第22話求む、新戦力。

「灰くん!お昼一緒に食べよ!」


 昼休み。今日も懲りずに七海が俺の元へとやってきた。最近はずっと断っているっからそろそろ来なくなるんじゃないかと思っていたが、どうやらそんなことを考える脳をコイツは搭載していないらしい。


「今日は彩亜に誘われてるから無理」


「いっつもそれじゃん!いい加減私にもかまってよ!」


 七海は俺の服の袖をぐいぐいと引っ張ってかまえアピールをしてくる。そんなことをしたって俺を彩亜が開放してくれるわけないんだからやめてくれ。男子からの視線が痛い。


「無理だよ。今日は生徒会選挙の話しなくちゃだから」


「…え?灰くん生徒会選挙出るの?」


「半ば強制だけどね」


「なにそれ!ズルじゃん!」


「どこかズルなのよ?」

 

 ぐいぐいと袖を引っ張る七海とそれを解こうとする俺のもとに彩亜がやってくる。

 彩亜の姿を視界に捉えた七海は犬のように威嚇を始めた。


「グレイは私の召使いだもの。私の手伝いをするのは当然でしょう?」


「む”〜…灰くんのことこき使うのはやめて。道具じゃないんだぞ!!」


 そうだそうだ。こき使うのはやめろー

 反論を許されない俺は心の中で彩亜に抗議の声を上げる。虚しくも、この声は彼女の届くことはないのだけれど。


「…そんなこと、貴方に言われなくとも分かっているわ。余計なお世話よ」


「お?なんか図星?そんなんんじゃ灰くんに呆れられるのも時間の問題だな〜」


「ッ、貴方ねぇ…!」


「はいはいストップ。みんな困ってるから。…彩亜、行こう」


 ここで無理にでも仲裁しないと手が出そうな勢いだったので間に入って仲裁する。彩亜の方は真紀に押さえてもらって俺は七海の方をなだめた。


「…今日放課後遊んでやるから」


「ホント!?しょうがないなぁ〜灰くんは。私も暇じゃないんだけどなぁ〜」


「やっぱりやめるか」


「冗談冗談!お願いします遊んでください!」


 泣きつく七海を無理矢理引き剥がして俺は彩亜と真紀と共に屋上へと向かった。




「先程は災難でしたね。彩亜様」


「まったくよ。なんであんな女に…」


「しょうがないでしょう?…なんの間違いか俺を争ってるんだからこの戦いに俺が参加すること自体グレーっすよ」


 屋上にて三人揃って俺の作った弁当を食べながら生徒会選挙に向けての話をする…予定だったのだが、まずは彩亜の機嫌取りから始まるようだ。


「グレイ、貴方まさか今更手伝うのを辞める気じゃないでしょうね?」


「まさか。俺が彩亜の決定に逆らうわけないじゃないっすか」


「灰様、唐揚げください」


「ダメに決まってんだろ。…自分の分食べなさい」


 …こいつ主人が機嫌損ねてるのに一人だけ空気感違うんだけど。これで今まで彩亜の召使いやってたのが不思議に思えてくるレベルなんだが。


「3つじゃ足りません。明日から4つにしてください」


「嫌ならコンビニとかで買えよ。それか学食行け」


「あーんしてください。あーん」


「話聞いてんのか。…はい、あーん」


 真紀と出会ってまだ数日だが、扱い方は大体分かってきた。こういうときは素直にやっておかないとコイツは意地でも譲らない。そういう面では彩亜に似ているな。

 あーんもやりすぎてもはやこの行為自体にはなにも感じなくなってきた。慣れというのはやはり怖い。


「…グレイ、貴方主人を放置して他の女にかまけるなんていい度胸ね」


「えっ、いや、だって真紀が…」


「真紀だったらいいわけ?貴方の主人は私なのよ?」


 …拗ねてる。明らかに拗ねてる。きっと俺が真紀にかまってるのが面白くなかったのだろう。彩亜は眉間に皺を寄せて俺を睨む。


「私にも一個よこしなさい」


「え、いや、それじゃ俺の分が…」


「いいからよこしなさい」


 …仕方がない。取り敢えず彩亜の機嫌を取るのが優先だ。食べられないのは悔やまれるが、ここは彩亜に…


 …ん?待てよ、これって俺が彩亜にあーんするってことだよな?

