第43話屋上にて
体育館を出た俺が向かったのは屋上だった。
彩亜に関する情報は外に出たということだけだったが、彼女が向かうところには大体目星がついている。確信はできなかったが、なんとなく彼女はそこにいる気がして、俺は足を早める。
そして辿り着いた南校舎屋上。初めて彼女と出会った場所だ。そこに彼女の姿はあった。
手すりに寄りかかっている彼女は俺の姿を見ると、彩亜はからかう様な口調で言った。
「遅い」
「別に呼んでないじゃないですか…」
「私が一人になったらいつでも駆けつけなさいってあれほど言ったでしょう?」
確かに言われたことだが、それは前世の話。いきなり引き合いに出されても反応に困る。
「…それも前世の話っすか?」
できるだけ気だるげな表情を演じながら俺は問いかける。彩亜は遠い目で空を見上げた。
「…そうだったわね。気が遠くなる程昔の話だったわ」
昔を思い出して懐かしむ彩亜の様子を見ると、妙な寂しさを感じた。彼女はすぐそこにいるというのに、なぜか遠くにいるように感じてしまう。
年月で言えば前世を合わせても長く生きているのは彼女の方。時間的な距離からか、その寂しさは決して誤魔化せるものではなかった。
俺は彩亜の隣へと移動して同じく手すりにより掛かる。屋上からは先程までいた体育館がよく見えた。
彩亜は自らがっ被っていた王冠の被り物を手でプランプランさせながら体育館の方を見やった。
「元王族の私に王冠だなんて、不敬罪も良いところだとは思わない?」
「いいじゃないっすか。勝った時ぐらい、みんな祝いたいんですよ」
ふふっと軽く笑ってから彩亜は安堵の様子を見せた。
「…終わったわね」
「…そうっすね」
「たった数週間の出来事だったのに、なんだか長く感じたわ。あの小娘の喧嘩を勝ってから、真紀を呼んで、紅蓮と連夜を味方につけて、それこそ貴方と再会できたのもつい最近だものね」
そう言われてみると、実に濃密な数週間だった。
彩亜と出会ってから、俺の生活も、人間関係も、想いも変わった。相変わらず俺はこの人に振り回されてばかりだが、今はこの目まぐるしい忙しさが楽しく感じてたりする。
人生ってのはよく分からないものだ。前世では苦手だった人が今は好ましく感じているのだから。
彩亜は再び空を見上げると、天に向かって指を指した。
「ねぇ見て。今日は星がよく見えるわ」
そう言われて見上げてみると、俺の視界に満点の星空が広がった。
「懐かしいわね。二人でよく星を見てたの。貴方は覚えてないのよね」
彩亜の言葉で俺は前世の記憶を掘り起こす。眠れない夜は無理やり呼び出されて彼女の天体観測につき合わされていた。
俺は星にはあまり詳しくなかったから、彼女からどの星座がどの方角にあるだとかを教わっていたのを覚えている。そして話疲れたらいつも眠ってしまって俺が部屋まで運ぶ羽目になったんだっけ。今思うとめちゃくちゃ信頼されてるな俺。
「…ねぇグレイ。今までいろんなことがあったけど、私の隣が貴方で良かったと思ってるわ。貴方以外に私を満足させてくれる人間なんて、この世どころかどの世界にもいないもの」
「…なんか告白みたいっすね」
冗談交じりで言ったつもりだった。しかし、いつまで経っても彼女からの返答が帰ってこない。不思議に思っていると、不意に彼女が呟いた。
「そうよ」
「はは、俺の勘違いっすy…え?」
その瞬間、思考が固まると同時に空に向けていた視線を彼女へと移す。気恥ずかしそうに俺から視線を逸らし、耳を赤く染めた彼女は自らの髪を弄りながら、らしくない態度を取った。
彩亜は息を吸ってから覚悟したように喋り始める。
「えぇ。グレイ、あの時貴方と離れてから何十年という時の中で膨らんだこの想いはもう隠しきれないわ」
