第20話お風呂に沈む想い
彩亜との関係を洗いざらい吐かされた俺は家に帰ってきてすぐに風呂に入ることにした。
いつもなら彩亜の後に入るのがお決まりなのだが、本日ばかりは度重なる疲労感が祟ってか体が浴槽を求めていた。
それにしても、真紀には困ったものだ。天然なのか奇人なのか、あいつは表情が乏しい故に考えていることがよくわからない。面白いからと言って人を陥れるようなことをするんじゃないよ。全く。
「うっ、目に入った…シャワー…」
「シャワーはあと30㎝先ですよ」
「あぁ、ありg…キャアアアアアアアアアアアアア!?!?」
突然の真紀の登場に思わず情けない声を上げてしまう俺。一方の真紀は俺の様子に疑問符を浮かべている様子。
湯けむりでいい感じに体の方は見えなくなっているが、そんなことはこの際どうでもいい。一緒に入っているというこの状況が問題だ。
「ままままっ、真紀!?!?なんで!?!?」
「灰様がお疲れの様子でしたので、お背中を流そうかと」
さも平然と言ってのけた真紀は俺の方へと近寄ってくる。彼女の体の輪郭が鮮明になるのを見て俺は思わず顔を逸らした。
「理由はさておき近寄ってくるな!事案!事案だから!」
「何を仰っているのですか灰様?タオルはつけていますよ?」
急に顔を掴まれたのと同時に俺の目線は真紀の体へと移される。そこにはタオルを巻いた真紀の姿があった。…なんか以前に主人におんなじことをされたような。
タオルが巻かれた事により彼女の華奢な体はそのボディラインが強調され、そのスタイルを俺にまじまじと見せつけている。むしろつけてるほうがエロいまであるんじゃないか?…って何を考えてるんだ俺は。気を確かに保て俺…!
「灰様こそ、タオルを巻いてください。丸見えですよ?」
「誰かさんが急に入ってきたからだよ!出てけ!」
「まぁまぁそう言わずに。お背中、流しますよ?」
「もうどっちも洗い終わってるから!真紀が出ないなら俺が出る!」
俺は今すぐにでも抜け出そうと扉経と向かう。しかし、俺の動きを止めるように前に巻きが立ち塞がってくる。
「…真紀、邪魔で通れないんだけど?」
「今更出るのは無しですよ灰様。共に湯船に浸かろうではありませんか」
真紀は俺の背中をぐいぐいと押して湯船の方へと仕向ける。どういうつもりか俺が湯船を出ることは許してはくれないらしい。こいつは一体何を考えてるんだ…
「私はまだ体を洗い終えていませんので、少々お待ち下さい」
俺は渋々湯船に入った。俺と真紀の二人がいるこの風呂場では彼女の浴びるシャワーの水温だけが響く。
俺はというと湯船の中で悶々とするばかりだった。今日見知ったばかりの異性と共に風呂に入る経験なんて今まで一度も無い。どんな心持ちで入ればいいんだ俺は…
こうして考えているうちにも時間は進んでいく。こっそりと抜け出そうかと考えたところで湯船が揺れた。俺のすぐ隣に華奢な彼女の体が入ってくる。
きめの細かい白い肌。俺の一回り細い手足。彩亜程ではないが、主張のある胸。濡れた黒髪の間から覗く緋色の瞳は俺の顔を映し出した。
「いい湯、ですね」
「…誰かさんのせいで気が気じゃないよ」
「裸の付き合い、というのは親睦を深める上で大切です。彩亜様とも入ったのでしょう?」
「入ってるわけないでしょうが…人が入ってる途中に勝手に入ってくるのなんて真紀ぐらいだよ」
「おや、それでは私で混浴童貞卒業というわけですね」
「どっ!?…そんな言葉を使うんじゃない」
男子高校生なら誰しも反応するであろう言葉が巻きの口から出たことに俺は同様してしまう。一方の真紀はというと平然とした表情で、まるでその表情が仮面なのではないかと勘違いしてしまう程だ。こいつは一体どういう感情で物を言ってるんだ…?
