第25話 星の欠片が降ってくる②
陽が少しずつ傾き始めていく。
仕事を終えたミランダとメリッサが共に裏口の扉から外へ出て行くと。店の真正面にあるベンチに座り、メリッサの帰りを待つマリオンの姿が目に入った。
メリッサの疲れた表情はたちまちパッと晴れ、一目散に恋人の元へ駆け寄っていく。
「マリオン!」
ベンチに辿り着くと、メリッサは一段と明るく無邪気な笑顔を彼に向ける。マリオンは立ち上がり、愛おしげにメリッサへ微笑んでみせた。
「わざわざ迎えに来てくれたの?」
「うん。今日はいつもより陽が落ちるの早いし、暗くなるのも早いかな、って思って。でも……」
マリオンは一瞬口籠ったものの、照れくさそうに続ける。
「メリッサに早く会いたかったんだ」
メリッサも、遠目からでもはっきり分かる程顔を赤らめる。
「へへ……、私も、マリオンといつもより早く会えて嬉しいな……」
メリッサがはにかみながら自分からマリオンの手を握りしめる。マリオンの顔色はメリッサよりもずっと真っ赤だ。
「ミランダさーん、お疲れ様でしたーー!!」
マリオンと手を繋いだまま、メリッサは空いている方の手をミランダへ向け、ぶんぶん大きく振ってみせる。マリオンも礼儀正しい仕草でぺこり、頭を下げる。
メリッサの子供っぽい仕草と二人の仲睦まじさがかわいくて、ミランダはくすくす笑いながら手を振り返す。
お喋りに興じながら去っていく二人。微笑ましい気持ちで見守りつつ、ミランダは十五年前の自分とリカルドの姿を二人に重ね合わせる。
自分達にもあんな時期があったのに、と、切ない気持ちに駆られていた。
あの頃はただ一緒にいられるだけで幸せだった。
年を経て、苦楽を共にする内に欲ばかりが増え続け、一緒にいられるだけでは喜びを見出せなくなってしまった。
良く言えば、青臭さが消え失せ、大人へと成長した証拠。
悪く言えば、一緒にいることが最早当たり前と化していて、当たり前の日常に甘んじている。
若い恋人たちの姿はミランダの心に小さな葛藤を呼び起こし、ぐるぐると物思いに耽りながら家路を辿る。
夕方の冷たい海風に身を震わせ、港湾沿いを歩いていると、前方からゆっくりこちらに向かってくる影が。その影とすれ違いざま目を見張る。
左足を少し引きずり杖をつく、猫背で痩せ気味の中年男性、ミランダの夫、リカルドだった。
先程のメリッサがマリオンにしたみたいに、ミランダはリカルドの元まで急いで駆け寄っていく。
ただし、メリッサとは違い、嬉しさの余りに駆け寄ったのではない。足の悪いリカルドを気遣ってのこと。
「やぁ、ミラ」
「リカルド、いったいどうしたの?」
「どうしたも何も、君を迎えに来たんだよ。……朝の一件から、僕なりに考えてね、君にお酒を手に取らせないために、今後は君の帰りを迎えに行こうと決めた」
以前のミランダなら、『信用してくれてないんだ。何だか監視されているみたい』と、即座に反発した。
しかし、メリッサとマリオンの影響を知らず知らずに受けていたのか、「そっか、リカルドには面倒かけるけど……、でも……、二人で一緒にいられる時間が増えて、嬉しいかも」と、逆に喜んでみせたのだった。
ミランダが怒るか機嫌を悪くするかを覚悟していたのだろう。リカルドは目を白黒させた。
「何、その顔は?」
ミランダはわざと意地悪そうに微笑み、リカルドをからかう。
「うーん、てっきり嫌がられるかと思ってたから」
「言っておくけど、嘘じゃないからね」
そう言うと、ミランダはリカルドの身体を支えるべく身を寄せる。
ミランダのアルコール依存を克服させるため、リカルドは痛む足を引きずりながら歩いてくれた。だったら、少しでも彼の足に負担がかからないよう、支えてみせる。
そうして家路を辿る道中、ミランダはふと自嘲気味な笑いが込み上げ、鼻を鳴らす。
「何?」
「ううん、何だか私たちって、二人揃って凄く不器用だなぁ、と思ったら、ね……」
「だからこそ、お互い欠けている部分を補おうとするんじゃない?」
「ものは言いようねぇ」
二人はお互いに顔を見合わせると、ぷっと噴き出し、ケラケラと笑い合う。
この時の二人の笑顔は、十五年前に出会った頃に戻ったかのような、屈託のない笑顔だった。
ミランダはリカルドと夜空に瞬く星々を眺めながら、昔の思い出話を語り始める。
例えば、全ての星が金貨になって自分の元へ降り注いでくれればーー、と願っていたことなど。リカルドもまた、まったく同じことを願った話をしてくれた。
「でもね、きっと神様は星を金貨に変えることができない代わりに、僕たちをもう一度引き合わせてくれたんだと思う。この奇跡のお蔭で、こうして今も一緒にいられることを僕は忘れたくない」
歳を取り、年々白髪と皺が増えていっても、リカルドの深いグリーンの瞳が持つ優しさだけは今もずっと変わらない。
リカルドの言葉と美しい星空の下、今度こそ断酒を成功させようと、ミランダは固く決意した。
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