第23話学園一
その言葉によって固まってしまったのは俺達だけではなかった。周りで聞き耳を立てていた生徒たちも驚きを隠せずに目を剥いている。それほどにこの男は誰も予想できなかったことを言ったのだ。
「…それはどういう意図の言葉なのかしら?」
いち早く動いた彩亜が連夜に問いかける。すると、連夜は少し照れくさそうに頬を掻き始めた。
「俺、水無月さんに一目惚れしちゃってさ。まだ彼氏はいないって聞いてたから…だから、その…」
「…ふぅん?」
彩亜は少し面白そうに息を溢した。こんなときでも彼女はその冷静さを崩さない。今彼女が何を考えているのかは今の俺には分からなかった。
見定めるような視線で見つめてくる彩亜に対して連夜は付け足すように口を開く。
「別に、考えてくれるだけでもいいんだ。生徒会選挙には全力で協力する。だからどうか…」
「…いいわよ」
「え」
「…良いのですか彩亜様?このような男、信用するに値するかどうか…」
「どの道私達にとっては願っても見ない協力者よ。この機を逃す手はないわ。…そういうことだから。引き受けたからには働いてもらうわよ、御剣くん」
「うん、全力でサポートするよ」
彩亜に名前を呼ばれた連夜は嬉しそうに頷くと、俺の方へと歩み寄ってくる。未だ状況が完全に飲み込めきれていない俺に向かって片手を力強く差し出した。
「よろしく、灰くん」
「あぁ、よろしく」
されるがままに差し出された手を握る。彼の十八番ともなっているその笑顔を俺に向けると、ぼそっと一言呟いた。
「君には負けないから」
「…え?」
キーンコーンカーンコーン
「…あぁ、時間みたいだね。もう少し話したいところだったけど、またの機会にだね」
「そうね。また後日ゆっくり話すとしましょう。グレイ、行くわよ」
結局、その時は彩亜の引き連れられて教室に戻ることになった。結局は連夜の言葉の真意は分からずじまいで、再び休み時間になった今もこうやって考えているが…もしかして俺、ライバルだと思われてるのか?
確かに、俺はいつも彩亜の近くにいるし、帰るところだって寝る時だって一緒だ、けれども俺が彼女に恋をしているかというと違う…気がする。うん。
だって俺は彩亜の本性を知っている。彼女の好きな食べ物から嫌いなタイプの人間だって、なんでも知っていると言っても過言ではない。だからこそ、嫌な部分が見えるのだ。
というか、まさか彩亜に一目惚れとはな…連夜も中々見る目が無い。今まで数多の告白を断ってきたことから恋愛に興味は無いとされていた彼だが、それ故か女性を見る目は無いようだ。運に恵まれなかったな。
…でも待てよ、彩亜と連夜をくっつければ俺は自由の身…?よし、なら俺もあいつに全力で…
そう考えた瞬間、俺の心の中にはある違和感が生じた。得も言えない不快感。心の中に広がる妙なモヤが俺の思考を咎める。
まるでその事実を拒んでいるかのように、自分を幻惑に陥れようとしているかのように俺の思考を阻んでくる不快感は今までに体験したことのない感情だった。
…なんで俺イライラしてるんだろう。
紅蓮は教師の呼び出しにより、校舎の一角にある空き教室へと来ていた。資料を運ぶ手伝いをしてほしい、ということで呼び出されていた彼だったが、待っているはずの教師の姿が見えないことに違和感を覚えていた。
次の瞬間、軋んだ金属の音と共に扉が開く。振り返った紅蓮は情けなく悲鳴を上げることになった。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?み、水無月さん!?」
「…そこまで驚く必要は無いんじゃないかしら?”グレン・ギルガルド”」
彩亜の口から出てきたその言葉に紅蓮は肩を跳ねさせる。その名で呼ばれるのは実に数十年ぶりだったからだ。
「な、なんスカそれ…」
「とぼけても無駄よ。貴方、隠し事ができる性格じゃないでしょう?」
ここまで来て知らぬフリを突き通そうとした紅蓮だったが、流石に玄関だと感じたのか、気まずそうに頷いた。
彩亜は教室に転がっている椅子に腰を下ろすと、紅蓮に問い始める。
「まさか貴方まで転生してるとはね。騎士団の一番槍の闘神サマ」
「…俺だってびっくりしてますよ。転生したことも、アンタがここにいることも」
「貴方には聞きたいことがあるの。…まあ、もう分かってるでしょ?」
「…団長のことっすか」
「ご名答」
やっぱりか、とでも言いたげなため息をついた紅蓮。そこに彼が彩亜と関わりたくなかった理由がにじみ出ていた。
彼が一番聞かれたくなかったこと。自分の大親友である灰の記憶に関することだ。
「単刀直入に聞くわ。グレイの記憶は戻っているの?」
紅蓮が次の言葉を口にするまでは逡巡があった。
親友に対する想い。
目の前に立ちふさがる彩亜に対する恐れ。
前世からの因縁に対する後悔。
それらすべてを乗り越えて彼が出した結論は一つ。
紅蓮は首を横に振った。
「…団長の記憶は戻っていない。今世で俺と仲良くしてるのも、運命の悪戯ってやつだな。生憎だが姫様のことも覚えていないだろうよ」
彩亜はしばし紅蓮を見つめた。彼を推し量るような時間は紅蓮にとってはひどく長いものに感じられていた。
数十秒に渡るにらめっこは彩亜が目を伏せたことによって幕を閉じた。
「…そう。やっぱりなのね」
「…心中お察しするぜ。アンタ、団長への思い入れだけは凄かったからな」
紅蓮の言葉に彩亜はため息を一つ吐いた。そこにどれだけの思念が渦巻いていたかは言うまでも無いだろう。
そして、切り替えた表情で再び紅蓮に問いかける。
「ところで紅蓮、貴方どうやらサッカー部で活躍してるらしいわね」
「え?いや、まぁ…」
「…私達、今度の生徒会選挙に立候補することになったの。…ね?」
「…え」
「紅蓮、貴方手伝いなさい」
久しぶりの感じに懐かしさと悲しさを同時に覚えた紅蓮はひどく重い溜息を吐くばかりだった。
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