第18話ジャージ

「真紀さん、お人形さんみた〜い!化粧とかしてるの?」


「私はそういうものに疎いので、すっぴんです」


「すっぴんでこれ!?お化粧したらもっと美人になるよ!」


 クラスの女子に囲まれた真紀を横目に俺は手元のいちごミルクを啜った。

 例のごとく真紀も転校生としてやってきたのだが、人形のような容姿をした彼女をクラスの女子がほうっておくわけもなく、即座に取り囲まれてあれやこれやされている。

 当の本人は表情に乏しいが故に何を思っているのか分からないが、おそらく悪い気はしていないだろう。


「連日の転校生とは、ウチの学校は更生施設かなにかなのかね?」


 隣で焼きそばパンにかぶりついた紅蓮がつぶやく。きっと真紀が彩亜の召使いって言ったらコイツ泡吹いて倒れるんだろうな。

 

「最近多いよねこういうの。…灰くん、まさかとは思うけど真紀ちゃんとは関わり無いよね?」


「…無いとは限らないよね」


 ドスッ


「う”っ…おい、軽率に脇腹に拳を叩き込むんじゃない」


「…灰くん、少し自分の罪を振り返ってみるべきだと思う」


 わなわなと震えた拳を握りしめて七海は俺を見下ろした。俺は罪を犯したつもりなど勿論無い。むしろ善行を積んできたつもりだ。それだと言うのに、この始末だ。


「…団ちょ…灰、無自覚は大罪だぞ」


「んだよ紅蓮まで…俺が何をしたって言うんだ」


「私のこと覚えてないとかじゃないかしら?」


 俺の横からニヤリと笑った彩亜が横槍を刺してくる。罪人はあんたのほうだろ。俺のこと縛り付けやがって…


「…それ俺の罪なんですか?」


「当たり前よ。私のことを覚えてないだなんて万死に値するわ。エレナだったら斬首刑よ。…貴方もそう思うでしょ?”紅蓮くん”」


「ひゃっ、そ、そそそうですね〜あはは…」


 …取り乱しすぎだろこいつ。普通にバレるぞ。


「灰様」


 焼きそばパンを喉につまらせた紅蓮を横目に脇腹を擦っていると、真紀がやってきた。いつの間にか女子の集団から抜け出してきたようで、真紀を見失った女子たちが驚いている。

 こいつのステルス性能には目を張るものがある。前世で出会ってたら諜報員で雇っていただろう。

 困り眉の表情を見るに、なにか頼み事があるのだろう。俺は真紀に問いかける。


「真紀、どうした?」


「次の体育の授業なのですが…ジャージを忘れてしまいまして」


「意外とうっかり屋さん…あ、俺予備の持ってるけど…」


「ぜひ貸していただけると嬉しいです」


 面識があるとは言え、男のものを貸すのはどうかと思っていたが、どうやら真紀は気にしていないらしい。この手の人間は色々と常識に疎いものだ。少し彼女の身が心配になってくる。


「それじゃ、俺のを…」


「ダメ!」


 バッグの中からジャージを取り出そうとした俺の手を七海が止めた。若干鼻息を粗くして七海は俺にずいっと顔を近づけた。


「ダメだよ灰くん!女の子にジャージを貸すなんて!ていうか面識あるじゃん!」


「別にいいだろ少しぐらい…真紀だってジャージがないと困るだろ」


「ダメよグレイ。私以外の女にジャージを貸すだなんて、気でも狂ったのかしら?」


「なんで貴方までご立腹なんですか…」


 いつの間にか機嫌を損ねてしまったようで、彩亜も再び横槍を刺してくる。表情こそ冷徹そのものだが、どこかツンとしたものがあるように感じられる。かなり面倒なことになってきたぞ…


