第24話 公爵の苛立ち

公爵家の屋敷は、ここ数か月、まるで嵐のような日々が続いていた。

アルヴェリア王国の有力貴族であるエドワード・ヴァレンティン公爵の屋敷は、普段ならば威厳と品位が漂う場所だったが、今では緊張感と不安に包まれていた。


公爵の書斎からは、しばしば大声で怒鳴る声が響き、使用人たちはその声を聞くたびに身を縮めた。

公爵はリトの失踪以来、苛立ちを隠すことができず、使用人や家族に当たり散らしていたのだ。


「リトはどこだ! あの娘がいないと、すべてが台無しだ!」

エドワード公爵は机を叩きながら怒鳴りつけた。

彼の顔は蒼白で、その目は血走っていた。

公爵の苛立ちは、彼の野心と計画が狂い始めたことに起因していた。


リトは、皇帝の息子との婚約話が進んでいたが、約束の日が近づくにつれてその姿を消してしまった。

エドワード公爵にとって、この婚約は自分の地位を一層強固なものにするための重要な一手だった。

皇帝との繋がりを深めることで、アルヴェリア王国内での権力争いにも優位に立つことができる。

だが、リトがいなければ、その計画は水の泡となる。


「何としてでも、リトを探し出すのだ!」

エドワード公爵は侍従長に厳命した。

侍德長は深々と頭を下げると、すぐに捜索隊を編成し、城の周囲から遠く離れた村々までリトの行方を追った。

しかし、どこにも彼女の手がかりは見つからなかった。


使用人たちも、常に公爵の機嫌を伺いながら仕事をしなければならず、屋敷の雰囲気は重苦しいものとなった。

公爵の妻や子供たちも、日々の生活が一変し、公爵の苛立ちに怯えながら過ごしていた。

特に公爵夫人は、エドワード公爵が何かにつけてリトのことを口にするたびに、苦々しい表情を浮かべていた。


「リトのせいで、私たちがどれほど苦しんでいるか、公爵様は気づいているのかしら」

公爵夫人は、そう呟くと、息子のレオナードと娘たちを見つめた。

家族の間でも、リトの存在はいつしか暗黙の話題となっていた。


リトが失踪してから4か月が経った頃、エドワード公爵はついに皇帝のもとへと呼び出された。

エンペリアの宮殿に足を運び、皇帝の前にひざまずく公爵の姿は、いつも以上に緊張して見えた。


「ヴァレンティン公爵、貴殿の娘のリトはどこにいるのだ?」

皇帝は冷たく問いかけた。

その声には苛立ちが滲んでおり、公爵の心臓は早鐘のように打ち始めた。


「陛下、申し訳ございません。リトは突然姿を消してしまい、いまだ見つかっておりません。しかし、必ずや捜し出し、陛下のご命令に従わせます」

エドワード公爵は必死に答えた。


「期限は既に過ぎているのだぞ、公爵。貴殿の娘が見つからなければ、代わりに他の娘を差し出すようにという話もあったが…」

皇帝は、公爵の背後に立つ彼の長女と次女を見やり、その表情は変わらなかった。

「醜い…。」

その一言で、彼女たちは顔を真っ赤にしてうつむいた。


「リトを連れてこなければ、爵位を剥奪する。ヴァレンティン家の未来も危うくなることを忘れるな」

皇帝の言葉に、エドワード公爵の背筋が冷たくなった。

自分の地位が危ういだけでなく、家族の未来も暗転することを考えたら、焦燥感がさらに強まった。


エンペリアの宮殿から戻ったエドワード公爵は、さらに捜索の手を強めた。

町中に探し屋を雇い、リトに関する情報があれば大金を支払うと触れ回った。

だが、リトの行方は相変わらずわからないままだった。


そんなある日、公爵に新たな知らせがもたらされた。

シルヴァリス王国の港町アクアラインで、カイルたち海賊が12歳の少女を探しているという噂が広まっているというのだ。

この情報を聞いたエドワード公爵は、すぐさま部下を派遣し、カイルたちの動きを探らせた。


「もしや、リトを誘拐したのはあの海賊たちか?」

エドワード公爵は疑念を抱きつつも、いまはどんな手がかりでも欲しかった。

皇帝から命じられた期限までにリトを見つけ出さなければ、爵位はもちろんのこと、ヴァレンティン家そのものが危機に瀕する。


エドワード公爵は、家族にも使用人にも苛立ちをぶつけ続けた。

妻や子供たちがどんなに怯え、苦しんでいようとも、彼の頭の中にはリトのことしかなかった。

リトさえ見つけ出せば、すべてが元通りになる、そう信じてやまなかった。

「シルヴァリス王国へ向かう!直ちにカスパー・シルヴァリス王に連絡を取れ!!」




一方で、エドワード公爵の動きを監視しているアルヴェリア王、フェリクス・アルヴェリアも、リトの失踪に対するエドワード公爵の苛立ちと焦りを見逃していなかった。

フェリクス王は、公爵の行動を逐一報告させ、公爵家の内部の問題が王国全体に悪影響を及ぼさないように気を配っていた。


「ヴァレンティン公爵がリトを探し出せないままならば、アルヴェリア王国の立場も危うくなる。何としても、公爵の問題を解決させなければ…」

フェリクス王は側近にそう告げ、公爵家の行動に目を光らせるよう命じた。


アルヴェリア王国の未来と、リトの行方をめぐる問題は、ますます混迷の度を深めていった。

そして、その影には皇帝の冷酷な命令が、ますます重くのしかかっていた。

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