第39話圧倒的な自信

 その少女がステージへ現れると、自然と拍手が起きた。


 いや、実際には自然発生したものではないのだろう。俺はそう読んでいる。よく目を凝らして客席を見てみると、大きく拍手をしている数人の生徒が目に入る。全員七海と交流の深い生徒達だ。仕込まれたサクラということだろう。

 アイツが素で挑んでくるとは思っていなかったが、中々に狡い手だ。今まで才能で押し切ってきた彼女を見ている俺からすれば、こんなことは異例中の異例。彼女がこの生徒会選挙に賭ける思いの大きさが見える。


 七海が登壇すると、拍手も次第に小さくなっていき、会場はやがて静寂を取り戻した。

 いつもよりもおしとやかに、本気の目つきの彼女はゆっくりと口を開いた。そして。


「みなひゃま…」


「…」


 噛んだ。わかりやすく噛んだ。

 刹那の静寂の後に七海は少し顔を赤らめて続けた。


「申し訳ありません。緊張のあまり少し噛んでしまいました…」


 その可愛らしい反応から観客からも温かい笑みが溢れる。無論、彼女の作戦だろう。

 出だしを噛んだフリをしてどこか親しみやすさを演出する。ベタな手ではあるが、効果的だ。彼女のキャラもあってその効果は抜群といえよう。

 七海は一つ咳払いをして仕切り直すと、改まった声色で続けた。


「…改めまして。皆様、はじめまして。この度生徒会長に立候補した星導七海です。よろしくお願い致します。わたくしはこの学園をより良いものとするために二つの公約を掲げます」


 七海はピッと人差し指を天に向かって突き立てた。


「一つ目は、部活動の活動時間の見直しです」


 部活動の活動時間の見直し。前期の生徒会では解消できなかった問題点。多くの生徒が改善を願っているものだ。生徒たちの関心を惹きつけるにはピッタリの公約だ。


「我が学園では部活は18時までという規定になっています。しかし、今の時間だけでは物足りないと思う方も多くいることでしょう。そこで、私は大会前の部活は申請することで部活動時間を延長できる規律を作ろうと思います。更に、朝の自主練の解禁も行おうと思っている所存です」


 客席の方からわあっと声が上がる。恐らく、運動部の面子の歓喜の声だろう。


「この公約を実現することで、我が学園の部活は更に活性化し、良い結果を残してくれることでしょう。…次に、二つ目」


 七海は二本の指を天に向かって突き立てる。


「生徒会制度の改革です」


 その言葉に観客含め、舞台袖の俺達も思わず疑問符のついた声を上げた。

 

「現在、生徒会では多数決での決定が基本となっています。しかし、私はこれを完全撤廃にして、生徒会長に決定権があるものに変えようと考えています」


 その言葉が意味することに俺は驚愕した。

 学園を取り仕切る生徒会の決定権が生徒会長に委ねられるということは、生徒会長の独裁政治になるということ。いくらなんでも七海とは言え、無理がある公約だろう。

 しかし、彼女は俺の予想を常に上回る。否定しきれない自分が存在している。そしてその危惧はその通りになった。


「生徒会長という座に着く者は本来、学園を任せても良い、と生徒たちからの信頼を集めた者です。それならば、決定権が託されても不思議ではない。むしろ、当然だと私は考えています」


 先程よりも力強く、そして訴えかけるように七海は続ける。


「そして、私はこの学園を良いものにできるという自信があります。他の人にはできない、自分だけができるものがあると、私は自負しております」


 その言葉を誰も否定しようとはしなかった。それほどに彼女には圧倒的な信頼がある。才能がある。強さがある。

 七海の熱弁に聞き入る生徒達の静寂を破ったのは何気ない一言だった。


「でも、確かに七海になら任せてもいいかもなぁ」


 その一言は傾きかけていた生徒達の心をぐっと引き寄せた。


「この前の部活でも有言実行して入賞してたし…行動力は申し分ないよね」


「た、確かに、星導さんなら…」


 先程の拍手でも目立っていたサクラの生徒達が次々にささやき始める。それをきっかけに関心の輪は広がっていく。

 同調圧力に押しつぶされている状況に近い会場は既に七海の勢いに呑まれていた。


「私ならば、この学園を良い方向に導いてみせます。皆さんの期待に答えてみせます!」


 最後に一つ、シンプルな押し。凛々しいその姿に生徒達は万雷の拍手を送った。会場が完全に七海の空気で埋め尽くされていた。

 仕組まれたサクラ。否定を許さない才を存分に使った公約。見事なまでの仕上がりに俺はただ彼女の背中を見ることしかできなかった。


「随分と横暴な公約ですね。独裁政治も良いところです」


「ホントだよ。サクラまで仕込みやがって…」


「ふん、あの女の考えそうなことね。狡い手を使ってまで勝とうとするなんて。…でも」


「その方が潰しがいがある、でしょ?」


 俺の問いかけに彩亜はニヤッと笑った。


「えぇ。その通り。私が正面から粉々に打ち砕いてやるわ」


 この盛り上がりを前にしても、俺達は一切引く様子を見せなかった。

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