第32話強い女は見せない

「あ〜あ、灰くんに愛されすぎて困っちゃうなぁ〜?」


 廊下によりかかり、わざとらしく額に手を当てて体をくねくねさせている七海の姿

に彩亜は砂漠も凍りついてしまうような視線を向けた。

 そしてなにも見なかったフリをして七海の目の前を通り過ぎた。


「…」


「ちょ、無視しないでよ!」


 彩亜は七海に見向きもせずに歩いていく。氷の魔女は彼女に咲く時間が無駄だと判断したようだった。

 スルーされるのは勘弁だったのか、七海は彩亜の進行方向を塞ぐように手を広げて立ちはだかる。


「ストーップ!!…このやり取り何回やればいいの。。」


「こっちのセリフよ。貴方に時間を割いてる暇は無いの。何度言ったら分かるのかしら」


「ふん、それはこっちだって同じだもん!…残り一週間となったけど、調子はどうかな?」


 七海の問いかけに彩亜は答えるつもりはなかった。七海という人間は思っているより策士だと言う話を灰から聞いていたからだ。

 かなり低い可能性であるが、彼女がなにかを狙ってきている可能性だってある。よみ合いに慎重な彩亜はついに口を開くことはなかった。


「…面と向かって無視しないでよ。傷つくんですけど〜」


「大いに傷ついてもらって結構よ。貴方と世間話するつもりはないから」


「まぁまぁ。…噂だと連夜くん味方につけたらしいじゃん。目移りしちゃった?」


「そんなわけ無いでしょう?あっちからすり寄ってきただけよ」


 冷たく突き放す彩亜に七海は苦笑いだった。あの連夜でさえも彼女のお眼鏡に叶わないとは思わなかったのだろう。


「あはは、かわいそ〜。仲間のことそんなふうに言って大丈夫なの?」


「リーダーは私なんだから私の好きにしていいのよ。それに、どう言ったところであの男が変わるわけじゃないでしょう?」


「そうかなぁ〜?やる気なくなっちゃうかもよ?」


「貴方が心配することじゃないでしょう?…それに、あの男は割と芯の強い奴だから」


 彩亜の言葉に七海は少し驚いた様子だった。その彩亜の言葉から感じ取れたのは僅かな信頼。彼女らしく素直なものでは無いが、多少は信頼しているということが分かった。

 七海は不敵にニヤッと口元をつり上げた。


「へー、らしくないじゃん。誰かさんの入れ知恵?」


「えぇ。ありがたいことにね」


「…彩亜ちゃん、勝負事で大切なことはなにか知ってる?」


 彩亜の回答を待たずに七海は言い放った。


「絶対的な才能だよ。周りを寄せつけない、圧倒的なまでの力。その差にみんなはきっと驚くだろうね」


「自分の力だけで勝てる、と?」


「そうだよ」


 桃色の瞳がギラリと光る。目の前にいるのが彩亜でなかったら逃げ出していたであろうほどに恐ろしいその瞳と言葉からは彼女の絶対的な自信が感じ取れる。

 天賦の才を持った化け物。それが彼女だ。


「他の人の力なんて必要無い。私一人で灰くんを奪い取って見せる。いらないんだよ。仲間なんて」


「独裁政治に民はついてこないわ」


「彩亜ちゃんがそれ言う?リーダーだからどうこうとか言ってたくせに」


「私は好き勝手言うけど一人で決めようとは思わないし、一人で勝てるとも思わないわ。他人あってこその自分よ」


 彩亜の言葉には彼女の決意が見え始めていた。苦痛だった前世を乗り越え、また共に灰と歩み出そうとしている彼女の強い意志が彼女に絶対的な自信を与える。

 一人なんかじゃない。全員の力を持ってして勝つという、確固たる意志が彩亜を奮い立たせた。


「…随分と誰かさんに似てるね。嫌だなぁそういうの」


「嫌ってもらって結構よ。もとより貴方に好かれようだなんて思ってないもの」


「返事までそっくり」


 七海は一つ深いため息を吐く。彩亜に自分の好きな人物の面影を見たらしい。七海にとってはこの上なく嫌なことだった。


「…私には灰くんが必要なの。隣にいてくれる、絶対的な存在が。私は灰くんが以内とダメなの」


「敵の前で弱音とは、随分と呑気なものね」


「ふふ、ただの独り言だよ。彩亜ちゃんだって弱気になることぐらいあるでしょ」


「強い女は弱みを見せないの。たとえどんなに辛くてもね」


「それってただ素直じゃないだけじゃないの?どうせ、灰くんに『好き』の一言も言ってないんでしょ?」


 七海の的を得た一言に彩亜は瞠目して黙り込んだ。そんな彩亜を横目に七海は反対方向へと過ぎ去っていく。


「そんな調子で私に勝てるのかなぁ?」


 一人になった廊下で、彩亜は拳に悔しさをにじませた。

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