第3話 母の死、そして家出を決意した私。

私は母と一緒に過ごせる時間が好きだった。

母は優しくて、美しくて、どんなに辛い時もいつも私に微笑んでくれた。


「リト、あなたはとても賢い子よ。」

母はそう言いながら、私に読み書きを教えた。

その時私は1歳半。

普通に考えて、文字の読み書きはできないと思う。

でも、少しでもできると母は本当に喜んでくれたので、私はたどたどしい演技をしながら、読み書きを教わった。


深い愛情ではあったけど、それが公爵の気をこちらに向けるためのものだということもわかっていた。


なんだか、それが痛々しい時もあった。

母は、精神をかなり病んでいたのだ。


私が5歳の時、母の思惑通り、公爵は私の美しさと聡明さに目を留め、他の子供たちよりも優れた教育を受けさせることを決めた。

私はその教育を貪欲に吸収し、次第に知識を蓄えていった。



でも、公爵の興味は私で、母に対してではなかった。

やせ細り、肌に艶がなくなった母に、公爵は目もくれなかった。


もう…、こん奴よりもいい男たくさんいるよ!!

自分の体にもこんな男の血が半分が入ってると思うと、寒気がする!!

まじ、サイッテーーの男だな!!


私は心の中で叫んでいたが、母は元々両親からもまともな愛情を与えてもらえていなかったのだ。

ダメ男に依存する、典型的な感じだった。


自己肯定感が低いってやつだな…。

こんなにいい人なのに。


それでも、母は公爵を一目見て、私に目をかけてくれるだけで嬉しいようだった。

私はそんな母を、不憫に思いながらも、とても愛していた。



そんな日々が続いていたある日、母が倒れた。

母の顔は青白く、体は冷たかった。


「お母さん、大丈夫?」

私は必死に母を揺り動かしたが、彼女の体は反応しなかった。


「リト…ごめんね…。お母さん、少し疲れちゃったの…」

母は弱々しく微笑んだ。その笑顔が痛々しくて、涙がこぼれた。


医者が呼ばれたが、母の命を救うことはできなかった。

彼女は私が11歳の時にこの世を去った。


「どうして…お母さん…どうして私を一人にしないで…」

私は泣きながら母の手を握りしめた。

その手は冷たく、生命の温もりは感じられなかった。


母を亡くしたことは、いくら私の魂年齢が高いとはいえ、ものすごくショックな事だった。


母の葬儀の日、冷たい風が吹きすさぶ中、私は一人で墓前に立っていた。

母の遺体は美しい白い棺に納められ、その顔は安らかな表情を浮かべていた。


「お母さん、お願い…戻ってきて…」

私は涙で視界がぼやける中、母に祈り続けた。

でも、母は答えてくれなかった。



母を失った後、私はますます勉強に没頭した。

黙ってると泣きそうになるから、私は一心不乱に努力を続けた。


公爵家の本家に住む公爵夫人には、長男18歳、長女16歳、次女14歳がいた。

彼らはみんな意地悪で、頭も悪かった。

特に長男のレオナードは私にいやらしい目を向け、体を触ろうとしてくることがあった。


12歳になったある日、私は庭で読書をしていると、レオナードが近づいてきた。


「リト、君は本当に美しいね。ちょっとこっちに来てくれないか?」

レオナードは不自然に笑いながら言った。


「何ですか?」

私は警戒しながら答えたが、彼は私の腕を強く引っ張った。


「そんなに怯えないでよ。ただ、君と少し遊びたかっただけだよ。」

レオナードは私の顔に手を伸ばし、頬を撫でた。


気持ち悪い!!!

ニキビ面が私にせまる。

吐き気がする!

公爵は顔がいいのに、子ども達は公爵夫人に似てあまり顔の出来が良くなかった。


鼻が大きく上を向き、目がぎょろりと大きいが均整がとれていない感じ。

べったりとつけた頭につけた油は何なんだ!

くさい!


「やめてください!」

私は力を振り絞って彼の手を振り払ったが、彼はさらに強く迫ってきた。


「いいじゃないか。誰も見てないし…。お母さんが死んで寂しいんだろう?俺が慰めてやるから、な?」

レオナードの手が私の腰に回り、その不快な感触に鳥肌が立った。


その時、私は瞬時に魔法を発動させた。

レオナードの手が私から離れ、彼は驚いた表情で後ずさりした。

「なんだ、これは…!」

彼は怯えた様子で私を見つめた。


「もう二度と私に触らないで!」

私は強い口調で言い放ち、彼の前から立ち去った。


長女のアナベルと次女のベアトリスも私を嫌っていた。

昔から彼女たちは常に私を嘲笑し、嫌がらせをしてきた。


「リト、あなたは私たちとは違うのよ。わかってる?」

アナベルは冷笑を浮かべて言った。

「そうよ。あなたなんかと一緒にいるのは本当に耐えられないわ。親が死んだんだから、出て行けばいいのに!」

ベアトリスも同調した。


ああ、そうかい。

なら近寄らなければいいのに。

こちらもあなた達と同じ血が流れているなんて思いたくないし。


私は気にしないように努めたが、母がいなくなって誰一人味方がいない状態の生活で、落ち込む時もあった。

寂しくて、涙が止まらない夜もあった。


それでも、亡き母のために耐え続けた。


母と過ごしたこの場所で、母が眠るこの場所で、私は大人になるもう少し耐える事にしたのだ。



でも、私のその決心は、ある日の公爵の言葉でいとも簡単に覆った。


公爵が私に、婚約の話を持ちかけてきたのだ。

しかも、相手は…。


「リト、お前に良い話がある。皇帝の息子の元に嫁ぐことになった。」

公爵は嬉しそうに言った。


「え…何を言ってるの?」

私は驚きと嫌悪感で声を震わせた。


「皇帝の息子だぞ。お前の将来は安泰だ。」

公爵は私の反応を気にも留めずに続けた。


「嫌だ!そんなの絶対に嫌!」

私は叫んだ。


「黙れ!これは家の名誉に関わることだ!」

公爵は怒鳴った。


「嫌だ…絶対に嫌だ…」

私は震える声で呟き、公爵の部屋から走って逃げだした。


ランドルの子孫と結婚することは、私にとって到底受け入れられないことだった。

彼への憎しみと復讐の念が再び燃え上がった。


ランドルの子孫を私がさらに繁栄させるなんて考えたら、死んだ方がましとさえ思う。


その夜、私は決意を固めた。


ここから出よう…。

家出をするしかない。


母が守ってくれたこの家を離れることは悲しかったが、自分の未来を切り開くためには必要なことだった。


私は部屋の中を見回し、必要最低限の荷物をまとめた。

母が眠る墓地に行き、少し長い間お祈りをした後、母の形見のペンダントを握りしめ、深夜の闇に紛れて屋敷を抜け出した。


外の世界は未知であり、危険が伴うことは分かっていたが、それでも私は、もうこれ以上ここにいるのは無理だ。


一瞬、ランドルの子孫と婚約をして、復讐を遂げようかとも考えたが、あれから200年が経った今、本当にそれが正解なのかは、今の私には判断ができない。


庭園を抜け、小道を進み、城の外に出た。

月明かりが私の道を照らしていた。


外の世界は広大で、生まれ変わった私には未知の場所だった。

街の明かりが遠くに見える。

その明かりを目指して、私は歩き続けた。


公爵家を抜けて歩いて行きさらに、石畳の道を進む。

道の両側には古びた木々が並び、その葉は風に揺れて静かな音を立てていた。

私の心臓は早鐘のように打ち、手足は冷たく震えていた。


「これからどうする…」

私は自問自答しながら、足を前に進めた。

母の死と公爵の冷酷な決断が私を突き動かしていた。

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