第37話応援とハグ

 前期生徒会長の開会宣言が終わり、次はいよいよ立候補者への応援演説となった。

 まずは相手方から始まるのだが、出てくるのは恐らくアイツだろう。


「時雨前生徒会長、ありがとうございました。続きまして、応援演説へと移ります。園崎莉々菜さん、お願いします」


 俺の予想通り、七海側からは莉々菜が出てくる。先程の時雨先輩の言葉を経てからの応援演説は期待が高まる。ここで生徒の心を惹きつける様な演説ができれば出だしは上々だ。以外と狡い手使ってくるじゃねぇか。


「やっぱり莉々菜か」


「あの子が前期副生徒会長…経験者を採用したわけね。成る程。無難で、あの娘らしい手ではあるわね」


 彩亜は見下すような嘲笑を浮かべて七海の方を見た。大方予想通りではあったのか、焦っている様子はない。

 莉々菜の性格を知っている俺からすれば、あまり敵に回したくなかったタイプなのだが…無用な心配だったかな。


「随分と気難しそうな顔ね。そんなに不安なのかしら?」


 彩亜が俺の様子を伺ってか、俺を咎めるような目で見つめてくる。自分がいるのに不安になるとはどういうことだ、という意味を孕んだ視線なのだろう。大舞台でも相変わらずの自信だな。


「…莉々菜とは少し面識があるんすよ。しっかり者で、義理堅くて、周りからの信頼が厚い奴ですからかなり厄介だなと」


 ふん、と鼻を鳴らした彩亜は俺の言葉にはなにも返さずに壇上に立つ莉々菜に視線を移した。


 莉々菜は『姉御』というあだ名で呼ばれており、誰にでも義理堅く、約束は絶対に破らないし、相手が誰であろうと率先して前に出て戦ってくれる男勝りな性格。それ故に周りからの信頼は厚く、今回の生徒会選挙で戦う上では大きな戦力となりうるだろう。

 それを知っているが故に、壇上に立つ彼女が俺には大きく見えた。


 姉と同じ青紫の髪を少し高めの位置で結んだポニーテールの尾を揺らしながら莉々菜はマイクの前に立った。


「…皆様、お久しぶりです。この度、星導さんの応援演説を務めることになった園崎莉々菜です。よろしくお願い致します」


 流石と言うべきか、凛と響き渡る声は耳にすっと入ってくる。姉である時雨の背中を見ている彼女が一体どんな演説をするのか。なぜ自らが立候補せずに七海側についたのか。少なからず気になっている生徒たちの意識は彼女の次の言葉に向けられる。

 深々と頭を下げてから莉々菜は続けた。


「今回、私は立候補を取りやめ、星導さんを生徒会長に推薦することにしました。その理由は、彼女が才に溢れた人間だからです」


 才、か。

 俺が嫌うその言葉を口にした莉々菜は生徒達に訴えかけるように続ける。


「星導さんは定期考査では常に成績上位、体力テストではA判定。また、人柄にも優れており、周りとの交流は欠かさず、信頼においても私を上回るものがあるでしょう」


 上回る、は言い過ぎだろうが、七海への信頼は確かに莉々菜と同等のものはある。その言葉が莉々菜の口から出たことに聴衆は僅かなどよめきを見せていた。

 その動揺の隙に叩き込むように、莉々菜は続ける。


「私は前期生徒会では副会長としてこの学園をより良いものとするために邁進して参りました。しかし、いくつかの公約は実現できたものの、講堂の改修や、部活動の活動時間の延長、夏季の制服の軽装化など未だ解決に至らなかった問題点は残っています。それらの残った問題は星導さんなら解決してくれると、私は思っております。星導さんが当選した暁には、きっとこの学園がよりよいものへとまた一歩近づくことでしょう」


 莉々菜はマイクの前から一歩引いて一礼する。彼女の見事な演説に、会場は拍手に包まれた。

 彼女の持ち合わせた信頼が更に七海の信頼を押し上げる。考えうる中で一番の作戦だ。俺は関心すると共に彼女を誘わなかったことに対する後悔の念を抱いていた。


 莉々菜は俺の顔を一瞥してから舞台袖へと戻っていく。その鋭い視線はやはり俺を責め立てているようだった。…やっぱりなんかしたのか俺。


「姉御は流石だな。立ってるだけでほかとは違う物がある」


「あら紅蓮、私にはないって言いたいのかしら?」


「えっ、いや、そうじゃなくて…」


 彩亜に責め立てられた紅蓮はタジタジだった。こいつら敵の演説で大盛り上がりしてるってのに呑気だな。

 

「次はグレイの出番ね。盛り上げてきて頂戴」


「今の状況だとかなりハードル高いっすね…莉々菜の奴、七海なんかに協力しおってからに…」


 差し迫った出番に俺の心臓はバクバクだった。いつもより5倍ぐらいの速度で脈打つ俺の心臓は今にも破裂しそうだ。

 深呼吸で一旦落ち着こうとしてみるも、かえってこの状況を再確認させられて苦しくなるだけ。聴衆のざわめきが俺の不安をなぞった。


 そんな俺を見てか、彩亜は俺の前に立つと、ばっと両腕を広げた。しばらく何事かと見つめていた俺に彩亜が語りかける。


「リラックスしたい時はハグ、でしょ?」


「えっ」


 俺だけじゃなく、ここにいる全員が彩亜の行動に動揺していた。各々驚く部分はあるだろうが、何より連夜にはショックだっただろう。


「いや、ここでは…」


「前もやったじゃない。あの時と何が違うのよ?」


「人の目があるじゃないっすか!!!」


「そんなの、今更気にすることでもないでしょう?」


 彩亜はにやりと嗤う。いつもの意地の悪い笑みだ。俺が前世から嫌いだったその表情。ここに来てまで苦しませられるとは。

 こうなった彩亜は意地でも譲らない。そんなことは今までの行動を見ていれば良く分かっていることだ。

 こんな羞恥プレイ、まさかする時が来たとはな…


 俺はあらゆる雑念を振り切り、思い切って彩亜の胸へと飛び込んだ。

 ふわりと香る甘い香り。俺を包み込むぬくもりは彼女の肌を介して俺の心へと伝わってくる。

 どこか懐かしくて、ひどく安心できるぬくもり。感じるのは、前世以来だったか。

 いつも冷たい床で寝ることが多かった俺からすると、このぬくもりは俺にとって暖かすぎる。それ故にか、人前だと言うのに『まだあと少し』という感情が沸いてしまっていることを俺は隠しきれていなかった。


「…ふふっ」


 彩亜の満足そうな微笑みがこぼれたのが聞こえた。彼女のことだから恐らく周りの反応を楽しんでいるのだろう。

 ちょうど俺の姿勢からは連夜の顔が見えない。きっとすごい顔してるんだろうな。


「莉々菜さん、ありがとうございました。続きまして、柊灰さんの応援演説です。灰さん、お願いします」


「さ、出番ね。行ってきなさい」


「…なんかすごいもの見せられちまったが、気合入れていけよ団長!」


 未だに頬に残る熱を感じながら、俺はステージへと向かった。

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