第24話募る想いは正面から。

「今日という今日は逃さないぞ灰くん!」


 クラス中に響き渡る声量で叫んだ七海が俺の前に立ちはだかる。早いところとおんズラしようと考えていたところだったが、どうやら俺の目論見は彼女に筒抜けらしい。困ったものだ。


「…別に逃げやしねーよ」


「嘘。灰くん、そうやって逃げようって考えてたんでしょ?」


「なんで分かるんだよ…」


「幼馴染の勘だよ。あまり私を舐めないことだね!」


 誰も舐めているなんて言った覚えはない。コイツ、今日は逃がしてはくれなさそうだな。

 さて、七海と出かけるぐらい俺としては問題は無いのだが…問題なのは彩亜だ。彼女に雇われてからというもの、一度も一人での外出を許されていない。個人的にはせめてスーパーぐらいは行かせてほしいのだが…

 気まずそうに視線を向けると、ちょうどこちらを見ていた彩亜と目が合う。なにも言わずとも圧が感じられるのは彼女だからこそだろう。


「…彩亜」


「いいわよ」


「…え?」


「別に一日ぐらい貸してやったっていいわ。どうせ私のものになったら独り占めできるんだから」


 その以外な返答に俺は思わず硬直してしまった。彩亜の口からまさかのOKが出たのだ。前世でも一度聞いたかぐらいの希少性を持つその言葉を聞いたら誰だってこうなる。

 近くにいた真紀すらも驚いているところを見るあたり、彼女の性格の気難しさは相変わらずだ。


「帰りは自分で帰ってきて。それじゃ、楽しんできなさい」


 彩亜はそう言い残すと真紀と共に教室を後にした。

 …まさかOKが出るとは。未だに残る衝撃が俺の中で余韻の糸を引いている。


「じゃ、彩亜ちゃんもOKしてくれたことだし、行こ!」


 七海に腕を引かれて俺は教室を出た。…なんか懐かしいなこの感じ。




「…よろしかったのですか?」


 いつもより僅かに足の早い彩亜の隣から真紀は問いかけた。

 先程の教室での出来事。長い間彩亜を近く見てきた彼女からすれば異例中の異例であることに間違いは無い。気難しい性格の彼女が一秒でも灰を手放すわけがない、というのが真紀の見解だった。


「いいの。私の近くにいるばかりでも気づかれしちゃうでしょう?…それに、離れて分かる重要性というものもあるわ」


 あくまでいつもの余裕を保ちつつ、彩亜は言い放つ。しかし、真紀には見えていた。その態度の裏に隠された感情が彼女の中で渦巻いていることを。







 七海と共に学園を出た俺は街の中心街の方へとやってきていた。

 いつもはあのリムジンに乗り込んであのタワマンに帰るところを今日は外の世界に飛び出している。

 久しぶりの外の世界。俺の目には一層魅力的なものに映った。


「…で、今日はどこに行くんだ?」


「私は灰くんとだったらどこだっていいんだぜ?」


「やかましいわ。帰るぞ」


「じょーだんじゃん!全く、ジョークの通じない男は嫌われるぞ〜?」


 少しおどけたように言った七海は俺の脇腹を小突いてくる。少しうざいと感じる反面、久しくしていなかったやり取りに懐かしさを感じている自分がいた。


「まぁ冗談はさておき。この前、駅の近くにカフェができたって話知ってる?今日はそこに向かいまーす!」


「また甘いものか。太るぞ」


「うるさーい!灰くんに何が分かるんだ!大体、私のこと放っておいて他の女にかまける灰くんが悪いんだよ!」


「そこまで言う必要無いだろ…ていうか俺のせいじゃないし」


 軽い気持ちでいじってみたが、どうやら七海の逆鱗に触れてしまったらしい。あー、久しぶりだったから体重気にしているの忘れてたわ()

 プンプン、という擬音が聞こえてきそうな怒り方をしている七海はその柔らかな頬を膨らませている。この子どものような怒り方も見るのは久しぶりだ。

 

「女の子に体重の話はタブーなんだから!灰くんのノンデリ野郎!」


「はいはいすいませんでした。久しぶりだったから忘れてたんだよ」


「む”ー!私のこと忘れてたなんて論外!論外です!」


「彩亜みたいなこと言うなよ…」


「他の女の名前を出すんじゃなーい!!!」


 お怒りの七海は握りしめた拳で俺のことをぽかぽかと殴りつけてくる。彼女が非力なこともあってか痛みはそんなに感じないが、絵面的に良くない。このままだと周りの奴らに変なカップルの喧嘩だと思われる。

