第40話爆弾
「星導さん、ありがとうございました。続きまして、水無月さんの演説になります」
アナウンスで彩亜の名が呼ばれた。彩亜はふーっと一つ生きを吐くとその凛々しい目つきで壇上を見据える。勝負を前に彼女の中もボルテージも、会場のボルテージもマックスだ。
俺達も静かに彼女の背中を見守る。
「すいません、水無月さん」
一歩踏み出したところでとある声が彼女を呼び止めた。振り向くと、係員の生徒が一人、マイクを持って立っていた。
「壇上のマイクが接続不良とのことで、こちらのマイクを」
「…接続不良?」
俺は首をかしげる。先程の七海の演説ではそんな様子はなかった。それに、分かっていたのならもっと早く取り替えることだって、アナウンスに一時中断してもらって取り替えることだってできたはず。それなのに、なぜこのギリギリのタイミングで…?
「お待ち下さい」
怪訝そうに彩亜がマイクを取ろうとする手を、真紀が止める。そして係員の前に立つと、マイクを指さして言った。
「接続不良なのはそのマイクでは?」
「えっ」
「そのマイクの持ち手、黄色のテープが張ってあるでしょう?それは
動揺を見せた係員にここぞとばかりに真紀は切り込んでいく。
真紀が前日に設備点検を行っていた。万が一動作不良のものを束間された時にリズムが崩れるのを防ぐためだった。それが功を奏したのだ。
まさかバレるとは思っていなかったのか、係員は戸惑い始める。真紀は彩亜に壇上に行くように指示すると、係員を睨みつけた。
「私は優しい美少女ですので今回は不問にして差し上げます。ですが、次になにかしたときには、貴方の学生生活は…ね?」
「すっ、すいませんでしたぁぁぁぁぁぁっ!!!」
普段の掴みどころのない彼女おからは想像できないほどの気迫に係員は舞台袖から姿を消した。真紀はその様子を見届けると、はぁと一つ息を吐いた。
「…全く、ああいいう輩は一体何を考えているのでしょうか。完璧美少女の真紀ちゃんにバレないとでも?」
「完璧美少女って自分で言うんだ…多分七海が仕組んだことだ。とことん狡いことしてくるな」
対岸の七海に視線を向けると、『やるじゃん』とでも言いたげな顔をしていた。どこまで狡いんだよアイツは。
そんなことをしているうちに彩亜は壇上へと登った。七海のときほどではないが、拍手が出迎える。
多少のトラブルはあったが、 彼女がそれで動揺している様子はない。なにせ、あのサイア様だ。このぐらいのトラブルは幾度とだって俺と切り抜けてきた。もう慣れっこなのだろう。
「皆様、はじめまして。この度生徒会長に立候補した水無月彩亜です。よろしくお願い致します」
お辞儀から気品が感じられる彩亜の姿に観客の生徒達は見入っている様子だった。彼女を取り巻く魅力的な雰囲気は王族のそれだ。
前世で幼い頃から仕込まれていた作法は今も健在。遜色ない気品を演出している。
「私は、この学園をより良いものとするために立候補致しました。今回は三つの公約を皆様にお伝えしたいと思っております。先月転入してきたやつが何を、と思われている方も多いかと思われます。ですが、どうか最後まで耳を傾けてもらえるとありがたいです」
最初は腰を低めな話し方から始めるのが彩亜のやり方だ。前世とは人前といざ会って話してみたときのギャップでやられる奴が多かった。
「一つ目は自習室の設置です。私は友人からテスト前になると図書室も人がいっぱいで勉強する場所に困っている、という話をよく聞いております。実際、他方々もこの問題に悩んでいる事実があることに私は気づきました。そこで、私は空き教室を改修して自習室にすることを提案します」
自習室の設置は前々から出されていた案だ。
前期の生徒会ではそれ以上にやることが多く、手が届かなかった案だが、今季は空き教室の存在に目をつけたことから実現できる内容になっている。生徒達の願望でもあったことから、観客席の生徒達も良い反応をしている。
「二つ目はトレーニングルームの器具の新調です。我が学園のトレーニングルームはどの部活でも視線すれば使用可能で、器具の種類も豊富なものとなっていますが、最近は器具の老朽化が進んでいます。トレーニングの中で動作不良などを起こしてしまえば、怪我につながることでしょう。そこで、私は生徒会予算での器具の新調を提唱します」
客席からちらほらと声が聞こえる。『いい案』だとか、『生徒会予算でいいのか?』など、新調の案に喜ぶ運動部の奴らの声と、生徒会の予算の使い方についての疑問の声が入り混じっている。
彩亜はそんな疑問に答えるように続ける。
「生徒会は学園を運営するのは勿論、生徒の安全を守るというのも役目だと私は心得ております。故に、私はこの案に予算を使うことは正しい使用方法だと考えております」
「確かに…」
「生徒を守るのが役目…なんていい言葉!」
観客の生徒の方も関心した様子だ。先程までは完全に七海一色のムードだったが、少しずつ彩亜の方にも関心が傾き始めている。
そこで叩き込むように彩亜は三つ目の公約に手を伸ばした。
「三つ目は、生徒会議制度の設立です」
聞き馴染のない言葉に生徒達は疑問符を浮かべていた。彩亜が新たに立ち上げようとしているその制度に生徒達は耳を傾ける。
「現在、我が学園では学園の決まり事や、行事などは生徒会が主軸となって取り決められています。しかし、これは学園をよりよいものにするためにはあまり好ましくない制度だと私は考えています」
これまでの生徒会を根本から否定する言葉に生徒含め教師陣も驚いている様子だった。ある意味、先月転入してきたばかりの彩亜だからこそできることだろう。
「私が考える生徒会議は、数ヶ月に一度、各クラスから代表を募り、学校行事や学園に関する改善点などを議論する会議です。この学園をより良い者とするためには、生徒の声が必要不可欠だと私は考えます。この学園を作るのは、生徒会ではなく、生徒の皆さんなのです」
生徒達に訴えかけるその言葉は、奇しくも七海とは対照的なものだった。
七海が自分一人で導く独善的なものなのに対して、彩亜は生徒全員の力を借りるという全員参加型。生徒を信じることで成り立つ、ある意味生徒を頼るものだ。
その言葉に対する反応は悪いものではなかった。誰でも参加できるという手軽さと、自分の意見を反映させることができるという点からウケはかなり良い。
だが、まだ一つ、なにか押しが足りない様子だった。
公約はすべて伝えきった。できることなら全部やった。…だが、なぜだろうか。胸の中のざわめきが収まらない。私は何を求めているのだろうか。
ふと私の脳裏にグレイの顔が過る。今、彼はどんな顔をしているだろうか。不安に押しつぶされそうな顔だろうか。それとも私を信頼して、穏やかな顔で見守ってくれているだろうか。
そう考えているうちにいつもの癖が顔を出し始める。
彼の歪んだ顔が見たい。彼の戸惑っている様が見たい。そんな欲望が、私の中を支配し始める。
もし、この場であんなことを言ってしまったらどうなるのだろうか。よりによって、こんな大勢の前で。
「…ふふっ」
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