第29話弱点
昼休みも終わり際。次の授業の教室へと向かう生徒達がチラホラと見える。そんな生徒たちを交わし続けて俺が辿り着いたのは保健室だった。
ためらうことなく俺は扉を勢いよく開けた。
「灰様」
扉を開くと先についていた真紀が見えた。その奥には保健室に常駐している教師。カーテンで遮られた先には彩亜がいるのが分かった。
「彩亜が、倒れたって…」
「廊下で急に倒れたらしいです。。体に特に異常は無いようで、強いていうなら寝不足ぐらいだそうで…おそらく、内面のものかと」
彩亜が倒れた。そんな知らせが耳に入ったのは俺がちょうど教室に戻った時だった。
踵を返してここへ向かってきたのはいいものの、彩亜はまだ眠ったまま。それに俺が来たところで何ができるわけでも無い。飲み物の一つでも持ってくればよかったのだが…急なことでそこまで頭が回らなかった。
真紀と共にカーテンの中へと入る。彩亜は穏やかな顔で目を閉じたままだ。
「水無月さんはまだ眠ってるから、話すなら静かにね」
「はい。…真紀、あの後彩亜は…」
「…私もあの後彩亜様とは一度別れているので状況が分からないのです。申し訳ありません」
「そっか、確かあの時は真紀も一緒に…」
状況を確認しようとしても、真紀も知らないんじゃどうにも推理できないな。
…待てよ、確かあの後彩亜と一緒にいたのは…
「はぁ、ッ、灰くん…」
俺の脳裏に浮かんだ人間は思ったよりも早く俺の目の前に現れた。
息を切らして現れた連夜はどうやら俺達と同じ理由でここを訪れたらしく、カーテンの中で寝ている彩亜を見て安堵のため息をついた。
「水無月さんの様子は?」
「体には異常は無いらしい。だから、多分内面的なことでのフラストレーションとかだと思うけど…」
連夜は安心すると同時に額に手を当ててうなだれた。…もしかしなくてもコイツが関わってるよな。
あの後資料室で彩亜と一緒にいたのは連夜だけだ。ことが起こったのはすぐのハズ。コイツが原因じゃなくてもなにかしらは知ってると考えられる。
「…もしかしてだけど、彩亜となんかあった?」
「…うん。多分僕が言ったことが原因なんだ」
「言ったこと?…何を言ったんだ?」
俺がそう問いかけると、連夜は言い淀んだ様子だった。
彩亜をここまでにするほどの言葉とは一体どういうものなのだろうか。もうしかしなくてもこいつってかなりのノンデリ…
「まぁ、なんだ、その…僕って自分が思ってるよりもデリカシーが無いみたいで…」
「そうらしいな。…仲直りは早くしておけ。長引かせるとめんどくさいぞ」
尻すぼみにしぼんでいく連夜に俺はアドバイスを投げかける。きっと放置しておくとグチグチ言われるからな。悪即斬だ。
彩亜がダウンするとか、相当な言葉だぞ?国王との喧嘩でさえも取って食い殺す勢いなのに…
「ぅ…グレイ…?」
夢を見た。いつの日だったか、彼と街に下りた時の夢だ。
隣国の王子とのお見合いがめんどくさくて、彼に頼んで抜け出してきた街はいつもどおり活気で溢れていた。
彼は街の民からとても信頼されていて、歩くだけでいろんな人が駆け寄ってくる。その中には年頃の女もいて、駆け寄ってきては彼に色目を使って話しかける。彼も満更ではない様子で話していた。
私の頭にこびりついた古い記憶。彼と共に街に降りるのは好きだったが、彼がいろんな人に手を引かれていく姿はすごく嫌だった。
私から離れて、そのままどこかへ消えてしまうんじゃないか。私なんて捨てて、街の女と駆け落ちしてしまうんじゃないか。そんな不安が過るから。
離れてほしく無い。ずっと私の側にいて欲しい。それなのに、私は素直な気持ちを明かすことができない。
私は他人を信じることができないのだ。私の周りはどいつもコイツも金やら国の権利やら私の後ろを狙う奴ばかり。私の中身なんて、どうだっていいのだ。
私を見ない人間なんてどうでもいい。近寄ってくるな。ヘドが出る。
私が信頼しているのは彼だけ。彼だけは私を見てくれる。ちゃんと私を見て、ちゃんと私を嫌ってくれる。それが嬉しかった。
だからこそ、私は彼に胸の内を明かすわけにはいかなかった。
そうしてしまったら、きっと彼は私から離れてしまう。別れの時が来てしまう。まだ離れたくない。歪な関係でも、まだ私の側に…
「そう___な。…仲直り____して___。長引か___とめん___いぞ」
「ぅ…グレイ…?」
彼の声がした。閉じようとする瞼を無理やりこじ開ける。その先で、グレイの姿が見えた。
「彩亜!…良かった。体調は?」
「…少し、頭痛がするわね。でも心配するほどじゃないわ」
「彩亜様、お水をどうぞ」
真紀からコップに注がれた水を受け取る。乾いた喉に水分が潤いを与えてくれた。
真紀にコップを返すと、奥の方で申し訳無さそうにしている茶髪と目があった。そのまま近づいてくると、私の前でバッと頭を下げた。
「ごめん水無月さん!俺があんなことを言ったばかりに…」
「…別に。少し寝不足だっただけよ」
頭を下げられるというのは悪い気分ではない。だが、今回は話が別だ。
彼が私を嫌っているということは事実だ。それを否定できるだけの言い訳も無い。その事実を捻じ曲げるつもりも無い。彼を責めるのは私のポリシーに反する。私が理不尽に責めるのはグレイだけだ。
「申し訳ないと思うなら私のために働くことね」
「精一杯助力します…」
「…とりあえず、目覚めてくれてよかったっすよ。この後の授業はどうします?」
「少し休ませてもらうわ。…グレイ、”いつもみたいに”一緒に寝てくれてもいいのよ?」
「な”」
「…水無月さん、そういうことはあまり教師である私の前で言わない方がいいわよ」
私の好きなグレイのあたふたしている顔。私の好きな顔。この顔を見るために私は生きている。
彼を私の側に縫い止めておくためにも、今は全力を尽くすしか無い。たとえ彼が私を憎んでいても。
彼の隣に相応しいのが私じゃなかったとしても。
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