第17話正真正銘召使い
「…ぅ…」
少しばかりの息苦しさに目を覚ました。次第に鮮明になってくる意識の中で俺はあたりの状況を確認する。俺の腕には例のごとく裸体の彩亜が抱きついており、ベッドの中の俺のスペースを圧迫している。息苦しさの正体はこれだろう。
そっと彩亜の手を退けてベッドから出る。今日もなんとか理性が俺を押し留めてくれた。全く思春期の男子高校生に彼女の裸体は刺激が強すぎる。いい加減ベッドを取り戻す方法を考えるべきだろう。
「…まって」
部屋を出ようとしたその瞬間、ベッドの方から彩亜の小さな呟きが聞こえた。起こしてしまったのかと振り返ってみるが、彼女の瞼はまだ閉じたまま。彼女の意識はまだ夢の中のようだ。
「グレイ…待って…」
どうやら夢の中の俺は逃走に成功したらしい。その調子で正夢になっってくれると助かるんだがな。
彩亜の部屋を出てリビングへとやってきた俺はブラインドを開けて日光を浴びる。ここから見える景色は朝になっても壮観だ。
その後、もはや慣れてしまったキッチンへと向かい、ティーポットの準備をする。彼女は寝起きでも紅茶を飲むのが習慣になっている。最近は30点よりもいい点を出していないので今日こそは30点を超えたい。
さて、ここで急な話だが、前世でも俺は早起きだった。夜の見張り番に変わって朝に王城周辺の見回りをしなければいけないからだ。その後はサイア様の部屋も巡り、侵入者がいないかを確認する。
夜襲もあるが、早朝に襲ってくる暗殺者も時にはいる。手練れだと、変装までしてくるからな。王城の使用人の顔を全部覚えるのは苦労した。
もはやこの家にいることが慣れてしまったせいか、時々見回りをしたくなる。この広さだとどうも落ち着かないのだ。どこかに暗殺者が潜んでいるんじゃないか、はたまた出口が存在してるんじゃないか。そんな不安が過る。
だからこそ、背後に近づく異変に気づかないほど平和ボケはしていなかった。
「…バレてるぞ。誰だ」
ティーポットを一旦置き、ゆっくりと振り返る。それまで潜めていた姿が俺の目の前に現れた。
まっすぐに整えられた頭髪。鋭い目つきの片目は長い前髪で隠れており、もう片方の緋色の瞳は俺を捉えている。
その少女は驚いたように口を開いた。
「…私の気配に気づくとは、かなりの手練れですね」
「そっちこそわざわざこんなところに侵入してくるなんて素人じゃないみたいだな。ここまで黒服だっているのにどうやって入ってきた?」
「朝は多少警備が手薄になりますから侵入は容易いのですよ。柊灰様」
「っ!?なんで俺の名前を…」
「ふわぁ…あら」
俺が警戒体勢に入ったところで彩亜が自室から出てきた。とっさに彩亜を庇おうと侵入者の前に立ちはだかるが、彼女の手が俺を静止した。
「待って。この娘は敵じゃないわ」
彩亜がそう言うと、侵入者は彩亜と俺に向かって膝まづいた。
「ご無沙汰しております彩亜様。そして初にお目にかかります灰様。私、水無月家の召使いをしております
「…召使い?」
「えぇ。白波はウチの召使いなの。貴方が来るまでは私の世話をしてくれていたのよ?」
へー、召使い…召使い!?
「…彩亜」
「何?」
「白波さんがいるのに俺を雇う必要あった?」
「あるわよ。白波は”ウチの”召使い。貴方は”私の”召使いだもの」
さも当然かのように答える彩亜に真紀が続ける。
「ですが、この度灰様と共に彩亜様に奉仕させていただくことになりましたどうぞよろしくお願いいたします」
「えっと、つまり白波は今日から一緒に過ごすってこと?」
「そういうことね。生徒会選挙関連のこともあるから手伝ってもらおうと思って呼んだのよ」
急な同居人の増加に俺は動揺を隠せなかった。そんな俺に向かって真紀はペコリと頭を下げる。
「真紀とお呼びください」
「えっと、それじゃあ真紀、家の仕事は分担するってことでいい?」
「勿論でございます。私めにお任せください。洗濯、掃除、金銭管理…料理以外ならなんでもできます」
「…料理以外?」
「はい。料理以外です」
「グレイ、真紀の料理の腕は最悪だから気をつけて」
…冷蔵庫に食材がなかったのってそういうことか。
取り敢えず真紀にお湯を沸かす準備を頼んだ俺は朝食の準備へと取り掛かる。キビキビと動いているところを見てみると中々腕は良いように見えるのだが、これで料理ができないって本当なのだろうか?
「…ていうか、なんで気配消してたの?」
「彩亜様が灰様は凄腕だとおっしゃっておりましたので、つい好奇心で」
好奇心でやるにしては少し物騒すぎるだろ。ていうかなんでこの召使い気配消せるんだよ。暗殺者かなにかか?
「普通の召使いなら気配消すなんて事できないと思うんだけど?」
「あら、それならグレイだってそうじゃない?白波の気配に気づくなんて、普通じゃできないわよ?」
「…たまたまっすよ」
…まずい。このままだと墓穴を掘ることになる。どうにかして話を逸らさないと。
「まさか私に気づくとは思っておりませんでした。やはり灰様は凄腕の召使いです」
「真紀は召使いの意味履き違えてない…?」
「どうかこの真紀にもその技術、ぜひご鞭撻を!」
こいつ、召使いを何だと思ってるんだ?
結局彩亜からの懐疑の目線は絶えることがなかったが、真紀のおかげで話を逸らすことはできた。ちなみに、今日の紅茶は28点だったらしい。惜しい。
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