け噴く。
純白の羽は、徐々に染まりて。
ススキに染み、大地に零れ。
ここは、楊森。雨樋つたい、彷徨いて。
御伽を語りて、百鬼を知るなり。
紫雲の天を貫く、獄帝達よ我に続け。
七つの柱は、帝の導。
大罪の名を呼べば、星を握る闇は顕現す。
涅槃を奏でよ、憎悪を詠え。
その手に、希望あらば打ち砕こう。
その心に、笑顔あらば涙に染め上げよう。
虚空に舞う、星屑達のように。
虚勢を踏みしめ、光が流れて消えゆくように。
全てを奪い、全てを喰らい。
色にもだえ、怒髪天をつく。
無気力なる怠惰は、その傲慢故。
私は、自分以外の全てが羨ましい。
ならば、闇を槍に変え。
ただ、真っすぐにそびえよう。
頂の力を従え、ただ光の敵として立ちふさがろう。
ただ、永過ぎた。
その悲劇に、結末を。光とは希望、それを闇へと帰す為に。
汝、塔に挑む挑戦者よ。
何者であろうとも……、我が天尊砕くに能わず。
勇者は見た、詠唱の一文ごとに背中に聳える邪神の塔からまるで噴水のごとく力が跳ね上がっているのが。
魔王特攻がついて、尚その差は自身の聖剣がまるでマッチの消えそうな火に見える程。
「勇者、レベル上げは済んだかね? 悔いは残していないかね?」
まるで幼女ではない誰かの声が聞こえてくるようで、漆黒の力に黄金と紅の雷がまとわりついている。
「悔いもあるし、レベル上げも絶対足りないのも判るっ!」
それでも、ここまで自分を進めてくれた仲間達の為にこの奇襲に全てをかけてきたというのに。先代魔王と自分が互角だったから、倒せると思っていたのに。
「こんなの、ありかよ……。これを、人や魔族が倒せるとは思えねぇ」
「さぁ、始めよう勇者は魔王を倒すものなのだろう?」
塔の天辺に、黒い月が浮かび。その月には、恐るべき邪神の神が映し出され。
アリアの命令を、ただ従順な執事の様に待ち続けている。
すでに、怠惰の柱は起動し。怠惰の邪神だけが、邪悪に微笑んでいた。
エクシズの光をその身に纏い、勇者は猛り斬りかかる。
それを、漆黒の熊腕の爪が超高速で弾き。魔法と火花が、まるで空にうちあがる花火の様に空中を彩る。
よく見れば、エクシズの刃がきり結ぶ度に溶けているではないか。
「汝塔に挑むものよか、えらい天辺が遠すぎやしませんかねぇ?!」
ふっと、アリアが笑った気がした。
「私とて、弱いモノ虐め等する気はない。これを使うに、勇者が値しただけ」
「エクシズ、もっと俺に光を!。 この不完全なる、俺に力を!!」
それは、まるで光の狼。大きな、大きな。
翼のついた、狼だった。
狼は、天より落ちる光の柱を喰らいさらに力を増していく。
そして、狼は巨大な鎧になり勇者はそれを身に纏う。
黒い熊と白い狼が激突し、大地は砂と勇者と魔王以外の存在を許さず。すり鉢状に、穴があいた。
熊の腕が一瞬一本吹き飛んで、狼の右前足もほぼ同時に吹き飛んだ。
それを見て、アリアは笑みを深くする。「やはり、勇者は強い」
だが、勇者の方は満身創痍でそれをみた。
(冗談じゃねぇぞ、あの熊。あれだけやって腕もすぐ元通りに戻りやがった)
「みずち、おろち……、漆黒のセカンドイグニッション!」
アリアが叫ぶと、クマの六本の腕が全て龍になり紅い全ての紅い眼が勇者を睨む。
それだけではなく、黒い熊の腹にも龍の頭が浮き出て来たではないか。
それだけではなく、龍の首は全て筋肉で出来ている様な幾重の血管が浮いている。
熊の背には、漆黒の刃のごとき羽が二枚。
その筋繊維一本一本が、巨大な龍の胴体。
(あぁ?! そんなんありかよ!!)
「怠惰の塔は、正真正銘これが全出力。希望(ひかり)をすり潰す為の塔その一本」
(ちょっとまて、それは怠惰の塔だけって事で他の塔は?)
同じサイズの光の甲冑に包まれて、閃光の様に切り結ぶ勇者が思わず耳を疑う。
狼が一条の槍と化して、黒き龍と切り結ぶ。
怠惰熊の翼に無数の魔法陣が、浮かび上がり光の甲冑を貫かんとした。
「エクシズ! アンシエントだ!!」
「地獄熊、バルアスター」
光のマントがはためいて、僅かに怠惰熊が押し込まれた。
「いけるっ」思わず勇者の手に力が入った。
「人が頂に届くと言うのか……、やはり勇者はこうでなくては」
アリアが、初めて買ってもらったアヒルの玩具で遊んだ時の様な笑顔を浮かべた。
その周りで、衝撃と爆風で魔族達はこの葉の様に吹き飛んでいたが。
(つづく)
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