第5話  昨日の敵は今日の友達

宿屋で一夜を過ごした私は、翌朝、体の疲れがいくらか取れたので、街に出て変装する道具を買うことにした。


背中まである髪の毛をお団子にしてみると、少しお嬢様感が薄くなる。

あとは、洋服だな。

私は家出をした時に、乗馬用の一番地味な服を着てきた。

でも、やっぱり高級な服だと少し見たらわかってしまう。


本当は、ジャージみたいなものが良かったんだけど、そんな感じのものは公爵家の令嬢が着るものとして置いてあるわけがなかった。


お母様が死んでしまった後も、私はあの離れに住み続けたが、公爵は私の教育のためにきれいなドレスをたくさん用意していた。

本当は公爵家に住まわせるつもりだったようだが、公爵夫人と二人の娘たちに猛反対されたらしい。


私にとっても願ったり叶ったりだったんだけどね。

あのドレス一着くらい持ってくればよかったなー。

高く売れたかも。


変装の道具と言っても、服装などでカバーするしかないと思ったので、とりあえず、着るものが売っている店に行ってみた。


女物の売っている店は、ドレスばかり置いてあったのでスルー。


次に男物が売っている店をのぞいてみたが…、

私が着れるようなものは、見当たらない。


なんか、フードがついてる、パーカーみたいなのないかな…。

ジャージがベストだけど、ないしなぁ。


そんな感じで歩いていると、ジャンクショップのような店を見つけた。

ちょっと覗いてみてみると、中古の品がたくさんあって、どれもけっこう年季が入ったものばかりだった。


でも、その中に…、ちらりと見えているあれは…!

「あった…!」

私は思わず口に出してしまった。


今は魔法使い人口が減り、需要がなくなった魔法使い用ローブが、乱雑に置かれた服の山の中から半分見えていた。

色も茶色で、なんとも言えないボロボロ感が、今はいい!!

私はそのローブを服の山から取り出して、隅っこの古い椅子に腰掛け、酒を飲みながら新聞を読んでいるおばさんに持って行った。


「あの、これ、いくらですか?」

私が聞くと、

「えー?あー…、コレ?あんたこんなボロ買ってどうすんのさ」

と、けらけら笑い、500銅だ言った。

500銅は、日本円でいうと、約500円。


激安!!


私はすぐにお金を支払い、私が今着ている乗馬服を買い取ってくれないかと交渉してみた。

こんなの着ていたら、見つかる確率高くなるし、他に着るものがあれば荷物になるからいらない。


「この服かい…?ありゃ…これって、かなりいいものじゃないか?…そうさね…これなら30銀…くらいなら買ってやってもいいよ」

そのおばさんは、そう言いながら悪そうな顔をしていた。


3万円か。

きっと、もっと高い値で買い取っても良い代物なのだろう。


まぁ、いいけど。


「その値で売ります。その代わり、中に着る服と手袋、あと、短剣ももらって行っていいですか?ただで。」

と、私が言ったので、おばさんはきょとんとした顔をした後、笑い出した。

「いいよいいよ。好きなの持っていきな!あんた意外とちゃっかりしてるね!」

おばさんは、私の体に合うものを見繕ってくれたので、私は着ていた乗馬服をおばさんに渡した。


「あんた、気を付けなよ。旅のもんには色んな事情がある奴が多いけど、女の子の一人旅は危険がつきものだ。」

おばさんは、私を気に入ってくれたようで、心配ついでに情報をくれた。

私が魔法を少し使える事話すと、魔法使いが集まる街があるという事を教えてくれた。


「ここから60キロほど離れたエルマギアに行くといい。魔法使い用のギルドもあるから、あんたには向いてるかもしれないよ」

おばあさんは、私に50銀を渡して言った。


「あれ?30銀じゃ…」

「あんたも気づいてるだろう。この服は軽くその10倍はする代物だ。まぁ、私もラッキーな買い物をしたいから、ちょっと上乗せするくらいしかしないけどさ。」

おばさんは、もう一度大きく笑って、

「気を付けて行きなよ!」

と、手を振って見送ってくれた。


なんか…、心がほんわかした。

こういう人との温かい交流っていつぶりだろう。


がめついおばさんだと思ったけど、なんかいい人で良かった。


「これで少しは目立たなくなるかな…」

私は、ちょっとボロボロの茶色フード付きのローブを眺めながら、独り言を呟いた。

さっきの格好よりは、地味でさりげなくボロでいい感じだと思う。


よし!

幸先いいぞ!!


