第29話 ティアナの願い
私は目を覚ました。
柔らかいベッドの感触と、リアムのぬくもりを背中に感じていたが、目を開けると部屋の中にティアナが立っているのが見えた。
「ティアナ…!?」
思わず声を上げそうになった私に、ティアナは「しっ」と指を口元にやって静かにするように合図をした。
彼女の表情はいつもの明るさとは違い、真剣な様子が見て取れた。
私はリアムが起きてしまわないように注意深くベッドから抜け出し、静かにティアナの後をついて部屋を出た。
廊下に出ると、ティアナはため息をついて私の方を向いた。
「リアムが愛してるのは、あなたなのね」
彼女の突然の言葉に、私は驚いて思わず声を上げた。
「は!? 違うよ!」
確かにリアムは私を守ってくれるし、大事にしてくれているのはわかる。
でも、それは恋愛感情とは違うはずだ。
私はティアナに説明しようと口を開いた。
「リアムはルナウルフでしょ。ルナウルフって、特定の人間に忠誠を誓う習性があるらしいの。だから、多分それで私に執着してるんだと思う。でも、それは恋愛感情とは違うから…」
ティアナはじっと私の目を見つめていた。
私の言葉が彼女の心にどう響いているのかはわからなかったが、できるだけ気遣いを込めて話したつもりだ。
するとティアナの瞳から涙が一粒、ぽろりとこぼれ落ちた。
「それでも、リアムにとって、あなたが一番大切な人だっていうのは変わらないのよ」
と、彼女は声を震わせながら言った。
「私ね、リアムを無理やり自分のものにしようとした時から、本当はわかってたの。リアムが私のことを好きになることはないって。でも、どうしても好きで…自分の気持ちを抑えることができなかったの」
ティアナの告白に、私は胸が痛んだ。
ティアナはリアムの気配を感じた時、最初は過去の事を謝ろうと思ってこの村に招き入れたと言う。
だけど、リアムを目の前にした途端、その想いが暴走してしまったのだと。
「リアムの姿を見た瞬間、私、またどうしても我慢できなくなっちゃったの」
ティアナの言葉に、私はなんとも言えない気持ちになった。
彼女がどれほどリアムのことを好きなのか、その想いの強さが痛いほど伝わってきた。
「私は…狂おしいほど誰かを好きになったことなんてないから、その気持ちは正直わからない。でも、リアムが魅力的なのはわかるよ。あいつは強くて優しいし、親切だから。好きになるのは無理ないよね」
ティアナの頬に涙が流れ落ちるのを見て、私は少しだけ彼女に共感する気持ちを抱いた。
リアムのことを好きになるのは理解できる。
「リアムはいい奴だから、こんなことさえしなければ、きっと友達としてもいい関係が築けると思うよ。ティアナはかわいいし、自分の気持ちをまっすぐに表現できるのも、少し羨ましいな。でも…」
私はティアナの目を真っ直ぐに見つめた。
「でも、リアムの心や体をまた傷つけるようなことをしたら、私は絶対に許さない」
その言葉にティアナは驚いたように目を見開いたが、すぐにふふっと小さく笑った。
「あなたを敵に回すと、皇帝よりも怖そうね」
彼女はそう言いながら、少しずつ笑顔を取り戻していった。
その姿に私は少しホッとしながら、ティアナの肩に手を置いた。
「そうだね、私を敵に回さないでおいてくれたら嬉しいな」
その後、ティアナはもう一度族長との話し合いの場を設けてくれた。
リアムも目を覚まし、少し緊張した表情を浮かべていたが、私たちは再び族長の前に集まった。
昨日と同じように、族長は真剣な眼差しで私たちを見つめていた。
「昨日も伝えたように、我々リルハーネ族は皇帝を敵に回すことはできない。あまりにもリスクが大きい」
と族長は落ち着いた声で言った。
その言葉にティアナが口を挟んだ。
「リルハーネ族が公式に協力するのは無理よね」
とティアナは同意しながらも、続けて
「でも、私が個人として、友人として協力するのはありでしょ!」
と言い放った。
族長は驚いたように目を見開き、
「もういい加減にしなさい!そうやって、リアムにまた近づくつもりなんだろう!リアムを襲うことは私が許さん!」
と声を荒げた。
しかし、ティアナは静かに首を横に振り、
「もう…さすがに諦めたわ」
と落ち着いた声で答えた。
そして族長をまっすぐ見つめ、
「お父様、私はこの人たちと友人になりたいの。リトに聞いたけど、リトの町には優秀な魔法使いがたくさんいるの。皇帝に知られないように魔法ゲートを作って、行き来もできるし、私は彼らのために協力したい」
と続けた。
族長はさらに驚いた顔をしてティアナを見つめ、
「リスクがあるのはわかっているのか?」
と問いかけた。
「大事なもののためにリスクを負う覚悟は必要よ。リアムだって、リスクを負って私たちを訪ねてきたんだから、私はその気持ちに応えたいの」
とティアナは真剣な表情で答えた。
ティアナの強い決意に心を動かされたのか、族長はしばらく黙って考え込んだ。
そしてようやく顔を上げ、
「考えてみよう…」
と静かに言った。
まだ完全な同意は得られていないが、ゲートを皇帝にばれないように設置し、リルハーネ族に危険が及ばないようにする方法を慎重に話し合うことが決まった。
次回は、ルーカスを連れてきて詳細な交渉をすることで合意が取れた。
私とリアムはエルドラに一度帰ることになった。
帰る準備をしているとき、リアムが突然ティアナの元へと走っていった。
「ティアナ、本当にありがとう。次は友人として会いに来るよ」
とリアムはティアナの手を握りしめて言った。
ティアナの目には涙が溢れ、声を震わせながら
「ありがとう。リアム、今までごめんね。待ってるね」
と答えた。
彼女の顔には、涙とともに少しの笑顔が浮かんでいた。
リアムとティアナがようやく和解の一歩を踏み出せたことが嬉しくて、私は心の中で安堵の息を吐いた。
今度来るときは、もっと穏やかな気持ちで再会できるはずだ。
リアムのトラウマも少しは解消できたらいいな。
リルハーネ族の村を出た後、リアムは急に
「ところで…、俺って魅力的なんだな。俺って、強くて優しいし?親切だし?好きになるのは理解できるんだな、リトは!」
と、言い出した。
「…あ!ちょっと!!聞いてたの!?あんた寝てたよね!?」
「俺が人の気配で起きない訳ないだろうが。…でも、しびれたなー。リアムの心や体をまた傷つけるようなことをしたら、私は絶対に許さないって、セリフ…!」
と言って、ニヤニヤするリアム。
こいつ…。
やっぱり腹立つな…。
ティアナにくれてやれば良かった!!
「…そうやって、すぐ人の事からかうなら、助けてやんないからね!」
と私が怒って言うと、リアムは私の事を突然抱きしめた。
「ちょっ、ちょっと何!?」
「からかってない。リト、ありがとう。」
私を力強く、でも大事に抱きしめるリアム。
リアムが私に心から感謝しているのが伝わった。
「ふふっ。リアムって、なんかでかいのに、たまにかわいいよね。」
私は、急にリアムの事が可愛くなってしまい、笑ってしまった。
リアムだけど、ルナウルフの習性がしっかりあるのだろう。
本当に主人に懐く犬のように思える時がある。
…って言ったらリアムは怒るかな?
しっかりリアムの感謝を受け取り、二人でカイルの待つ入り江へと歩きだした。
シャドウフォレストに来た時は暗い顔をしていたのに、今のリアムの表情は、明るくなっていた。
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