 どこかで甘いものでも買ってやるかと考えていたその問、細い手が俺の腕に巻き付いてきた。


「…いいですか灰くん。いくらあの娘の召使いになったからって灰くんをあの人に渡したつもりはありません」


 七海が流し目を見るに、このくらいは許せということらしい。彩亜がいたらブチギレ案件だろうが、今回は彼女はいない。二人きりだ。されるがままでも誰も文句は言うまい。

 俺は七海のお気持ち説教を聞きながらカフェへと向かった。




「あ、あそこだよ!」


 しばらく歩いていると目的地のカフェが見えてきた。

 外は黒を基調とした外装で、周りは観葉植物で整えられている。

 今どきのインスタ映えを狙うような外装ではなく、少し大人な雰囲気が漂う外装だ。こいつのチョイスにしては珍しいな。


「さ、中入ろ!」


 木製の扉を押して中へと入る。チリンチリン、と鐘の音が俺達を出迎える。

 中に入ると、スーツを身にまとった少しくたびれたサラリーマンやら読書に勤しむメガネが似合うご老人の姿が見える。内装も基本的には暗めの色で整えられており、落ち着いた雰囲気だ。


「いらっしゃいませ。2名様ですね。こちらの席へどうぞ」


 店員に案内されて窓際の席に座る。外の景色がよく見えるいい席だ。


「ふふ、いいでしょこの店?」


「…なんかお前らしくないな。もっと派手な外装のところに連れて行かれるかと思った」


「ここ、お気に入りの店なんだ。灰くんといつか二人で来ようって思ってたところ」


「…いい加減彼氏の一人でも作ったらどうなんだ?」


「お父さんかよ。…相変わらず朴念仁だなぁ」


 七海は微笑みながらもどこか呆れた様子だった。…俺なんか変なこと言っただろうか?


「さ、灰くん、注文何にする?ちなみにここのおすすめはシンプルなパンケーキかプリンがおすすめだよ」


「じゃ、俺はプリンとカプチーノで」


「おっけー。すいませーん!」


 カウンターにいる店員を呼び出して俺と七海は注文をする。俺はカプチーノとプリン。七海はココアとパンケーキだ。

 注文を聞き終えた店員は再びカウンターへと戻っていった。そのタイミングを見計らってか、七海は切り出した。


「…ところで灰くん。私のことを放っておいた彩亜ちゃんとはどういう関係なのかな?」


「どうって、ただの召使いというか…前にも言ったろ」


「…本当に?」


 俺を推し量るような沈黙を持ってして七海は圧をかけてくる。特段隠し事をしているわけでも無い俺は吐くことはない。強いて言えば前世からの仲であることぐらいだが…言って信じるわけ無いしな。


「ふ〜ん…?幼馴染の私にも言えないんだ」


「ほんとに今言ったことだけだ。隠し事なんてしてないぞ」


「…ま、いっか。別に付き合ってても私が略奪するだけだし」


 コイツさり気なく怖いこと言うな。略奪とか、いつの時代の話だよ…俺が生きてた時代でもなかったぞそんなこと。

 少し不穏な空気が流れてきたのでここらで話の話題を切り替えることにしよう。今度は俺が七海に問いかけた。


「あのさ、なんでお前生徒会選挙なんて出ようと思ったわけ?」


 俺の至ってシンプルな疑問に七海は迷いなく答える。


「灰くんがほしいからだけど?」


 迷いなくいい切ったその言葉は俺に何度目か分からない衝撃を与えた。

 …ここ最近は色々と起こりすぎたからな。疲れてるのかな。


「灰くんを私のものにしたいからだけど?」


「…二回も言わんでええわ。」


「聞こえてないみたいだったから言ってあげたんだよ。彩亜ちゃんに奪われた灰くんを私のものに…!」


「そこが疑問点なんだよ。なんでそこまで俺に固執する?」


 俺の二度目の問いかけに七海は大きなため息を吐いた。


「ここまで言って気づかないとは…灰くんの鈍さにはつくづく呆れるよ」


「…悪かったな」


「そんな鈍感でにぶちんで朴念仁な灰くんに教えてあげる。私がなんで生徒会選挙に参加しようと思ったのか…」


 七海は一つ間を置いて言った。


「灰くんのことが好きだからだよ」


「…え」


 その言葉は俺にとっては衝撃的で、今までの彼女の行動と言動を結びつける鍵となった。

 今までは『幼馴染だから』で片付けていた行動や言動すべてが自覚した好意によりそれらに隠されていた俺にまっすぐに向けられていた好意が浮き彫りになる。


 異性に向けられる好意。その威力は本人達が思っているほどに凄まじい。そのことに俺はこの瞬間に気づいたのだった。


「…はぁ!?」


 静かな店内に、俺の叫び声が響き渡った。

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