第38話ギリギリの
壇上に登った俺の心には既に緊張はなかった。それまでの緊張は彩亜とのハグで吹っ飛び、もはや残っているのは先程の羞恥心のみ。ステージでやられなかっただけマシと考えるのが最善策だろう。
今は彩亜の応援演説をする時間だ。集中しろ俺。
壇上の上に立つと、会場の様子が良く見えた。集まった生徒たちの視線が俺に注がれているのが嫌でも分かる。
今の会場は莉々菜の演説で完全に七海の空気。この空気を変えるためにはまずは俺が皆に彩亜が以下に相応しいかを伝えなくてはならない。
転校してきたばかりの彩亜のことを良く知るものはほとんどいない。だからこそ、その真っ白な状態を良いイメージで塗りつぶすことができるのだ。
落ち着く時間を数秒だけ作り、俺は話し始めた。
「…皆様、はじめまして。この度、水無月さんの応援演説を務めることになった柊灰です。よろしくお願い致します」
聞こえてくる拍手は莉々菜程多くはない。そりゃ突然こんな髪色のやつがでてきたら驚くだろうけど、もう少し歓迎してくれてもいい気がするが。
会場の雰囲気は思っているよりも七海陣営へと傾いているらしい。こりゃ苦労しそうだな…
「…」
壇上に登ったグレイには緊張の色は見えない。いつも通りの彼の様子だ。
なんだかんだ言ってうまくやってくれる。そう信じてはいるのだが、やはりどこか心が落ち着かない。
「心配ですか?」
無意識のうちに顔に出ていたのか、真紀が私の顔を覗き込んできた。私はグレイに目線を向けたまま話す。
「そうかも知れないわ。…心配するってことは、やはりまだ信頼できていないのかしらね…」
「それは違いますよ彩亜様」
いつものように無機質な声で真紀は告げる。けれども、その言葉にはいつもよりも力が籠もっていた気がした。
「心配する、ということは相手が成功すると信じているからできることです。その信頼がなければ成し得ません」
私はその言葉に瞠目した。この子がこんなことを言う事自体珍しいことなのだが、それよりも私を励まそうとしてくれているという事実に私は驚いた。
「それに、心配すること自体悪いことではありません。相手を想ってのことなのですから」
「…そうね。まさか、貴方に励まされる時が来るなんて」
「料理以外はお茶の子さいさいです」
彼ならきっとやってくれる。そう信じて、私は彼の演説に耳を傾けた。
「水無月さんは今年転校してきたばかりで、会場の皆様もまだどんな人物なのか測りかねていると思います。今回は私が水無月さんがなぜ生徒会長に相応しいのかを数年来の付き合いである私が皆様にお伝えできればなと思っております」
取り敢えずはやってみなくては変えれるものも変えれまい。決意を固めた俺は続ける。
「まず、水無月さんはリーダーシップに長けた人物です。何かと主体性が必要となる場面で、水無月さんは率先して前に出ることができます。以前在籍していたの学校でも、学校行事などでは中心人物として活躍していました」
少しありきたりな内容だが、これを伝えなくては勝ち目がない。彼女がリーダシップに長けているのは前世から知っている。前の学校のことはよく知らないが、嘘はついていないだろう。
「そして、水無月さんは人の力を見極めることに優れています。個々人にあった配置を行うことができるため、この学園の生徒会を運営する上では重要な力となってくることでしょう」
ここまでは普通の演説だ。生徒たちの反応もまちまち。良いとは言えないだろう。
ここでなにか一つパンチのあるものが欲しい。じゃなければこのまま七海側に傾いた空気で生徒会選挙が終わってしまう。
…即興であるが、一か八かだ。
「そしてなにより…顔がいいです」
俺が橋板言葉は世界を止めたかのように、刹那の静寂をもたらす。一か八かの希薄な望みをかけた言葉を吐いた俺は心の中で天に向かって祈った。
「…っぷ、ふふ…」
その時、誰かが声を溢した。そこから伝染するようにして笑いが広がっていく。やがて会場は生徒達の笑いで包まれた。
ホッと一息つくのもつかの間、俺は次の言葉を考え始める。苦し紛れの言葉だったから続きのことなど考えていなかった。こっからは完全アドリブだ…!
「結局顔かよ!」
客席で誰かがそう叫んだ。相手にとってはイジったつもりだろうが、俺にとっては願っても見ない救いの手…!
「そうです。才色兼備、という言葉もある通り、美に優れていることも生徒会長を務める上では大切です。なんせ、学園のシンボルですからね」
よしよし、なんかいい感じにまとめることができたぞ…あとは締めの言葉だ。
こんがらがりそうになる脳内を必死に整理して俺は次の言葉を続けた。
「さらに加えて、水無月さんは人を信頼できる人です。現に、私をこうしてこの場に送り出してくれています。クールに見えて、実は周りの人間をよく見て、よく理解し、そして信頼しているのです」
前世では他人を信頼しないことが多かった彩亜だが、ここ最近増えた交流もあってか、少しずつであるが変化してきている。こうして俺を送り出してくれたのも、きっと俺のことを信頼してくれているからなのだろう。
たとえこれが俺の思い込みだったとしても、彼女は確実に変化してきている。これだけは自信を持って王女直属の騎士であるグレイ・アレグリアが言えることだ。
「才色兼備、才も美しさも兼ね備えた水無月さんならきっとこの学園をより良い姿へと導いてくれることでしょう」
頭を下げた俺の下へ、莉々菜に負けない程の拍手が送られた。
バレないように安堵のため息を口から僅かに漏らしながら舞台袖へと戻る。帰ってきた俺を出迎えたのは彩亜のどこか嬉しげな表情だった。
「お疲れ様。まぁ50点ってところね」
「表情に反して採点が厳しい…」
「まぁまぁ。取り敢えずはお疲れ様、だな」
紅蓮の一言でようやく方の力が抜けた。それまでのしかかっていた重圧やら何やらがどっと俺の肩からずり落ちる。取り敢えず、大仕事は無事終えられたみたいだ。
「ふふ…信頼、ね。私も少しは成長できたみたいね」
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