第27話珍しく分かりやすく

「団長、首どうしたんだよ?」


 昼休みの一幕。紅蓮から無理矢理生徒会選挙に巻き込まれたという愚痴を聞きながらお手洗いへと来ていた俺は紅蓮に指摘されて初めて首に意識を向けた。

 手洗い場の鏡に自分の首を移す。そこにはしっかりとしたなにかの跡が残っていた。

 まるでなにかに噛まれたような跡。赤く腫れ上がって、歯型が残っている。


 朝からほんの少しばかりの違和感があったが、どうせ寝違えただけだろうとか思っていたらこんなものができていたとは。蚊に刺された…にしては少し跡が大きい。それにこんな歯型なんてつかない。


 …歯型?


「…まさか」


 思い当たる節ができた俺は急ぎ足で教室へと向かった。

 首を抑えながら教室へと到着した俺はちょうど出てくるところだった彩亜と出くわした。


「あら、グレイ。ちょうど良かった…」


「彩亜、これ…」


 俺は自らの首にしっかりと付いた歯型を指差す。俺が寝ている時にどうこうできる奴なんて彩亜ぐらいだ。仮にやったのが彼女じゃなかったとしてもなにかは知っているはず。

 しかし、彼女の反応は俺の予想に反するものだった。


「…どうしたのそれ?」


「…え?この跡、彩亜がやったんじゃ…」


「知らないわよ。昨日はずっと寝てたじゃない」


 全くの知らん顔の彩亜は俺の首元の跡については知らないようだった。…それはそれで怖いのだが。まさか幽霊とかじゃないだろうな。


 俺は彩亜の隣でポテチをつまんでいる真紀にも問いかけたが、彼女は首を横に振った。彼女らが嘘をついてるのでなければこの噛み跡は幽霊によるものと言うことになるが…お祓いでもしてもらうべきだろうか。恨まれるようなことは前世でも今世でもやってないはずなんだがな…


「…まぁ、その噛み跡の件はさておき、少し話したいことがあるの。資料室まで来て頂戴。紅蓮もね。私は先に行ってるから」


 そう言い残すと、彩亜は真紀を引きずりながら行ってしまった。

 取り敢えず噛み跡のことは気になるが、今は後回しだ。きっと紅蓮が呼ばれてるなら生徒会選挙関連のことに違い無い。機嫌を損ねる前に向かうとしよう。


「…あの人も随分と大胆なことするな」


「…ん?なんか言ったか?」


「なんでもねーよ。行こうぜ団長。あんまり待たせるとまた吹雪が吹き荒れるぜ」


 俺は紅蓮と共に資料室へと向かった。





 資料室の前までやってくると、見覚えのある顔が曲がり角からこちらに向かってきているのが分かった。

 近づいてきた茶髪の好青年は俺と紅蓮に向かってニッコリと微笑んだ。


「やぁ灰くん。紅蓮も一緒なのかな?」


「連夜。お前も呼ばれてたのか」


「紅蓮こそじゃない?こういうの、あんまり得意そうじゃないじゃん」


「俺のは半ば強制だ」


 どうやら紅蓮んは連夜とはある程度面識があるらしい。紅蓮はサッカー部、連夜はバスケ部だから運動部同士どこかで接点はあるのかもな。


「紅蓮、灰くんとは仲良しなの?」


「団長とは古い仲でね。一言じゃ片付けられない関係なんだよ」


「団長…?…まぁいいや。改めてよろしくね灰くん」


「あぁ、よろしく」


 御剣連夜。バスケ部の王子様。年間成績最優秀者。白馬に乗って駆けつけてきてほしい人ナンバー1。彼の呼び名は挙げ出したらきりが無い程だ。


 才能に恵まれ、それでいて謙虚な姿勢と全く嫌味のない性格から男女問わず人気は高い。思い上がらない性格からこっちが頭をさげたくなる程の人柄は誰と接したって変わらない。