まるでダムが決壊したかのように彩亜の口からは次々と言葉が溢れ出てくる。言い訳とも告白とも取れるその言葉に俺は激しく動揺していた。
彼女がこんなふうに自分の想いを他人に打ち明けることなんてごく稀だ。それだけに、多分この胸の高鳴りはきっと勘違いなんかじゃないはずだ。
「この世界でまた貴方に出会えて、こうしてまた二人で過ごすことができて…私、もう離れたくないのよ」
「えっと、それは…」
彩亜は既に吹っ切れている様子だった。もはや彼女が心の内を隠している様子などない。自らが溜め込んできたもの全てを俺に打ち明けようとしていた。
彼女の言葉を待つ間、俺の心臓の鼓動は加速していく。うるさいくらいに主張してくるその音は次第に俺を侵食してきた。
二人きりの屋上。邪魔をする者など、一人も存在しない。今この瞬間だけは、二人だけの世界だ。
「こんな私だけど、寄り添ってくれる貴方という存在が、私には必要なの。…自分で言うのもなんだけど、私は一人じゃなにもできないのよ」
彼女の弱々しい言葉に俺は思わず瞠目する。彼女が、あのサイアが俺を必要としていると自らの口で言ったことに俺は驚いていたのだ。
それと同時に、俺は安堵する。もう、隠す必要なんてないんだと。
次の言葉は案外するりと俺の口から出てきた。
「___そんなの、何十年も前から知ってますよ」
「…え」
俺の言葉に彩亜は目を見開いた。震えだした唇とともに彼女の瞳が潤んでいく。
たまには俺がトドメの一撃でも撃ってやろう。俺は彩亜の前に跪いて、潤んだ彼女の瞳を見上げた。
「お久しぶりですね、サイア様」
「貴方、記憶が無かったんじゃ…」
「…打ち明けるつもりは無かったのですけれどね。あんなに熱烈なアピールをされてしまっては、私も隠しておくわけにはいかないかなと」
数十年ぶりの口調に少し気恥ずかしさを感じながらも俺は彩亜の顔を見る。彼女は既に限界だったのか、彼女の頬を大粒の涙が伝っていた。
次の瞬間、俺の体は衝撃に襲われ、地べたへと倒れ込む。彩亜は俺を押し倒す形で俺に抱きついてきた。
「貴方…遅いのよ」
彼女の震えた声が俺の耳に響く。申し訳無さを感じると同時に、彼女が自分を認めてくれていたことが俺にとってはう嬉しかった。
「…すいません。こっちにも、迷いがあったんで」
「私がどれだけ探したと思ってるのよ…私の前で知らないフリするなんて、グレイのくせに生意気よ」
言葉はいつもの彼女だったが、声はいつもの彼女よりも弱々しい。
俺は彩亜を優しく抱きしめる。彩亜も俺を離さないと言わんばかりにぎゅっと抱きしめてきた。
「…もっと強く」
「…こうですか?」
「ダメ。もっと強く。壊れるぐらいに」
俺は目一杯の力で彩亜を抱きしめた。身も心も溶け合う程に密着し、触れ合う肌と肌から互いのぬくもりが伝わってきて体が熱くなってくる。
数分間抱きしめていると、不意に彩亜の顔が近づいてきた。彼女は艶のある唇を俺の唇に近づけてくる。俺は拒むことはなく、彼女に身を任せる。
数センチずつ近づいてくる唇に俺は瞼を閉じる。俺の口元にかかる彼女の吐息に俺の鼓動は更に加速する。触れ合った肌から伝わってくる彼女の心臓の鼓動と合わさり、どうにかなってしまいそうだった。
そして、俺の唇を柔らかい感覚が包んだ。俺の口元に落とされた一撃は、小さなリップ音と共に長い余韻を残していく。
彼女の口元で弧を描いた銀糸が俺と彩亜を繋いでいたことを誇示していた。
「好きよグレイ。おかしくなってしまいそうな程に」
「俺もっすよ」
精一杯の笑顔の彼女を見て、また俺も微笑む。
星が広がる夜空の下で、俺達は抱きしめあった。
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