第16話挑戦状


「私と生徒会選挙で勝負だ!」


「…」


「グレイ、帰るわよ」


「ちょ、無視!?待ってよ!」


 HRも終わり、いつも通り(になってしまったことが恐ろしい)リムジンで帰ろうとしていたところで七海が唐突な提案を仕掛けてきた。

 仕掛けられた当の本人は全く相手にする気などなく、颯爽と教室を去ろうとするが、七海に袖にしがみつかれたことでその足を止めた。


 うざったいという感情が全開の表情で彩亜は口を開く。


「何?私、貴方の茶番に付き合ってられるほど暇じゃないの」


「茶番じゃないもん!勝負だもん!…来月の生徒会選挙、そこで立候補して私と勝負して」


「生徒会選挙?なんの是が非でそんなこと…」


「そこで彩亜ちゃんが当選したら、灰くんのこと諦めてあげる」


 七海のその一言に彩亜の表情が変わった。品定めするような彼女の瞳は七海の表情を捉える。まっすぐに彩亜を見た彼女の表情に偽りは無いように思える。


「…大きく出たわね。私が負けたらグレイを手放せとでも言うつもり?」


「話が早いじゃん。やる気になった?」


 挑発的な七海の態度は彩亜の琴線を揺らしたようだった。彼女の纏う雰囲気は凍てつくような棘のある冷気に豹変する。クラスメイト達も思わず彩亜に視線を注がざるを得なかった。


「へぇ、覚悟は決まってるみたいね。生徒会選挙でなら勝ち目があるとでも見込んだのかしら?」


「…そうだけど?」


 その七海の返答に彩亜はニヤリと笑った。


「…甘いわね。えぇ、甘々よ。いちごジャムよりも甘いわ。私に選挙で勝とうだなんて、愚策もいいところよ」


「なっ、そんなこと…!」


「いいわ。その挑発、受けてあげる。私が思い知らせてあげるわ。私と貴方の間にある絶対的な実力の差をね」


 ニヤリと口元を釣り上げたその不敵な表情。整っているが故に歪に見えてしまうその不気味な笑みは七海を震え上がらせた。

 しかし、七海も負けじと笑う。


「…いーじゃん。後で泣きべそかいても知らないんだから。幼馴染の力、見せてあげるよ」


 …なんだかとんでもないことになったな。ていうかなんで俺で争う。生徒会選挙じゃなくて他でやってくれ。


「そんな顔できるのも今のうちよ。行くわよグレイ。じゃあね”ただの”幼馴染さん」


「っ、ただのじゃないもん!」


 七海の叫びを横目に俺と彩亜は教室を後にした。





「…あんなこと言って良かったんですか?」


 帰りのリムジンの中、隣に座った彩亜に向かって問いかける。彩亜は俺に目線だけ向けて答えた。


「あの挑発のこと?…受けるに決まってるじゃない。私が勝ったらグレイから手を引いてくれるっていうんだもの。受けない手はないわ」


 さも当然のように答える彼女の横顔はいつになくギラついている。前世むかしから勝負事になると手は抜かない彼女のことだから断らないとは思っていたが、ここまでやる気になっているとは。乙女の感情というのは恐ろしい。


「私に挑むなんていい度胸よね。まったく」


「でも、大丈夫なんすか?七海、あぁ見えて成績優秀だし、生徒間の人気はすごいんですよ?」


「グレイ、貴方私が負けるとでも思っているの?従者として失格ね。愚か者も良いところよ」


「いや、そうじゃないですけど…」


「…ふふっ、少し意地悪な質問だったわね。心配してくれてるのは分かってるわ。でも大丈夫。私はお父様の政治を間近で見てきたからそこら辺のノウハウは分かってるわ」


 …そう言えばそうだったな。

 彩亜の父上…国王様は非常に政治のうまい人だった。民からの指示は厚く、有言実行する姿と心理の掌握に長けた人で、なんというか、なるべくしてなった人という感じだった。

 そんな人を間近で見ていたのだ。彩亜がその力を引き継いでいたっておかしくはない。


「それに、貴方を手放すつもりはないから。安心しなさい」


「…それは何よりです」


 …今思ったけどこれ七海が勝ったら俺開放されるのか。頑張れ七海。協力はできないだろうけど、全力で応援してるからな。


「とは言え、貴方にも手伝ってもらうけどね」


「それ俺が手伝っていいんすか…?」


「当たり前でしょう?貴方は私の従者だもの。ただで助けてもらえると思っていて?」


「助けてもらうって…別に俺は…」


「私に口答えするの?」


「全力でサポートします」


 一瞬腹の底に冷え切った感覚が走った。やはり彼女には逆らうべきではない。

 俺の返答を見て、彩亜は満足げに笑った。


「それでいいのよ。貴方は私の”所有物”だもの」


 表情として年相応の魅力を帯びたそれだが、中身は別物だ。どす黒い感情が渦巻いている彼女の内側は知れたものではない。まったく、俺はいつまでこの人に囚われたままなんだ…


「勝ったらご褒美を一つあげる。何がいいかしら?」


「ベッドをください」


「いいわね。ちょうどベッド変えようと思ってたのよ」


 …一緒に寝るのは絶対条件なんだ。

 これから始まるであろう苦労の連続に想いを馳せながら俺はリムジンに身を預けた。

 

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