第34話互いに

「…それじゃ、最後のミーティングは終わり。後は本番に向けて各々頑張るように」


 彩亜の言葉で最後のミーティングは締めくくられた。

 生徒会選挙まで後二日。いよいよ迫ってきた生徒会選挙を前に皆の様子もどこかピリッとした空気に変わってきている。学園の中でも三本の指には入るイベントである生徒会選挙。そんな大舞台での大勝負に失敗は許されない。それを理解したうえで見てみると、皆には緊張の色も見える。


 かくいう俺も頭に残る不安に苛まれていた。

 俺に課せられた役目は応援演説。会長立候補者である彩亜が相応しい人物であることを全校生徒に示さなくてはならない。

 今まで彼女の近くで彼女という人物像をまじまじと見ていただけにアピールポイントはすぐにまとまった。だが、問題は場所だ。体育館で行われる生徒会選挙は全校生徒の前で一斉に視線を浴びながら発表しなくてはならない。…考えただけでも胃が痛む。


 それだけではない。俺はこの生徒会で彩亜か七海の手に渡ることになるのだ。勝手に決められた運命よりも理不尽なものはない。

 今まで誰かを好きになるなど考えたこともなかった。彩亜と七海を異性として意識し始めたのもこの生徒会選挙が始まってからだ。それ故に、俺の心はゆらゆらと揺れている。

 彩亜と七海、どちらを取っても俺にはもったいないほどの人物だ。果たして俺はどちらの隣にいるのが正解なのだろうか?


 ただ、俺が所属しているのは彩亜の派閥。勝負である以上、正々堂々と戦わなくてはならない。今は彩亜の応援演説を全力でこなすのみだ。


「灰様」


 自販機でお茶を購入した俺の背後に真紀が現れる。

 注意が散漫になっていたせいか、彼女の存在に気づくことができなかった。いつものごとくアサシンのように近づいてきた真紀はピッと自販機に向かって指を突き立てた。


「これ、買ってください」


「俺が払うのかよ…はい」


 自販機にお金を投入すると、真紀がボタンを押した。ガタン、という音と共に缶の炭酸飲料が落ちてきた。

 真紀は礼を言うこともなく缶のフタに指をかけるとプシュッと言う快音を鳴らして飲み始めた。


(相変わらず図太いなこいつ)


「ぷはっ…助かりました。お財布を家に忘れてきてしまっていたもので」


「相変わらずのうっかり屋さん…気をつけろよ」


 真紀はぐいっと飲み干すと、一度上に打ち上げてから回し蹴りでゴミ箱へと見事なシュートを決めた。無駄に綺麗なシュート。

 くるりと俺の方に向き直ると、真紀は俺に問いかけてくる。


「演説の準備は順調でしょうか?」


「あぁ。今のところは問題ない。…後は本番でヘマしなければ大丈夫だ。真紀の方は大丈夫だったか?」


「はい。つい先程機材の点検を終えたところです。問題はないかと」


 真紀は不安など一切感じさせない表情で言い放つ。きっと俺のことを気遣っての問いかけだったのだろう。真紀との会話はどこかリラックスできる気がした。

 真紀は続けて問いかけてきた。


「…ところで灰様。なにか悩んでいる様子でしたが、どうかなされましたか?」


 真紀の指摘に思わず俺は肩を揺らしてしまった。おそらくいつもの俺なら真紀の存在に気がつくところを気づけていなかったことから真紀は俺が悩み事をしていると推察したのだろう。大当たりだ。

 できれば隠しておきたいところだったのだが、反応してしまった以上ごまかすこともできず、俺は正直に真紀に話すことにした。


「…実は、生徒会選挙が終わった時のことを考えててさ。この生徒会選挙の勝者に俺は引き取られる。正直、七海に引き取られても、このまま彩亜の側にいるにしても、俺はどっちでもいいと思ってる。でも、二人が俺のことを想ってくれてる以上、あやふやな回答はできないよなって。俺はこの生徒会でどうするのが正解なんだろう?」


「…灰様は迷っておられるのですか?」


 端的な真紀の問いかけに俺は頷く。


「なぜ、どちらでも良いと?」


「…正直、どちらに引き取られても俺があいつらの隣にいる絵が想像できなくてさ。俺なんかよりももっと才能のある奴とか、モテる奴なんていっぱいいるし、相応しい人がいるんじゃないかって思っちゃうんだよね」


「…ヘタレですね」


「ヘタレ!?」


 はっきりといい切った真紀。俺を攻めるような目つきで追撃と言わんばかりに続ける。


「いいですか灰様。いくら自信がないからと言って才能のあるやつがいるだの他に相応しい人がいるだの言ってはいけません。それはただ現実から目を背けているだけです。そのままでは何事も進まないですよ」


 真紀の言葉が俺の心にぐさりと音を立てて突き刺さる。自分でも心の何処かでは理解していたつもりだったが、自分は現実から逃げている。才能という憎き輝きに目を背けて、見ないふりをしている。

 どちらでもいい、なんて言葉はそんな気の迷いから来た言葉だったのかもしれない。


「才能とは他人から見ると光って見えるものです。まずは自分にできないことではなくできることに目を向けてください」


「自分にできること?」


「そうです。貴方にしかできない、貴方じゃないとできないものがあるはずです」


 自分にできること、と言われて俺は頭の中で想像してみる。

 俺は持ち合わせている大半の技術を他の人から盗んできた。戦い方だって、紅茶の淹れ方だって、料理だってそうだ。どれも誰かの受け売り。自ら編み出したものではない。そんな中で、自分にしかできないこと。

 

 俺の脳裏に浮かんだのは気まぐれな姫様の姿だった。


「…彩亜の世話、とか?」


 真紀はその返答を聞いて少しだけ口元を緩める。どこか納得したような様子だった。


「そうです。灰様は彩亜様の相手をできるという才能があります。私は初めて灰様と彩亜様が話しているのを見た時、衝撃を受けました。今まで人と話していたあんなに楽しそうな彩亜様を見るのは初めてでした」


 言われてみれば、彩亜は前世でもコミュニケーションを楽しむ人ではなかった。親である国王との会話でさえもあっさりと覚めきったものだったのに対して、俺との会話は濃密なものだったように思える。


「灰様には彩亜様を楽しませる才能もあるのです。他の人間にはできない芸当ですよ」


 真紀の言葉で俺ははっとした。

 彩亜を楽しませる。俺にしかできない、唯一無二のこと。その行為には俺の中の想いも付随している。

 今まで向けられていた想いにばかり悩まされていたが、俺はようやく自分の中で向けている想いの存在に気がついた。

 この世界に転生して、彼女に出会って、共に過ごす中で芽生えた感情。それまでなんとなく生きてきた俺の人生が彼女との出会いでいろんなで染まっていった。

 過ぎ去りし時の中で忘れてしまっていた感情が俺の中に蘇ってくる。


「…どうですか?悩みは少しは軽くなりましたか?」


「…うん。ありがとう。おかげで自分の中で答えが出た気がするよ」


「なら、もう大丈夫ですね」


 彩亜の相手はきっと俺じゃなきゃ務まらない。それに俺もあの人がいないとダメだ。

 なにか仕事がないと俺はきっとなんとなく生きて、なんとなく死ぬ。…ここまで来ると職業病とか言う話じゃ済まないな。

 

 俺の頭にもう悩みはない。俺がなすべきことは一つ。あの人の隣にいるために、この生徒会選挙を全力で乗り切ることだ。

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