「真紀、貴方他の人から借りればいいでしょう?」


「そう言われればそうなのですが…初対面でジャージを借りるのはどうかと思いまして」


「じゃあ私が借りる!それで私のを真紀ちゃんに貸すから、灰くん、早く!!!」


「何が『早く!!!』だよ。お前には貸さねーから」


「じゃあ私に貸しなさい。それでいいでしょう?」


「良くないですよ。貴方が俺の着てるほうが問題でしょうが」


「じゃあ…グレイ、これは命令です。私にジャージを貸しなさい」


 くっそ、この人都合が悪かったら命令使いやがって…一日一回とかにしろ。職権乱用だぞ。

 どうしたものかと困り果てていたところで真紀が口を開いた。


「それではお二方、手を」


「…?」


「争いごとはじゃんけんで解決。ウチの家訓です」


 どんな家訓だよ。…でもそれで決まるならいいか。


「行きますよ。私はグーを出します」


「なんのフェイクだよ。なんでもいいから早くしてくれ…」


「「「じゃんけん…!」」」






「へい、パスパス!」


「中に入れろ!シュート!」


 男子たちの異性のいい声がグラウンドに響き渡る。今日の体育の授業は男子がサッカー。女子はバレーだ。


「ふぅ…疲れた…」


 休憩時間となった今でもウチの男子はお構いなしだ。ボールに触れるのが大好きらしい。小学生か。

 水飲み場へとやってきた俺は蛇口を捻って出てきた水を口にする。運動後ということもあるが、蛇口の水が妙にうまい気がする。気の所為だろうけど。


「灰様」


「うおっ!?…びっくりした」


 音もなく現れた真紀の姿に思わず驚いてしまう。朝のときは注意を張り巡らせていたから気がづくことができたが、注意が散漫としているときは気づくことができない。こいつは本当に忍者かなにかなのか?


「どうした真紀?なんでこんなことろに…」


「ジャージをお返しに来ました」


 真紀の手には俺が貸した予備のジャージ。きれいに折り畳まれている。

 結局あのときじゃんけんで勝ったのは真紀だった。『正直者が勝つのですよ』とか言ってチョキ出してた。


「あぁ、教室に置いてくれればよかったのに…」


「こちらの授業が早々に終わりまして、せっかくなので手渡しで行こうかと」


 律儀なやつだな。こういうところを見ると実に召使いらしいな。性格が行動に出るとはよく言うが、こういうことなんだろうな。

 真紀は先程の言葉に付け足すように続けた。


「…思っていたのですが、今思えばかさばりますね」


「あはは、やっぱりうっかり屋さん…」


「やっべ、団長!そっちにボール行った!」


 真紀の天然さに笑っていると、紅蓮が叫んだ声が聞こえた。おそらく蹴ったボールがこっちにそれてしまったのだろう。真紀の眉が僅かに動いたことからもそれは見て取れる。

 さっき遊んでたのが俺のちょうど真後ろあたりだから…


「灰様!」


「ここらへん?」


バシッ


 飛んでくる”音”で大体の位置を把握した俺は体を大きく捻らせてボールを蹴り飛ばした。よく戦場では複数の兵士を相手に戦うことが多かったから、音で判断することが多かった。その経験が生きたな。


「…紅蓮、気をつけろ」


「わりぃわりぃ」


「…すっげぇ!灰!お前今どうやったんだよ!!」


「どうって、音が聞こえたから蹴り飛ばしただけだけど…」


「お前、そんなこと普通はできねーから!」


 普通はって、練習すればみんなできるようになると思うんだがな…俺だってできたんだし。


「灰様…」


「真紀、大丈夫?怪我してない?」


「はい。なんとも…灰様はお強いのですね」


「?…そうなのかな?」


「私も見習わなくては。ボールの一つや二つ、このナイフで対処できるように…」


「おいちょっと待て、そのナイフどこから出した?」


「太ももに仕込んでおります。召使いとして基本ですよ」


 …やっぱコイツ召使いを履き違えてるわ。

 その後、ボールの件と真紀にジャージを貸していた件で野郎共に詰められるのはまた別の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る