 …個人的にはこういう人は苦手だ。こういう人と関わっていると、自分の才能の無さを嫌でも痛感させられる。少しでも思い上がって貰ったほうがやりやすい。


「おや、御三方お揃いで」


「あ、真紀。…立ち話もなんだから、中に入ろうか」


 真紀に続いて資料室へと入る。俺達が入ってきたタイミングを見計らってか、奥のほうから彩亜が顔を覗かせた。


「来たわね。グレイ、少し手伝って頂戴」


 彩亜に呼ばれて奥の方へと向かう。彩亜は棚の方へと指刺して俺に言った。


「あそこの箱を取って頂戴。私じゃ届かないのよ」


 彩亜の指さした段ボールの箱に手を伸ばす。思いの外ずっしりとした重みのあるその箱を俺はふらつきながらもしたへと下ろした。


「あとそこの箱とそこの奴も取って頂戴」


 …相変わらず人使いが荒いなぁ。一人でそんなにできないっての。


「僕も手伝うよ」


 困ったようにため息をついていると、向こうの方から連夜がやってくる。流石学園一のイケメン。気が利くな。


「そっちの方頼む。俺はこっちの奴運ぶから」


 連夜に箱を下ろしてもらいつつ、俺はみんなの方に下ろしたものを運ぶことにした。

 …そう言えば連夜は彩亜を狙ってるのだったな。そう考えるとこれも好感度稼ぎってやつか?…いや、この手の人間は無意識レベルでこういうことをやってくるからな。


「灰くんだけじゃなくて、僕にも頼ってくれていいんだよ?」


「…考えておくわ。ウチのグレイは軟弱だから、時々手を借りるかもね」


「…本人の前で言わないでくださいよそういうこと」


「事実だからしょうがないでしょう。…そんなことよりも、これを見なさい」


 彩亜は運んだ箱を開くと数枚の資料を俺達に手渡した。


「これは…過去の生徒会の資料?」


 俺達が手渡された資料は過去の生徒会選挙のデータがまとめられた資料だった。

 この資料室には受験対策のデータだったり過去の学校行事関連のデータが資料化されて残っている。その一端として生徒会選挙の資料が残っているのだ。


「ご名答。これは過去の生徒会選挙の資料よ。私も含め、生徒会選挙に参加するのは初めてでしょう?少しでも参考になるものは読んでおくべきよ」


「成る程、これが過去の生徒会…随分とまた荒々しい」


 俺が見たページは数十年前のものだった。部費関連の問題で揉めて暴動にまでなったとか。昔はそういう生徒運動とかが当たり前にあった時代だったからな。生徒会選挙もまた一種の”政治”だったのだろう。それにしても暴動はやり過ぎな気がするが。


「それともう一つ。立候補するにあたって副会長まで決めておかなくてはいけないの。だからこの中から副会長を決めたいの」


「副会長、ですか。私は嫌です。面倒くさそうなので」


「俺もやめとくぜ。こういうのは向いてない」


「なら、グレ___」


「はい。僕やりたいな」


 彩亜の言葉を遮るように連夜が声を上げた。この流れだと俺になってしまうところだったが、立候補者がいるとなれば無視はできないだろう。俺としても副会長はめんどくさそうだから嫌だ。書記ぐらいが一番いい。


「なら、連夜で決まりですね」


「…えぇ、ならそうしましょう」


 そう呟いたときの彩亜はどこか不満げだった。きっと俺の辟易した表情が見れずに不満だったのだろう。相変わらずいい性格をしているな。


「サポートできるように精一杯頑張るよ」


「ふん、精々頑張って頂戴」


「…相変わらず冷たいねぇ」


「いてっ」


 俺の脇腹に衝撃が走る。紅蓮の一言が気に障ったのか、彩亜が俺の脇をどついてきたのだ。一発だけじゃ気がすまないのか、また数発叩き込んでくる。


「…なんすか」


「別に。不甲斐ない召使いの顔を見ていたらどつきたくなってきただけよ」


 なんだそれ…相変わらず理不尽な暴力が俺を襲う。


「…これは持ち出していいらしいから、各自読んでおくように。それじゃ、今日は解散ね」


 結局、昼休みは解散となった。副会長も決まったことだし、当面の問題は連夜がささえてくれるはずだ。彼の仕事ぶりに期待しよう。


 去り際、資料室に残る連夜と彩亜の姿が不思議と俺の脳裏に残っていた。

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