「以外に初ですね。体が物語ってますよ」
「誰のせいだと…」
「シますか?」
「…もう上がろっかな」
「冗談ですよ。本気にしないでください。これだから童貞は…」
…なんか調子狂うな。彩亜とはまた違う困らせ方をしてくる。彩亜が俺を困らせるタイプだとしたら、真紀は俺を煽るタイプだ。どっちにしても俺にとっては最悪だ。
「灰様、一つお聞きしてもいいですか?」
「頼むから貞操観念以外のことを聞いてくれ…」
「灰様は彩亜様と一体どんな関係なのですか?」
以外にも素直で単調な質問に俺は一瞬固まってしまった。
俺と彩亜の関係。半ば強制的に主人と従者になってしまったわけだが、言われてみてば歪な関係なのかもしれない。前世でならまだしも、現代ではこの関係値は珍しい。
「…別に、ただの主従関係だけど」
俺がそう答えると、真紀は少しポカンとした様子だった。
「…ただの主従関係ですか?」
「うん」
「裏でエロいことしまくってるとかではなく?」
「うん」
「既に婚約を結んでいるとかではなく?」
「うん」
「…不思議ですね。あの彩亜様が長らく探していたと聞いていたのですが手を出していないとは…」
真紀は疑問というよりもただ納得が行っていない様子だった。長らく彼女の世話をしてきた身としては俺という存在が彼女の近くにあることが不可解なのだろう。
まぁ確かにあの性格だから何かしらしてないと不思議に思うのは分かる。
「なら、灰様はどうして彩亜様と主従関係に?」
「なんか急に買い取られた。私に従わなかったら裏に売り飛ばすって」
「彩亜様らしいやり方ですね。…灰様はこの関係に納得しているのですか?」
「というと?」
「不満などは感じてはいないのですか?」
そう言われて俺は考えてみる。するとすぐに不満が脳内で溢れ出してきた。
「…不満だらけだね」
「具体的にはどのような?」
「まず人使いが荒い。これは昔からだからしょうがないけど、もう少し俺に対する扱いを優しくしてくれてもいいと思う。あと人を困らせすぎ。よくみんなの前で『グレイは私の物』みたいな発言するし。公衆の面前で平気で腕に抱きついてきたりする。寝るときも裸なのに距離が近いし、毎回当たってる感触でどれだけ俺が苦労してることか…あと寝てる最中に体弄ってきたりするのもやめてほしい。こっちは耐えるので精一杯なんだよ。彩亜の体は魅力的過ぎるからもう少し距離感を考えたほうがいいと思う。容姿は整ってるんだから言動とか態度とか改善したらきっと引く手あまたになるんだろうけど…本人はきっとそうしないからなぁ。これって決めたら一筋な人だし」
「…あの」
「何?」
「惚気けてます?」
「…?」
惚気け…?何を言ってるんだこいつは。俺はただ不満をぶちまけただけなんだが…
呆れたようにため息をついた真紀。そのまま俺に一つの質問を投げかけてきた。
「灰様。一つ質問です。…私が灰様を逃がすことができると言ったら、灰様はどうしますか?」
彩亜の元から逃げられる…?
その質問は俺が以前から願っていたことだった。
彩亜の元から逃げられる。それすなわち俺が自由になるということ。以前までの平穏を取り戻して何気ない日々を過ごせるようになるのだ。願っても見ないチャンスだ。
そうは分かっていても、俺の答えは決まっていた。
「…お願いはしないかな。今更戻ったところで学校は一緒だし、家だってないし。それに、全部捨てて逃げられたとしても彩亜は永遠に追ってきそうだしね」
「それで良いのですか?」
「うん。それに、彩亜の世話できる人なんてそういないし、真紀だって困るでしょ?」
「…あんなに不満があったのに?」
「まぁ、俺が我慢すればいい話だし、彩亜はかなり俺にご執着みたいだからね」
「はぁ…」
本日二度目の呆れたようなため息をついた真紀は一つ間を置いて言った。
「…私からは一つだけ」
『彩亜様は、灰様のことを好いていますよ』
「…へっ?」
俺の思考はそこで数秒間の停止を強いられた。まるでときが止まったかのように見つめ合う俺と真紀。先に動き出したのは真紀の方だった。
「…気づかなかったのですか?」
「…うん」
「先程の不満を聞くに、どう考えても彩亜様は灰様のことが好きです」
「いやいや、そんなわけ…」
「好きでもない男といっしょに寝たりすると思いますか?」
少し考えてから俺は首を横に降った。
「そうでしょう?ですから、彩亜様は灰様のことが好きなのです。一人の異性として」
…あの彩亜が俺のことが好き…?
にわかに信じがたい話ではあった。だが、真紀の話を聞いていくうちに現実味を帯びてくるこのことに俺の中での疑問は次第に俺の中で存在を強固な物へと変貌させていく。
風呂の熱気のせいか、俺の頬には次第に熱がこもっていくのが分かった。
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