第30話振り子
「灰くんって、結構愛されてるんだね」
教室に戻る帰り道。不意に隣を歩く連夜が溢した。
言葉の意味が分からなかった俺は連夜にそのまま聞き返す。
「それってどういう…」
「そのままの意味だよ。…あまり深くは言えないかな」
先程の彩亜との出来事があってか、連夜は言葉の意味を濁した。こちらとしては濁されると気になって仕方がないのだが、彼に話す気が無いなら仕方あるまい。
「灰くんは、水無月さんのこと好きなの?」
悶々としていると、連夜が問いかけてくる。的を射抜いた問いかけに俺は一瞬動きを止めてしまった。
「またもやどういう…」
「灰くんって、水無月さんの召使いでいつも一緒にいるんでしょ?好きなのかなって」
彩亜のことが好きかどうかなんて、今の俺には判断しかねる。彩亜の好意に気づいたのはつい最近だし、彼女の行動を意識し始めたのも最近だ。
最近はもう一人意識し始めた奴がいることから俺の心の中はぐしゃぐしゃにかき回されてしまっている。答えかねる回答に俺は言葉をひねり出した。
「…わからん。正直好きかと言われたら悩むし、嫌いかと言われたら…そうじゃないと思う」
「へぇ、意外。あんな風なのに好きじゃないんだ?」
「あんな風?」
俺の問いかけに連夜は訂正するように付け足す。
「あぁ、なんか水無月さんと灰くんを見てると、なんかどこかで通じあってるっていうか、お互いを信頼してるんだなって思うんだよね。数年どころかまるで数十年の付き合いというか…」
連夜の目には俺と彩亜は通じ合っているように見えているらしい。他人と比べたら多少は通じ合っているが、俺は彩亜の心境が読めない。完全にとは言えないだろう。
前世も含めたら数十年にはなるから、間違ってはないのだが。
「そんななに通じ合ってるわけじゃないよ。あの人の考えることは分かりかねる。気難しいからね」
「そっか。…それじゃあ、俺が水無月さんを狙ってることはどう思ってるの?」
そう連夜に問いかけられた俺の心臓はビクリと跳ねた。
連夜の問いかけは俺にとっては何気ないものだと思っていた。思っていたのだ。それなのに、俺の心に沸いてくるモヤモヤが放っておいてくれない。
彩亜に良いパートナーができるのは良いことだ。俺も彼女から開放される確率が上がる。俺にとってもいいことづくしではないか。
ただ、彼女の隣に連夜がいることを想像した時、俺は得も言えない感情になるのだ。
連夜に笑いかける彩亜が想像できない。彩亜の隣以外に俺の居場所が想像がつかないのだ。
そんな俺の顔を見て連夜は笑った。
「ははっ、顔。全部出てるよ?」
「えっ…そ、そうかな?」
「うん。顔に嫌って書いてある。やっぱり好きなんじゃない?」
「…どうだろ」
「君達、結構複雑な関係だよね。めんどくさい」
「な”っ、そこまで言わなくても…」
「いーや、めんどくさいね。…僕も譲る気は無いから。お互い頑張ろう」
連夜はそう言い残すと自らのクラスの教室へと走り去っていった。…変なライバルが現れてしまった。ああいう奴と張り合うは得意じゃないんだよ。勝てる気がしない。
第一、俺と連夜が張り合っている時点でおかしいのだ。間違いなくモテるのはあっちだし、周りからの評価だってあっちのほうが高い。勝ち目なんて無いに等しいのだ。
俺と連夜。彩亜が選ぶとしたら間違いなく連夜の方だと思う。彼女は仕事ができる奴のほうが好きだし、俺みたいな凡才には彼女の隣は重い。
…とは思いつつも、彼女の隣は俺にしか務まらないのではないかと思う自分がいる。連夜が彼女の無理難題に対応できるかと言われたら…できないだろう。
それに彼女の理不尽な感情が他人に向けられると思うと…どうにもいたたまれない。あんなおっそろしいものに耐えられる奴なんているのか…?
そんなことを考えつつ教室へと戻る。なんだかんだ言いつつも心の何処かで連夜と張り合ってしまっていることに気づくのはまだ先だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます