第28話空虚な想い
「…話は終わったわよ。用が無いなら帰りなさい」
解散となった資料室。自分以外に残った連夜に対して彩亜は心の無い言葉を投げつけた。
連夜は苦い笑いを浮かべながら頬を掻いた。
「あはは、冷たいなぁ…少しぐらい僕と話そうとしてくれたっていいじゃないか」
「用の無い奴とは話すつもりは無いの。私の時間を奪わないで頂戴」
冷淡な態度を持って徹底的な拒絶を顕にする彩亜に対して連夜はもはや打つ手はなかった。
しかし、やはり学園一のイケメン。ここで引き下がるはずもなく、彩亜の言葉を無視して問いかけてくる。
「…灰くんとは仲がいいの?幼馴染とか?」
「…グレイは私の召使い。私の運命共同体よ」
彩亜は連夜に鋭い視線を向けるも、答えない義理も無いために渋々答える。『運命共同体』という普段生活していたら聞かないようなワードが出てきたことに連夜は少し驚いた様子だった。
「へ、へぇ〜…付き合ってるの?」
「いいえ。あくまで主従の関係ってだけよ。…何?悪い?」
「いやいや、俺としては彼氏がいないってだけで嬉しいというかなんというか…」
「…貴方噂の割にナヨナヨしてるわよね」
彩亜はイケメンだの百年に一度の男だの持ち上げられている連夜に覇気が無いことに怪訝そうな視線を向ける。彼女の嗅覚は目の前にいる彼の本性を見定めているようだった。
「…それは僕も気にしてるところだからあまり触れないでほしいな。それに、噂なんて尾ひれがついていくようなものだし…」
「ふん、そんな性格でよくもまぁイケメンなんて言われるのね。見る目がないのかしら?」
「うっ、思ったよりグサグサ言ってくる…」
「失望したかしら?悪かったわね、期待通りの女じゃなくて…」
「いやいや、どんな性格でも水無月さんは水無月さんだよ。一目惚れしちゃってるんだからどんな君でも受け入れるさ」
連夜のすべてを包み込むような微笑みは警戒心全開の彩亜に向けられた。
連夜が持ちゆるスペックから繰り出されるその笑顔は何十何百という女を落としてきたリーサル・ウェポンだったが、氷の魔女の前では無情にも跳ね返された。
「都合のいいことばかり言うのね。そういういい顔をした男は大体ろくな奴じゃないのよ。財産を狙ってきたり、体目的で寄ってきたりね」
「あはは、信用ないなぁ僕…」
がっくしと肩を落とす連夜。手厳しい彩亜の前では彼でさえも小人に過ぎない。
しかし、彼はまだ折れなかった。せっかくなら、と言わんばかりの表情で彩亜に問いかける。
「水無月さんは、灰くんのこと好きなの?」
彩亜はその質問に資料をめくる手を止めた。その質問がタブーに近いものだったのだと連夜が気づくまではそうかからなかった。
彩亜は資料に目線を落としたまま続ける。
「…別に、特別な感情は無いわ。グレイにその気があるかは分からないけど」
「あはは、そっか。灰くんも___」
次の一言は不運なことに彩亜の逆鱗に触れてしまった。
彩亜は資料を荒々しく机に置くと、止める連夜のことなど気にせず資料室を飛び出す。
彼女は宛もなく、廊下を走り抜けた。
「灰くんもその気は無さそうだしね」
彼に突きつけられた事実。言われなくてもそんなこと分かっている。
私の好意は一方的で、嗜虐的で、他人を束縛するようなものだ。それにグレイが苦しんでいることだって分かっている。分かっているのだ。
だからこそ、彼の言葉は私の心に突き刺さった。
分かっている、分かっているのだ。彼が苦しんでいることだって、彼には私よりも相応しい人がいることだって。
それでも私は、彼の愛が欲しい。私には、彼が必要なのだ。もう失いたくない。
私が笑う時も、悲しむ時も、喜ぶ時も、隣にいて欲しい。そして私の手を取って、優しく微笑んで欲しい。
「っ、はぁ、はぁ…」
知らぬうちに止まっていた息が気持ちと共に外へと吹き抜けていく。このままだとダメだ。こんなか弱いところなんて彼に見せたくない。持ちこたえろ、私…
はぁ、はぁ…
はぁ…
バタッ
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