第26話嫉妬と自責

 あれから七海と別れた俺は既に我が家として定着してしまっているこのタワーマンションへと戻ってきた。

 一人でこうして帰って来るのは初めてだが、こうしてみるとなんか入ることに抵抗感が芽生える。前から思ってたけどなんかむずむずするんだよな。


 それにしても、色々と厄介なことになってしまった。彩亜と七海による生徒会選挙…実質的になぜか俺の奪い合いになってしまっている。まさか幼馴染から好意を寄せられているとは。自分の鈍感さを呪うばかりだ。


 前世では鍛錬とサイア様の世話に明け暮れる日々だったから、恋なんてものは俺にとっては無縁なものだった。

 しかし、今は違う。普通の学生として学校に通って、学校生活を送っている。そういう色恋沙汰だって手が届かないものではない。…とは分かっているものの、経験に乏しい俺はどうすればいいのか分からないわけだが。


 今考えてみれば、確かに七海とは幼馴染以上の距離感で接してしまっていたのかもしれない。だが、そこに恋愛感情があったかというとそうではない。俺自身、意識など微塵もしていなかったわけで、意識し始めたのはついさっきだし。

 …でも、こうして考えてみると、ドキドキしてしまっている自分がいる。一体『好き』の定義ってなんなんだろうか。


 そんなことを考えているうちに扉の前まで来てしまった。数人の黒服に挨拶してから中へと入る。扉を開けた先では、ちょうど真紀の姿が見えた。

 どうやら洗濯物を運んでいる最中だったようで、籠を抱えながら顔だけこちらに向けて会釈してくる。


「ただいま真紀」


「おかえりなさいませ灰様。早く晩御飯にしましょう。お腹がペコペコです」


「すぐに作るから待っててくれ。…唐揚げでいい?」


「大賛成です」


 無表情ながらに真紀は瞳をきらきらと輝かせた。…分かりやすいなコイツ。


 リビングへ行くと、いつものソファで読書をしている彩亜の姿が見えた。いつも通りのルーティーンだ。


「おかえりなさい。早かったわね」


 音で気がついたのか、目線はそのままに話しかけてくる。いつも通りそっけない態度は変わりない。

 いつもは許可してくれないというのに今日は許してくれたから小言の一つ二つでも言われるのかと思っていたが、予想に反しておとなしい。…機嫌いいのかな?


「ただいまです。紅茶いります?」


「いただくわ。今日はアッサムで淹れて頂戴」


 機嫌は良さそうならそのままでいてもらえると助かる。今日一日は機嫌取りに悩む必要は無さそうだ。

 いつもとは違う茶葉を用意し、準備を整えていく。そんな俺を見て何を思ったのか、彩亜が問いかけてきた。


「…で、どうだったの?私以外の女にかまけてデートしてきた感想は?」


「デートって…そんな大層なものじゃないっすよ。カフェに行ってきただけです」


「気がある女と二人きりでカフェだなんて、それはもうデートよ」


 …そういうものなのだろうか。経験に乏しい俺には判断しかねる。

 

「で、どうだったのよ」


 彩亜は一見本に意識を落としたままのように見えるが、若干低い声色から機嫌が悪くなってきていることが分かる。

 …やっぱ機嫌悪いのか?となると、ここで濁した返答は更に機嫌を損ねることになる…できるだけはっきりと、それでいて当たり障りの無い返答をしなくては。


「普通でしたよ。二人で駄弁りなが等スイーツ食べたり、あーんして…あ」


「…ふーん?なるほどね。いちゃいちゃしていたと」


 …口が滑った。俺の中で恒例行事と化していたがために『あーん』という行為があたかも当然であるかのように錯覚してしまっていた。くそ、完全なる失態だ…

 彩亜の瞳に射抜かれて、体感温度が5度下がったような気がした。見つめられるだけでも身振し敷いてしまいそうになるのは彼女以外にいないだろう。


「…ま、今回の紅茶の味次第では許してあげるわ。せいぜい頑張ることね」


 …どうやら今回はいつもよりも気合を入れて作らなくてはならないようだ。彼女の舌に合格点を出してもらうにはかなりの仕上がりのもを作らなくてはならないわけだが。

 

 彩亜は取り繕うことなくそのツンとした態度を惜しむことなく表情にあらわしている。そんなに俺が『あーん』されたことが気に食わなかったのだろうか。

 そう言えば以前に真紀から彩亜が俺に好意を寄せていることを聞いた。これってもしかして『嫉妬』に当たるのだろうか?


「…ジロジロ見ていないで早くして」


 …やっぱり自意識過剰かな。

 その日は結局合格点どころか50点も出せず、彩亜の機嫌は悪いままだった。




 最近、私の騎士ナイトは他の女にかまけている。


 同業である召使いの真紀、それに加えてあの幼馴染の女。私を差し置いて他の女と遊ぶなど、もっての他だ。

 私の騎士なのだから、私の近くで私のことだけ考えて生きていればいい。一生私に縛られて生きていればいいのだ。…そう思っていた。


 彼女達と話しているときに見せる彼の満更でも無さそうな表情。私のときには見せない、私の知らない顔。その楽しげな表情を見るたびに心が痛む。

 自由に気兼ねなく話せる相手のほうが彼としては接しやすいに決まっている。私のような性格の女となんて、話していてもフラストレーションがたまるだけだ。


 もとより、私の愛情は人を縛り付けるものだというのは自覚している。そしてえ、彼を無理に縛り付けてしまっているということも。

 こうして彼を隣で寝せているのも、完全なる私の我儘。私が縛り付けているに過ぎない。


 彼からすれば私なんていきなり召使いにされてこき使われている恨むべき相手だ。 

 せめて前世の記憶が残っていれば、話は違っていたず。彼に胸の内を打ち明けて、長きに渡る片思いを終わらせることができたはずなのに。運命というものは残酷だ。


 こうして思い出しているだけでも心が痛む。

 彼の隣にいていいのはお前じゃない。お前は相応しくない。そんなこと分かっているのに、あんなにも知らしめさせられてしまったら…


 …ダメだ。こんなの私らしくない。それに、まだグレイは誰のものでもない。彼の隣はまだ空席なのだ。


 せめて今だけでも、彼に私のものであるという印を。


かぷっ

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