 自分の置かれた状況を理解した時、箸を掴む俺の手は止まった。次の瞬間、俺の心の中には抗いようの無いむず痒い感情が芽生え始めた。


 さっきも言った通り俺の中であーんという行為は普通になりつつある。でも、それの対象が変わっただけで俺の手が思うように動いてくれない。不覚にも、俺は彩亜という存在を意識してしまっているようだった。


「どうしたのグレイ?早くしなさい」


「…やらなきゃだめっすか?」


「ダメ」


 …ええい、ただのあーんだぞ俺。相手は彩亜だ。俺のことなんて奴隷同然だと思ってるようなやつだ。このままじゃ俺の哀れな勘違いだぞ。

 自分を必死に言い聞かせた俺は彼女の口へとなけなしの唐揚げを運ぶ。何度か経験した行為だと言うのに、いつまで経っても心臓の鼓動が鳴り止まないのは、きっと気の所為に違いない。


「あーん…ふん、これで許してあげるわ」


 彩亜は少し不機嫌そうに鼻を鳴らしながら俺の唐揚げを食べた。

 …なぜだろうか、彼女が俺の唐揚げを食べているだけだというのに妙に胸元がうるさい。自分でも気付かないうちに俺はどうにかなってしまったのだろうか。


 ダメだ。このままだといつまでも本題に入らないまま昼休みが終わる。軌道修正しなくては。


「…満足したなら本題に入りましょうよ」


 俺がそう言うと、彩亜はコホンと咳払いをした。


「言われなくともよ。…それじゃ、改めて。今回はあの女の策略で生徒会選挙に参加することになったのだけれど、私達には足りないものがあるわ。なにか分かるかしら?」


「唐揚げです」


「絶対違うでしょ。…人気とか?」


「唐揚げは近しいけどダメね。不正解。勉強し直してきなさい」


 …明日から唐揚げを一個増やそう。

 いつも通り手厳しい言葉の後に彩亜は続けた。


「私達に足りないのは、”信頼”よ」


「「信頼…?」」


「えぇ。私と真紀はまだ転校してきたばかりでこの学校内での立場はいわば”新参者”。もとより在籍していたあの女に比べたら周りからの評価は低いに決まってるわ」


「…なるほど。この生徒会選挙では生徒からの信頼が必要になる。そこで信頼が低い今の俺等は今のところ分が悪い、と」


 彩亜は俺の言葉に頷く。彩亜は付け足すように続けた。


「人気投票のようになってしまったら私達が負けるのは目に見えてるわ。だからこそ私達は信頼を勝ち取らないと行けない」


「信頼を勝ち取るというのは、具体的には?」


「やりやすいのは頼まれごとやら、ボランティアやら、良い成績を収めるなどの善行を積むのが定番だけれど…生徒会選挙までの期間は1ヶ月。テストもまだ先だし、得策とは言えないわね」


「なら、他に方法は…」


「一番は人気者を味方につけることでしょうね。クラスの成績優秀者、部活のキャプテン、超がつくほどのイケメン、既に周りからの信頼を勝ち取っている人が味方に付けば、自然と周囲の意識も私達に向けられるはずよ」


 人気者を味方につける、か。確かにその方法が一番手っ取り早いのかもしれない。一筋縄ではいかないだろうけど。

 俺はこの学園の人気者を頭に思い浮かべる。ある程度は面識のあるやつがいるが、どれもこちら側についてくれるやつではないような気がする。

 

「三人とも、俺も話に入れてよ」


 ちょうど俺が脳内で思い浮かべていた顔が目の前に現れたものだから、俺は驚きを隠せなかった。


「…御剣みつるぎ連夜れんや


 御剣連夜。この学園で群を抜いたイケメン。ふんわりとした茶髪に甘さも兼ねたその顔はこの学園の女子のハートを幾度となく射止めてきた。

 容姿端麗、才色兼備、眉目秀麗。どの言葉を取ってつけても申し分ないほどに彼の容姿と人間性は優れている。俺達が求めていた”人気者”の一人だろう。

 

「覚えてもらっていて光栄だよ。水無月さん」


「わざわざ話しかけてきたってことは、私達の事情は知ってるみたいね」


「あぁ。ぜひとも君たちに協力させてほしいんだ」


「…何が目的なの?」


 彩亜の双眼は連夜を突き刺す。

 わざわざ話しかけてきて協力したい、という虫の良すぎる話は戦争なんて日常茶飯事だった俺と彩亜からすれば怪しすぎる提案だ。きっと裏があると読まざるを得ない。

 

 警戒心がマックスまで高まった俺達を前に、連夜はにっこりと笑って言った。


「…生徒会選挙で勝ったら、僕と付き合ってほしいんだ」


「え」


「…は?」


 度重なる波乱の予感に、俺の胃はもう限界だった。

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