第25話星導七海という女

 時間を超えて俺に襲いかかってくる好意の槍は未だ俺を逃がしてはくれなかった。

 今まで気付けなかったことへ対する羞恥心と自分に対する情けなさ。なお現在も目の前から向けられている好意に俺は赤面んせずにはいられなかった。


「…やっと気づいた?」


「…うん」


「自分が超絶鈍感だって分かった?」


「……うん」


 ニコニコと笑う七海が今は怖い。過去の自分の罪の清算を捺せられているようで、なんだか申し訳ない。前世でもサイア様にはよく鈍感だのなんだの罵倒されていたが、こういうことだったとは…今世になって気づきましたサイア様。


「第一、私が灰くんのこと好きじゃなかったらここまでしないでしょ」


「いや、そうだけど…」


「私が人を好きになると思わなかった?」


 七海の言葉に俺は静かに頷いた。

 彼女とは幼稚園からの付き合いだから、彼女がどんな性格なのかは大方知っている。

 

 その才能ゆえに周りから取り残された少女。

 特筆しているからこそ理解者のいない苦痛に苦しんだ秀才。

 孤独が故に周りへの信頼を完全に絶った女。それが彼女、星導七海だ。


 他人を信じない彼女が人に好意を寄せるなどもってのほか。同性との付き合いだって表面上のものが大半を締める彼女の中で、俺が好意を向けるに値しているという事実。それがなんとも信じ難い。

 俺が判断に困ったのは鈍感だからという理由よりもこっちのほうが大きい…と信じたい。


「…そりゃ、思わんだろ。お前は人を好きになる以前に人を信用してないからな」


「あはは、灰くん私のことよく分かってるじゃ〜ん?」


 いつもよりも乾いた笑いは妙な不気味さを孕んでいた。いつも被っている仮面は今は存在していない。俺の前には素の星導七海が座っている。


「でも、一つだけ間違い。私はこの世で一人だけ信用している人がいます。さて一体誰でしょう?」


「…俺ってことか」


「ピンポーン!だいせいかーい!私がこの世で唯一信用しているだ〜いすきな人は灰くんでした〜!」


 にわかに信じられない事実ではあった。だが、どう考えても先の行動がこの結果に収束する。どうやら認めざるを得ないようだ。

 …なんだか最近は自分の鈍感さに嘆くばかりだな。彩亜のことと言い、こいつのことと言い…


「…私がいつも苦しい時、近くにいたのは灰くんだけだった。灰くnだけが和ツィの支えだったんだよ。なのに、あの女…」


 次第に七海の顔がテーブルへと落ちていく。彼女の瞳に曇りが見えたのを俺は見逃さなかった。

 

 才能は残酷だ。持たざる者にとっても、時には持つものにとっても。


「…つくづくお前の心は理解できないな。才能を持たざるやつの宿命かな」


「ふふ、そう言って寄り添ってくれるんだから灰くんは優しいよ。他のやつらなんて、敬遠してばかりだったからね」


「…あの」


 気まずそうな声と共に店員が百てくる。どうやら俺達の会話を聞いていたのか、注文の品を運んでくるタイミングを見失ってしまっていたらしい。 

 店員は手早く注文したパンケーキ、プリン、ココア、カプチーノを運んでくるとそそくさとカウンターの奥へと消えた。…少し気を使わせてしまったな。

 パンケーキを目の前にした七海は目の色を変えた。


「さ、暗い話は終わり!食べよ食べよ〜」


「…切り替え早いなお前」


「甘いもの食べるのに変なこと考えてたら楽しめないでしょ?ほらほら、食べな」


 こいつは甘いもののことになると極端に弱くなる。コイツの中では甘いものが何よりも優先順位が高いらしい。甘いものは人を狂わすとはこのことか。今回はそのことが功を奏したわけだが。


 取り敢えずスプーンを手に取り、プリンを口に運ぶ。

 優しい甘さにカラメルのほろ苦い味がマッチして少しビターな味わいだ。個人的には結構好きな味だ。


 七海もパンケーキを一口運ぶとこれでもかと言うほどに目を輝かせて味わっている。

 七海の頼んだパンケーキはこんがりときつね色の焼色がついたバターの乗ったシンプルなものだ。先程の不穏な雰囲気はどこに行ったのやら。

 しばらく見つめていると、俺の視線に気づいた七海がパンケーキを一切れ差し出してきた。


「灰くん、あーん」


 …そう来たか。いつもとは真逆のパターンだ。

 もはや俺の中で『あーん』は恒例行事となってきているわけだが、立場が反対になるだけでこうもドキドキしてしまうものなのか。

 下手に抵抗しても無理矢理突っ込まれるだけだ。多少気恥ずかしさはあるが、今は目を閉じるとしよう。


「あーん…」


「どう?」


「…おいしい」


「そうじゃなくて。…ドキドキした?」


 …コイツはなんでそんな恥ずかしいことを人に言わせようとするのだろうか。あんなことを言われて、向けられてる好意を嫌でも自覚させられてしまったら、してしまうに決まってるだろう。


「…当たり前だろ」


「ふ〜ん?やっぱり灰くん私のこと好きじゃん」


「さぁな」


「だってドキドキしたんでしょ?意識しちゃってるってことは、やっぱり私のことすきじゃ〜ん?素直になれよ〜」


 七海の言葉を否定しようにも、今の胸の高鳴りが鳴り止まない中では否定のしようがなかった。

 先ほどから俺の心臓が大忙しだ。七海の一挙手一頭足に跳ねるように高鳴り、見るだけで止まらない。


 …これって、『好き』ってことなんだろうか。いや、まさか俺が…


「…ふふっ、灰くん照れすぎじゃない?今からでも私に鞍替えしてくれてもいいんだよ?」


「彩亜に殺されるからやめておく」


「ちぇっ、つれないなぁ。…ま、後で奪うからどうでもいいけど」


「お前なぁ…俺が拒否したらどうするわけ?」


「意地でも私のものにする。逃げようとしたら既成事実でもつくっちゃおっかな」


「…こんなのが幼馴染とはな」


「意地でも養ってもらうから覚悟してね!」


 清々しいほどの笑顔でいい切った七海に俺は呆れたため息をつくばかりだった。

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