お金も少し入ったし。


街の市場は賑やかで、人々の活気に満ちていた。

行き交う人々の中で、私は自分の存在が浮いているような気がしたが、それでも新しい(古いけど)服を着て、少しだけ安心感を覚えた。


でも、少し歩いていると、いくつかの怪しげな視線が私に向けられていることに気づいた。

特に、数人の粗野な男たちが私を見つめ、ひそひそと話し合っているのが見えた。


「まずいな…」

私は警戒しながら周囲を見回し、すぐに彼らの視線から逃れるための方法を考えた。

視線を避けるようにして、細い路地を選んで進むことにした。


「とにかく、人混みから離れよう…」

私は、街の賑わいから少し離れた場所へ向かうことにした。


先ほどの男たちから逃れるように移動し、街の外れに差し掛かった時、背後から足音が近づいてくるのを感じた。

振り返ると、あの男たちがこちらに向かって歩いてきていた。


やばい…。

うまく巻いたつもりだったけど、バレていた…。


「やあ、お嬢さん。一人かい?」

一人の男が不敵な笑みを浮かべながら近づいてきた。


「何の用ですか?」

私は警戒しながら答えた。


「ちょっと遊ばないか?お前みたいなかわいい子が一人でいるなんて、危ないだろう?」

別の男が下卑た笑いを浮かべた。


「大丈夫です。一人で平気ですから。」

私は冷たく答え、早足でその場を離れようとした。


だが、男たちは私の周りを囲むようにして進路を遮った。


「そんなこと言わずに、俺たちと一緒に来なよ。」

最初に話しかけてきた男が私の腕を掴んだ。


私は攻撃魔法を使おうとした。


あれ…。

どうして…?


魔法が使えない…!!


「大人しくしろ!」

男が私の腕を強く引っ張り、私はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。


「助けて!」

私は必死に叫んだが、周囲には誰もいなかった。


手を前に出して、深呼吸をして、炎をイメージする。


だめだ…。

全く魔法が使えない。

一体どうして…?


男たちは私を取り囲み、冷たい笑みを浮かべながら私を見下ろした。


「この娘を奴隷商人に売れば、いい金になるだろう。」

一人の男が仲間に言った。


「確かに、高値がつきそうだな。」

別の男が頷いた。


「やめて…!」

私は必死に抵抗しようとしたが、男たちの力に押さえつけられ、動けなかった。


その時、一人の男が私の顔を見つめ、汚い歯をむき出しにして、にやりと笑った。


「おい、こんな上玉、なかなかいないぜ。奴隷にするのもいいが、この娘を特別な客に売れば、さらに高値がつく。」

男は私をじっと見つめながら言った。


「なるほどな。」

仲間の男たちが同意した。


なんなのよ、特別な客って!

気持ち悪い!!

だいたい私は年上に見られるけど、12歳だぞ!

もーーー!

どうしてこんな時に魔法が使えないの!?


私は、恐怖でどうにかなりそうだったが、一瞬の隙をついて逃げようとした。

次の瞬間、男の一人が私の頭を殴り、視界がぼやけた。

呼吸が乱れ、混乱する。


「もう逃げられないぞ。」

と、男の中の一人がそういうと、他の男たちも口笛を吹いている。


私は口をふさがれ声も出せず、手も押さえつけられていたので身動きも取れない。


もうやだ…。

なんでこんな目に…。


絶体絶命。


その時、突然、森の奥から銀色の影が飛び出してきた。


「何だ!?狼だ!」

男たちが驚き、慌てて後退した。


銀色の狼が唸り声を上げ、私と男たちの間に立ちはだかった。

狼の険しい表情は男達に向けられている。


「狼…?昨日の?」

私は信じられない思いでその光景を見つめた。


狼は男たちに向かって低く唸り声を上げ、その威圧感に男たちは怯えた様子で後退した。


「くそっ、こんなところで狼に遭遇するなんて!」

一人の男が叫び、武器を構えた。


だが、狼は素早く動き、男の武器を弾き飛ばした。

そして、その鋭い牙で男の腕に噛みついた。


「ぎゃあああ!」

男は悲鳴を上げ、地面に倒れ込んだ。


他の男たちも狼の攻撃に恐れをなし、一斉に逃げ出した。


狼はしばらくの間、私を見つめていた。

その瞳には冷たさではなく、どこか慈悲深いものを感じた。


助けて…くれたの?


「ありがとう…」

私は涙を流しながら狼に感謝の言葉を口にした。


狼は一度軽く頷くように見えた後、

背中をこちらに向けた。


「なに…?」

私は立ち上がり、狼の背中に触れた。


狼は振り返り、私の目を見つめた。

私はその優しさと強さに安心感を覚えた。


狼は再び頷くように見え、そのまま私の前に伏せた。


「乗って…いいの?」

私は、恐る恐る狼の背中に乗った。


狼は私を背に乗せると、素早く森の中を駆け抜け始めた。

風が顔に当たり、木々の間を縫うように進んだ。


気持ちいい…。


しばらくして、狼は先程とは違う町の入口にたどり着いた。

エルマギアではないが、公爵家からさらに遠く離れたことに安心してまた宿を取れる。


私はその背中から降り、感謝の気持ちを込めて狼に触れた。


「本当に…ありがとう。」

私は、狼の目をじっと見て、心の底から感謝をした。


狼は優しく私の手を舐め、その後、私の顔に鼻を寄せてきた。


私は狼にぎゅうっと抱きついてしまったが、狼は黙って抱きついたままにさせてくれた。


「また、会えるよね」

私は狼にそう言って別れた。


そして、次の日。


町から出ようとすると…、びっくりした。

「え??私の事待ってたの??」


狼がしっぽを振って私を待っていたのだ。


どうやら、私はこの狼に懐かれたらしい。

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