第19話天然なの?変人なの?

「灰様、帰りましょう」


 鐘の音がHRの終わりを告げたところで俺の席に颯爽と真紀がやってきた。…そこは主人の彩亜に行くところでしょ。


「…真紀、そこは私の元に来るところじゃないかしら?」


「…?彩亜様は一人で帰れるでしょう?」


 …コイツは極度の天然かなにかなのだろうか。もしいまも彩亜が王女だったら斬首刑ものだぞ。 

 

「俺だって一人で帰れるわ。…いや、今は帰れないのか」


「そうでしょう?私がエスコート致します」


「…真紀、グレイは私のエスコートをしなくてはいけないの。だから離れて頂戴」


「嫌です」


「…」


 断ったな。それもきっぱりと。彩亜に逆らうとは相当な肝の持ち主だ。感情が表に見えにくいのは肝が座りすぎているからなのかもしれない。

 

 断ったことによるショックかなにかか、教室内の空気が一度凍りついたように固まる。見えないはずの冷気が彩亜から出ているように見えるのはきっと俺だけでは無いはずだ。


「…真紀、それは私の命令に背いた、ということでいいのかしら?」


「はい」


「はいじゃねーよ!こらこら、彩亜に逆らってどうするんだよ」


「私は灰様と帰りたいのです。彩亜様はお呼びではありません」


 この馬鹿は…!言い方ってもんがあるだろうが。火に油を注いでどうする…

 彩亜の方へと恐る恐る目線を向けると、いつになく気が立っているように見えた。

 表情はいつになく穏やかだが、その背景には恐ろしい感情が秘められていることを俺は知っている。

 

「…真紀、貴方自分の身分を分かって物を言ってるのかしら?」


「私は水無月家に仕える召使い。その貢献度は決して小さなものではありません。彩亜様の一存でクビにできるほど安い身分ではありませんよ?」


 なんで主人に向かって喧嘩腰なんだコイツ。彩亜に逆らうとかどんな精神しとるんだ…とにかく二人の仲裁をしなくては。このままだとこの教室が戦場になってしまう。


「二人共、一旦落ち着いて…どうせ帰るところは一緒なんだから」


「…グレイ、貴方なら分かるわよね?どちらと一緒に帰るべきか」


「どっちって、だから…」


「物分かりの悪い男ね。私と真紀、どちらがいいのか選べと言ってるのよ。…この選択を間違えるほど愚かな貴方じゃないでしょう?」


 彩亜か真紀。俺を縛り付けるような深い双眼は俺に運命の選択を迫ってきた。

 彩亜の機嫌を取るならばここは間違いなく彩亜を選ぶべきだ。だが、ここは教室。片方を捨てて片方を選ぶだなんてことをすれば周りの目が痛い。かなり今更ではあるけど。

 

「…灰様、お耳を」


 彩亜の視線が突き刺さる中、俺は真紀に耳を貸す。真紀は彩亜の方をちらちら確認しながら囁いた。


「ここは迷わず彩亜様をお選びください。私、都合の良い女ですので」


「…そういうの自分で言うものでも無いと思うんだけど」


 コイツ意味分かって言ってるのかな。軽率に言っていいような言葉でも無いと思うんだけど。

 そんなことを考えていると、ふと疑問が浮かんでくる。今度は俺が真紀に耳打ちする形で囁いた。


「ていうか真紀、なんでこんなことしたの?」


「なんで、とは?」


「なんで俺と帰りたいとか…帰る場所一緒じゃん」


「面白そうだったからです」


「…は?」


「彩亜様は執念深いお方ですので。どういう反応をするのか気になったのです」


 …この召使いは狂っている。主人が主人なら従者も従者だ。この教室で。しかも初日で。みんなの前ですることではない。俺がどれだけ心労してるのか分かってるのかコイツは。分かっててもやりそうだけど。


「話し合いは終わったのかしら?そろそろ迎えが来る時間よグレイ」


「…彩亜、行こう」


 俺は彩亜の前で膝をつくと、彼女の手を取る。いつもこうしろと言っていたのを覚えている。

 彩亜は選択を間違えなかったことに満足したのか、少しばかり口元を緩ませて微笑んだ。


「…ふふっ、それでいいのよグレイ。私の可愛い騎士様ナイト


「…それ言ってて恥ずかしくないんですか?」


「恥ずかしくないわよ。昔も今も変わらぬ事実だもの。…それより」


 彩亜は俺の顔をまじまじと見つめて言った。


「みんなの前で堂々と同棲発言をするだなんて、貴方の発言のほうが恥ずかしいんじゃないかしら?」


「…はっ!?」


 …ミスった。完全にミスった。二人をなだめるのに注力したあまりにとんでもない発言をしてしまった。もはや俺の中であの家にいることが当たり前になってきていたこともあるだろう。くそ、やらかした…


「ふふ、そんなに顔を赤くしなくてもいいじゃない?露出癖は恥ずかしいことじゃないわよ?」


「灰様、露出癖があるのですか?」


「…灰くん」


 その後、七海とクラスの全員に洗いざらい吐くまで詰められた。

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