第4話 銀色の狼との遭遇

公爵家から離れて初めて、私は自由の重さと不安を感じた。

道の先には何が待っているのか分からない。

しかし、私はもう戻るつもりはなかった。


森の中を進むと、夜の静けさが一層際立った。

風に揺れる木の葉の音や、遠くで鳴くフクロウの声が響く。

その静けさが逆に不安を煽る。

私はしっかりと荷物を握りしめながら、道を見失わないように進んでいった。


ここからは自分の力で生き抜かなければならない…。

私は自分に言い聞かせた。


大丈夫。

私には魔法がある。

今は魔力がまだ少ないが、これからもう一度修行をしていこう。


うん…。

魔法があるから、大丈夫。

私には、魔法が…。


って、魔法が使えても、お化けが出そうで怖いものは怖いんだよーーーー!!

フクロウみたいなやつ!!

不気味だから、鳴くな!!


しばらく進んだところで、急に足元の小石につまずき、バランスを崩した。


「きゃっ!」

私は声を上げ、地面に倒れ込んだ。

膝と手のひらに痛みが走る。


もう…、私のドジ!!

なんでこんなところで転ぶかな…。


回復魔法は、あまり得意じゃないけど、なんとか回復する。


なんか、泣きたくなってきた…。


こんなことで、早々にくじけている自分が情けなくてくやしくて、泣きそうになった。


「お母さん…」

そうつぶやくと、涙がこぼれた。


弱くても、惨めでも、私にとっては最愛の母だった。

魂には別の記憶があっても、今のこの体は母の温もりを求めていた。


でも、もういない。

みんな死んでしまった…。


私は大好きな人の死を、何度経験すればいいのだろうか…。


涙をぬぐい、立ち上がって服の汚れを払い落とし、再び歩き始めると、何かが背後からこちらを見ている気配を感じた。


「誰かいるの…?」

振り返ると、そこには何もなかった。

月明かりに照らされた静かな森が広がるだけだった。


しばらく黙って動かずに様子を見るが、夜の森の音以外は特に何も聞こえない。


「気のせいか…」

私は首を振り、再び歩き始めた。

だが、その不安な気配は消えることなく、私の後をついてくるようだった。


しばらくして、私は突然立ち止まった。

森の奥から低いうなり声が聞こえてきた。

胸の鼓動が一気に早くなる。

視線を向けると、暗闇の中で一対の輝く瞳がこちらを見つめていた。


「…誰?」

私は声を絞り出し、その瞳の正体を確かめようとした。

すると、瞳の持ち主がゆっくりと姿を現した。


そこに立っていたのは、一匹の銀色の狼だった。

月明かりを受けて、その毛並みが美しく輝いている。

鋭い牙が月光に反射し、瞳には冷たい光が宿っていた。


「狼…」

私は息を呑んだ。

こんな夜更けに森の中で狼に遭遇するとは思ってもみなかった。


狼は低く唸り声を上げ、警戒心を露わにしている。

私は恐怖で足がすくんだが、ここで逃げては無駄だと悟った。


「落ち着いて…」

私は自分に言い聞かせながら、ゆっくりと後退した。

だが、狼は一歩ずつ私に近づいてくる。


なんなのよ…!!

この狼!!

私なんか食べても美味しくないわよ!!!


「お願い、近づかないで…」

私は祈るように呟いた。


手を前に出し、攻撃魔法を出そうと思ったが、どうしてかまったく魔力が溜まらない。

焦れば焦るほど、魔法が出てこない。


どうして!?

こんなところで狼に食べられて私の人生は終わるの?


昔、リアムに怒られた事がある。

「焦るとお前は呼吸を忘れるんだよ。呼吸を止めるんじゃない!」


そうだ…!

呼吸!

息を吸って…、吐いて…。


だめだ!

うまく呼吸ができない…!!


私は過呼吸のように、ハッハッと短く呼吸をするしかできなくなっていた。


狼は止まらず、その距離を縮めてきた。


仕方ない…!

こうなったらいちかばちか木の枝で攻撃してやる!!


