第四話 刹那の野望

某は、刹那と申す。そういって、膝をついている蒼い髪が美しい、ロングストレートの女性。黒い全身鎧に、ヘルムは左手で抱えていた。


それを、じっと見降ろしながら魔王様は言った。


「おもてをあげよ」


ばっと音がする程素早く、顔を上げる刹那。その表情はとてもお見せ出来ない程危ない香りのする顔だった。



「ゆーは、なにしにきたの?」「刹那でございます、魔王様」

「ゆーは、なにしにきたの?」「私は、最強と名高い魔王様にお仕えすべく魔王城にやって参りました。是非お目通りを……」


「眼の前にいる」自分の顔をその小さい手で指さす魔王、鼻で笑う刹那。


「お父さんか、お母さんが魔王なのかな?」「わたしが、まおうです」


どや顔で胸をはるアリア、それを見て笑顔のまま動脈がピキピキと。


「お前みたいなチビが魔王様な訳ないだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


その怒声に、両サイドに控える兵士たちが判る判ると頷く。


いきなり、おぞけが走る程の殺気と共に足元から黒い鎖が飛び出して来た。


「今のかわすのは凄い」ちなみに、今のアリアの姿はパンツとシャツだけで他は何も着ていない。暑い中で脱いでしまい、尻にまおうとひらがなで書かれ。シャツの背中には怠惰万歳と四文字が力強く書かれていた。


焦る刹那、今のは偶々謁見の間の高そうな絨毯に自分が怒鳴った時のつばが落ちてないか心配になってちらりと見たら黒い鎖が飛び出してくる瞬間だったので避けられただけで殺気自体は目の前のチビから出たモノだったからだ。


冷や汗が思わずぽたりと落ちそうになるが、努めて手で拭う事でそれを阻止する。



「ハンカチつかう?」こてんと首を傾げる眼の前のチビ、先ほどの殺気が嘘の様に消えて普通の五歳の女の子に見える。恰好はあれだが、ここは謁見の間。



(もしかして、どっから見ているのか?)



それなら、謁見の間に居るのがあのパンツとシャツだけ着た子供なのも納得がいく。


「探しても無駄、今日は暑いからこの格好だけど私が魔王」


今度は、今までの子供の様な声ではなくしっかりとした王の覇気の様なものがこもった声だった。


「魔王、これが? 本当に?」思わず、二度見するが、今刹那の眼に映っているのは大口をあけてあくびしながら眼をこすっている子供。


(確かめるか)


愛剣である、大剣を抜こうとしたその時剣の柄に鎖が巻き付いているではないか。

「いつの間に?!」「謁見の間で武器を抜くと、オッサン達がうるさい」


※名前の覚えられていない貴族や家臣達等は大体おっさんという一括りになっている


「では何故武器を携帯する事を許可している?」「そんなナマクラ鉄屑で私が斬れるわけがない。斬ろうとしてきれない方がそれを頼りに生きてる奴ほど絶望するから」


(なるほど、性根だけは立派な魔王だ)


「歴代魔王の中でも群を抜いて強いと聞くのに、今代の魔王は戦争嫌いと聞く」

「攻めるのも攻められるのもめんどう」「めんどう?」


こつこつと玉座からゆっくりと降りてきて、刹那の右横で止まった。


「我らの様な、武に生きるものに活躍の場を与えようとは思わないのか」

「私が面倒なだけ、勝手にすればいい」


「歴代の魔王の中でも、人の守護者たる勇者を打ち破った魔王は長い歴史上今代で三人目。今代はもう勇者を召喚できないので、攻めるなら今が好機のはずだ!」


心底鬱陶しそうな眼をしながら、小さな魔王は言った。

「そういう、暑苦しいのがイヤ。夏は暑いし、冬は寒いし。お昼寝しないと、執事のバートランドがうるさいしでだったら出なくてもいいかなって」


遊びに行く位だったら許してくれるけど、何日も出かけたらみんな怒るものとその場で大の字で寝そべった。



「お前みたいな戦争に行きたい奴やりたいやつは、魔族にはごまんといる。だから、好きにすればいい。自己責任、筋を通したいなら手紙でも送りつければいい。ただ……」


「ただ?」


刹那が尋ね直すと、余りの重圧に強制的に土下座させらていた。


(何という重圧っ! 何という魔力っ!!)


「私の生活の邪魔をするな、それが条件だ」


絶対的に有無を言わさず、パンツとシャツだけで大の字で寝ころびながら五歳の魔王に睨まれている様に感じるだけなのに全身の血が沸騰し全ての血管が焼き切れるんじゃないかという程。


戦場でも久しく味わった事のない、絶対的な死。


こんなマヌケな恰好なのに、どうしてこれほど威厳があるというのだ。

こんな小さな姿なのに、どうしてこれほど死を身近に感じるというのだ。



「委細承知致しました、魔王様」


魔王は、プレッシャーを消すととてとてと椅子に戻っていく。そして、手を二回程パンパンとうった。


「ラクセイはいるか」「はい、ここに」


低音バリトンボイスの男の声が響く、刹那にはその姿形も見えず気配も判らず。


ゆっくりと気配をたどり後ろをみれば、やたらふっくらとした少し搾れば切れ長の瞳でホストかこいつというような容姿の黒装束の男が控えていた。



(こいつも、全く居場所が判らなかったぞ)


改めて、今代の魔王の部下の層の厚さを痛感し。


(これ程のものを従えて、何故戦争をせんのだ! 取り放題ではないか)


彼女の様な野望を持つ、魔族はやはり多い。

だが、彼女は判って居ない。どれ程強かろうが、どれほど凄まじかろうが今代魔王は今五歳だという事実を。


暑ければ動きたくないし、お昼寝とおやつは欠かさない。

戦場ですら、公園みたいな扱いであると武官達には身に染みていないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る