第42話敗者

 七海に振り回されること小一時間。灰は七海をスイーツのテーブルに誘導し、注意をスイーツに向けたことで彼女の手から逃れることができた。

 開放されたと言っても特にすることはないため、人目のつかないギャラリーをフラフラしていると、連夜が一人で佇んでいるのが見えた。灰はそのまま彼の元へと向かう。

 連夜は灰が来たのを見て微笑んで手を振った。


「お疲れ様」


「一人か?お前なら引く手あまただろうに」


「あはは…ちょっと疲れちゃってさ」


 女子に囲まれていた彼もどうやら気疲れしたようで、このギャラリーにやってきたようだった。

 灰は連夜の隣に座り込むと、連夜が呟く。


「それにしても、まさかあんな大胆な告白をするとはね。水無月さんの肝はどうなってるんだろうね」


「…当事者としては裏でしてほしかった限りだけどね」


「いいじゃないか。あんなところで堂々と言えるだなんて、相当ご執着だよきっと」


 彼の表情はいつもどおりの柔らかな笑顔だったが、いつものような活力があるかと言うとそうではなかった。

 あのステージでの告白は実質的に連夜の恋の終幕を告げるものでもあった。今の彼の心境は流石の灰でも察することができる。


「正直、自分なら行けるかもって思ってた節はあったんだ。でも、現実は厳しいものだね。好きでもない人からは言い寄られるのに、好きな人には一切振り向いてもらえないんだから」


 その連夜の言葉を灰は黙って聞くしかなかった。自分はこの恋の勝者で、彼は敗者。勝者からの言葉など敗者には無用の長物であることを灰は知っている。


「あんまりアプローチできてなかった僕も悪いんだけど、灰くんが演説してるところを見てる水無月さんを見て思ったんだよ。これは無理だなって」


「…なんで?」


「顔に好きって書いてあった。それも前々からって。…君達この前出会ったばかりなんだよね?」


「そのはず…なんだけどね」


 曖昧な灰の返答に連夜はふっと柔らかく微笑んだ。


「じゃあ運命だね。僕が勝てるはずもない」


「イケメンでも運命には勝てないんだ?」


 突如として割り込んできた声に灰は肩を跳ねさせ、連夜は目を見開いた。二人の前には、ケーキを頬張る七海の姿があったからだ。

 全く気配を感じさせずに近寄ってきた七海を灰は心底嫌そうな表情で出迎えた。


「なにその顔。灰くんがどこか行っちゃうから探しに来たんじゃん」


「少しぐらい休ませてくれたっていいだろ。スイーツ食うなら一人で食え」


「まだ口移ししてないじゃん」


「寝言は寝て言え馬鹿が」


 甘いものを食べてすっかりいつもの調子に戻ってしまった七海に灰は呆れた様子だった。

 そんな葉にの態度など気にもとめず、七海はケーキを頬張る。一口、二口と行こうとしたところで、七海は自分の皿からケーキが消えていることに気づく。

 それと同時に、自分の隣でケーキを頬張る真紀の姿に気がついた。


「おいひぃでふね」


「勝手に食べないでよ!私のケーキ!」


「ケーキの一つや二つで騒がないでください。そんなんだから負けるんですよ」


「なっ、この…!」


 七海はフォークを振りかざすが、真紀はそれをヒョイと避ける。その後も追撃が亡発か飛んでくるが、真紀は難なく躱しきる。そして、灰の元へとやってきた。


「真紀、どうかしたのか?」


「灰様、先程彩亜様が外の空気を吸いたいと外に出ていきました。灰様を向かったほうがよろしいかと」


 真紀はいつもの調子で灰に言った。しかし、いつもよりも強い押しがあることを灰は感じていた。

 気まずそうに連夜に目線をすべらせると、連夜はふっと微笑む。


「行ってきなよ。きっと待ってるはずだ」


「…行ってくる」


 灰はゆっくりと立ち上がると足早にギャラリーを後にした。真紀と七海は彼の背中を見送る。


「あーあ、灰くん取られちゃった」


「…少しは邪魔しなくて良かったの?」


 連夜は七海に問いかける。七海は少しばかり連夜を睨みつけると、諦めたように話し始める。


「…私は灰くんを求めてる。でも、灰くんは彩亜ちゃんを求めてるし、彩亜ちゃんは灰くんを求めてる。私が付け入る隙なんてないんだもん」


「あっはは、僕と一緒だね」


「うるさいなぁ顔だけのくせに」


「う”っ冷たい…」


「顔だけだからそうなるのですよ連夜様」


「それ以上言わないで…」

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