私は、足元にあった木の棒を取ろうとした。


その瞬間、狼が飛びかかってきた。

鋭い爪が私の肩を掠め、私は痛みに悲鳴を上げた。


「やめて!」

私は必死に抵抗し、魔法を発動させようとした。

なんとか炎の魔法が使えたのだが、狼の動きは素早く、私の魔法は空振りに終わった。


「このままじゃ…」

私は焦りながら、なんとか狼から距離を取ろうとした。


その時、何かが変わった。

狼が急に動きを止め、私を見つめるその瞳に、何か懐かしさが宿ったように感じた。


「どうしたの…?」

私は恐る恐る尋ねたが、もちろん狼が答えるわけもなかった。


狼はしばらく私を見つめた後、低く唸り声を上げて後退し始めた。

そして、そのまま森の奥へと姿を消していった。


「何だったの…」

私は肩の痛みを感じながら、その場に崩れ落ちた。

狼が突然攻撃をやめて逃げていった理由が分からなかったが、そのおかげで命拾いしたのは確かだった。


肩の傷を確認しながら、私はその場に座り込んだ。

痛みはあったが、命に別状はなさそうだった。

肩の痛みをこらえながら、私は再び歩き始めた。


とにかく、森を抜けたかった。


その夜、私は何とか森を抜け出し、次の街へと向かう道を見つけた。


私はようやく深呼吸ができるようになり、肩の傷に回復魔法をかけた。


このままじゃだめだ。

魔法の修行をもう一度いちからやり直そう。


自分の身は自分で守るしかないのだと、思い知った。


そのまま歩き続けていると街の明かりが遠くに見え、その光が希望のように感じられた。


「もう一度、大賢者になってやる。自分の力で未来を切り開くんだ。」

私はそう自分に言い聞かせながら、暗闇の中を進んでいった。


翌朝、街の入口にたどり着いた私は、宿屋を見つけて休息を取ることにした。

肩の傷は治ってはいたが、なんとなく痛むような感覚があり昨夜の出来事を思い返していた。


「銀色の狼…なんで急に私を襲うのをやめたんだろう…」

私は疑問に思っていたが、答えなんて出ない。

考えるのが面倒くさくなり、そのまま少し固くてカビくさいベットに横になった。


お金に限りはあるが、しばらくは困らない分はある。


でも、贅沢はできないな。

落ち着いたら、冒険ギルドにでも行ってみるかな。


200年前もギルドはあった。

その時は冒険者ギルドだけだったが、今は職業別ギルド、商業ギルドというものもあるらしかった。

本で読んだこと、公爵家で家庭教師から学んだこと、外の世界と頻繁に出入りがある商人にも話を聞いたことが、今になって本当に役に立つ。


少し大きな町だとギルドは必ずあるので、この町にもあるだろう。

うーん…、でもなぁ…。

公爵家が出入りしている町からは、大分離れた場所だけど、私が家出したってバレたら、この辺にも探しに来るかもしれない。

もう少し遠くの町まで行ってから、生活の基盤を作った方がいいかも。


皇帝の息子に嫁ぐはずの私が逃げ出したとなれば、あの公爵も血眼になって私を探すはずだ。


絶対に捕まるもんか!!

皇帝に爵位ごとはく奪されればいいんだ、あんなやつら!


私の容姿は、顔だけは良い公爵と、姿も心もきれいな母の遺伝子が組み合わさり、自分で言うのもなんだが、かなり出来がいい。


白いけど健康的な肌に、公爵から受け継いだ金色の髪の色。

12歳だけど、大人びた顔立ちは、皇室から声がかかるのも頷ける。

ピンク色の目は大きく、唇はほんのり赤い。

手足も長く、すらっとしていて年齢よりも身長が高めだと思う。


うーん…、過去の自分は、「ザ☆日本人」みたいな感じだったから、生まれ変わってこの外見は、勝組だよなぁ。


そりゃ、前の自分も好きだったよ?

黒髪にセミロングで、日本人の平均身長ど真ん中だったけど、幼児体型。

でもそれがかわいいって、シエーナも言ってくれたもん!

シエーナは、ナイスバディだったから、

「同じ女とは思えねーー!!」

と、いつかリアムにからかわれたっけ…。


思い出しても、失礼な奴だったな、あいつ。


とにかく、このままだと目立ちすぎる。

まずは変装とかを考えた方がよさそうだ。


私はベットに今の所持金を乱雑に出し、これからの行動について考えることにした。

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